閑話 チョロきことアリスのごとし
魔族の姫、ヴィナは驚きを隠せなかった。
人間界には魔物が跋扈する『魔の森』というものがあるというのはおとぎ話で知っていた。なんでも、元々魔族は魔の森で暮らしていたのだという。
ヴィナが連れてこられたのは、そんな魔の森だった。
神と共に世界を作ったとされる神代竜がいる。
神格者が二柱もいる。
世界に災厄をもたらす邪神がいる。
みんな、みんな、あの凶悪な顔面をした男の『嫁』なのだという。
なんて恐ろしい顔なのだろう。
しかもヴィナの首を容赦なく落とそうとしてきた。
……いや、それは攻撃魔法を連発したヴィナも悪いのだが、それにしたって攻撃魔法を剣で切り、首を落とそうとするのは常軌を逸しているだろう。
それと同時に納得する。
こんな規格外であれば、神代竜やら神格者やら邪神やらも嫁にできるだろうと。
「ですので――」
ヴィナに色々と教えてくれた眼鏡の女性は、助言した。アークという男に助けを求めればヴィナのことも助けてくれるだろうと。
だからこそヴィナは提案したのだ。自分も『嫁』になると。人間から一方的に何かを施されるなど、それこそ王族の誇りが許さないが故に。それくらいしか代償として与えられるものがないからこそ。
……これだけ嫁がいるなら自分みたいな子供に興味を抱かないだろうという考えも確かにあったのだが。
それはともかく。
せっかく交渉が上手く纏まりそうなところに、魔族がやって来た。
しかも最悪なのが、高位魔族であるガルークだったことだ。
公爵の直臣であり、戦闘に特化した男。その力は四天王にも匹敵するという。もちろん戦いになればヴィナなどひとたまりもない。
そんな手強いガルークを、アークの嫁たちはいとも簡単に攻略していた。空から落とされ魔法を封じられ……。
そして。
そうして。
アークは尋問を開始した。
他の女性陣は遠く離れた場所に移動されたが、ヴィナだけはシルシュによってその場に残された。
神代竜の考えなどヴィナには分からない。
分かるのは、アークという男の激しさだけだ。
ガルークに対する激しい尋問。それは情報を得るためという目的を遥かに超えた怒りを感じさせるものだった。
そう、怒り。
――アークは、ヴィナのために怒ってくれているのだ。
きっと自分の境遇に同情してくれているに違いない。
きっと幼い自分を無理やり手籠めにしようとしている魔王に怒っているに違いない。
きっと自分を売り飛ばそうとした公爵に憤怒しているに違いない。
ここまで自分のために怒ってもらえたことがあっただろうか?
ここまでの激情を抱いてもらえたことがあっただろうか?
なぜだか胸が高まってしまうヴィラ。
なんだかアークの悪役顔が格好良く見えてきてしまったヴィラ。
恐怖の対象でしかなかった男の顔が格好良く見える原因など、一つしかない。
――そう、自分は、恋に落ちたのだ!
激しい感情を抱くアークに!
激しい怒りをぶつけるアークに!
激しく自分を想ってくれるアークに!
アークの想いと自らの恋心を自覚し、まともにアークと喋れなくなるヴィナ。
そんな、勘違いに勘違いを重ねるヴィナを見て、シルシュは首をかしげてしまう。
『……あれ? どうしてこうなった?』
彼女からしてみればただ単に『アークは味方である』と教えるために尋問風景を見せただけなのだが。




