閑話 話が進む(アークのいないところで)
「――では姫様。お召し物を変えましょう」
「わっひゃい!?」
突如として背後から声を掛けられ、素っ頓狂な声を上げてしまうソフィーだった。
王宮のメイド長・ベラだ。
「べ、ベラ……。いきなり背後に現れないでください」
「それは失礼いたしました」
悪びれる様子もなく謝罪するベラだった。
「そ、それで? 着替えるとはどういうことです?」
「はい。アーク様と共に行動されるのでしたら、普段着のドレスは何かと動きにくいでしょう。別の服を準備しましたので、お着替えください」
そう言って、空間収納から衣服を取り出すベラ。王宮のメイド長ともなれば空間収納くらい持っているものなのだ。たぶん。
ベラが差し出してきたのはソフィーのために準備された乗馬服。高貴な趣味として乗馬を嗜んでいるし、狩猟大会に招かれる際などはむしろ乗馬服で向かう方がいいのだ。
「しかし、着替えるといっても、ここには男性もいますし……」
普段からドレスを着るときはメイドに手伝ってもらうので、他の人の目は気にならないソフィーだが、さすがに男性がいるとなれば話は別だ。
「それもそうですね。こちらとしてもブリッシュ様が同行されるとは予想外でしたので……」
ちょっと出て行ってくれません? と言外に要求するベラ。ブリッシュもそれに大人しく従おうとしていると、
『ふむ、では我が着替えさせてやろう』
珍しく気を利かせたシルシュが、指を『パチン』と鳴らす。
すると次の瞬間にはソフィーの召し物がドレスから乗馬服に変化していた。
「え? え? えぇ!?」
自分の身に起こったことが信じられないのか上半身を捻ったり腕を回したりするソフィー。
魔法の常識としてあり得ない。
平面である衣服を立体である人体に纏わせる。しかも、対象者の協力がないまま、一瞬で……。一体どれほど魔法を極めればそれが可能なのだろうか?
「……さすが、アーク様がメイドをさせているだけのことはありますね」
変な感心の仕方をするメイド長であった。
◇
待機する、といっても何か娯楽があるわけではない。
ベラはエセメイド組とメイド談義をしてしまっているし……まだ、アリスと雑談ができるほどわだかまりが解けたわけではない。
というわけで。ソフィーはまだマシだろうということで、何度かやり取りをしたことのある元第一騎士団長・ブリッシュと会話をしていた。
「……そうですか。国王陛下と貴族たちの行動に危機感を抱いて……」
「はい。実際、頼りにするはずだったライラはあっさりと国を捨ててしまいましたし……」
今さら弁明するつもりはないブリッシュだが、それでも説明するべきだと思い、こうしてクーデターへと至る事情を話していた。
「王女殿下に許していただけるとは思っておりませんが……」
「……いえ、良いのです。おそらくはお父様の目論み通りですから」
「なんと? 私がどう動くまでも?」
「えぇ。おそらくお父様は魔の森を拠点として、アークに新しい国を造らせるつもりなのでしょう。既得権益しか考えない貴族共を一掃し、新たなる国を……」
「しかし、アークが国を造ったところで……」
「私は軍事に明るくありませんが。ライラがいれば、軍事的には他国と拮抗状態に持って行けます。さらにブリッシュが味方になるとなれば……」
「まさか、私がアークの元に付くことまで? いやしかし、いくら何でも正統性が――そうか、そういうことですか」
「えぇ。お父様はアークに私を嫁がせ、正統性を確保するつもりなのです。私が女王になるか、アークが王となるかは分かりませんが……」




