一級フラグ建築士
なんだか女性陣から冷たい目を向けられている……。『おっそ』とか『にっぶ』とか『ぼっくねんじん』とか『あっくやくがお』と呟かれている……。朴念仁呼ばわりは前世の記憶持ちだな……?
『うむ、ではさっそく「刺身」とやらを喰ってみるか』
と、周囲の空気をまるで気にせず刺身を食べようとするシルシュだった。強い。
ちなみに刺身が載っているお皿もリースが出してくれたものだった。準備がいい。しかし箸はないし、フォークもなし。刺身も正確に言えば『刺身』ではなくその前の柵、あるいは半身と呼ぶべき状態なのでかなりデカい。焼き魚用だろって感じ。
だというのにシルシュは気にした様子もなく半身を素手で掴み、醤油を付け、そのまま一口、二口、三口で完食してしまった。ワイルドなことだが、むしろ一飲みにしなかったので淑女と言える。かもしれない。
『ほぉ!』
カッと目を見開くシルシュ。なんか食レポが始まりそうだな。
『これは美味い!』
違った。食レポ始まらなかった。まぁドラゴンに食レポなんて文化はないか。
『口にした瞬間に醤油の芳醇な香りが広まり! 獲れたての身はぷりぷりとした歯ごたえがあり! 噛めば噛むほどに旨味が口の中に広がる!』
あれ食レポ始まった。ドラゴンにも『旨味』の概念はあるのか……。
『ただの生魚でありながら「料理」として完成しておる! 骨と内臓を取り除き、醤油を付けただけだというのに! これが人間の「文化」の力か!』
なんか壮大な話になってきたな。というかあの魔力の糸って小骨まで取り除けるのか……。
「さすがはシルシュ様。醤油の良さをご理解いただけるとは」
すかさず『よいしょ』するリースだった。販路拡大でも狙っているのかな? 人間相手よりドラゴンの方が消費量多そうだし。シルシュの仲間を通じて口コミで……さらには『ドラゴン愛用の調味料、醤油!』みたいな感じで……。
「さらにはこの『ワ・サービ』を付けることによって新たな魅力が」
と、リースが取り出したのは見慣れた緑色の植物。すり下ろしてないワサビだ。え? この世界ってワサビまであるの? いや醤油があるんだから大豆はあるんだろうけど……。
まぁ、絶滅しかけとはいえ猫もいるし、馬もいるしな。植物も似たようなものがあっても不思議じゃないか。というか『なぜか異世界にもある』というのは異世界系の創作におけるお約束だったし。
『ほう! ワサビ! 知っておるぞ! 辛さが癖になるのじゃな!?』
シルシュって俺の記憶からワサビまで読み取ってたの?
「さすがの博識ですわね。――ではっ!」
っと、気合いを入れてリースが魔力の糸を操ると、ワ・サービはいい感じにすり下ろされていた。どうやったの?
『ふっふっふっ、ではさっそく――』
シルシュが目を輝かせながら(かわいい)刺身(半身そのまま)に醤油とワサビを付けたところで、
『――がーはっはっ! 見つけたぞ王女よ!』
わーお。
なんというか、既視感というか。既聴感というか。
視線を上に向けると、黒衣の男がお空に浮かんでいた。背中からはコウモリのような翼が生え、頭には羊のような角が生えている。
魔族かぁ。
また魔族かぁ。
しかもシルシュのお食事もぐもぐタイムを邪魔しちゃったかー……。




