第6章プロローグ 好み
アークを口にくわえ、ドラゴン形態のシルシュが海の彼方へと飛び立ったあと。
「――都合よし」
ぱちん、と扇子を閉じるリースであった。
「都合がいいとは、どういうことでしょう?」
何かと恐れられることの多いリースに対して、臆することなく質問するメイス。そんな彼女のことをやはり気に入っているのか、不敵に微笑みながらリースが語り始めた。
「アークは何だかんだで甘い人間ですからね。今この状況で、この場にいないというのは都合がよいのです」
「は、はぁ……?」
まるで理解できない様子のメイス。それも当然だ。いくら本で集めた知識があろうとも、考察に必要な前提条件が揃っていないのだから結論に至れるはずがない。
「例えば」
と、再び扇子を開き、自らの口元を隠すリース。
「今王都が他国から攻められれば、近衛騎士団の副団長はアークに助けを求めるでしょう。同業者であればアークの実力はよくご存じでしょうからね」
「フリオラ様ですか」
「えぇ。そしてアークの女性の好みは『一筋縄ではいかない大人びた女性』ですので。ドストライクなフリオラ様からの願いであれば多少の無茶は押し通すでしょう」
「…………」
さらりと明かされたアークの女性の好みが気になりすぎて意識がそっちに流されてしまうメイス。なので、『ドストライク』という謎の単語には反応できなかった。
「――ちょっと」
「――詳しい話を」
「――聞きましょうか」
聞き捨てならなかったのか話に割り込んでくるシャルロット、アリス、そして王女ソフィー。それぞれまだまだ若く、『大人の女性』とは言えない面子だ。
ちなみにミラは自分が子供であることを十分承知しているのか動くことはなかったし、逆に、好みのど真ん中である自覚はあるのかメイド長のベラは澄ました顔をしている。
それはともかく、シャルロットたちにとっては死活問題に近いのだが……リースは呆れたように鼻を鳴らし、ぶった切った。
「そもそも。好みのど真ん中であればとっくの昔に口説かれているでしょうに。あの男、自分の好みであれば平気で食事に誘いますのよ?」
「ぐっ」
「かはっ」
「ぐぐぅっ」
バッサリと斬り捨てられて二の句を告げないシャルロット、アリス、ソフィーであった。




