クルスは泣いていい
「魔の森で、魔物を?」
ブリッシュさんの当然の疑問に俺は頷いてみせた。
「えぇ。魔の森の魔物なら貴重ですし、素材も冒険者ギルドで高く売れると思いますよ?」
「なるほど、荒稼ぎするならそれもありか……。しかし、魔の森ということは?」
「えぇ。お察しの通り、冤罪で追放されたご令嬢を魔の森で匿っています」
「やはりそうか……。…………。うむ、騎士としては当然の行いか」
「あれ? てっきり斬りかかられるかと」
「王太子に仕えていたときなら、それもしただろうがな。もはや俺は捧げた剣を返上した身。ならば心の騎士道に従っても罰は当たるまい」
「はぁ、そんなもんですか」
皆の心の中にそれぞれの騎士道がある。そう考えておくことにするか。
「そもそも先ほど剣を抜いたのはアークを一度くらい斬っておくべきと判断したからだからな」
なんか俺の名前に変なルビが付いてなかった? 気のせい?
「しかし、ご令嬢を……。それが知られれば王太子を敵に回すことになるぞ?」
「いやぁ、馬鹿だなぁと自分でも思うんですが、凄い馬鹿に男気を見せられちゃいましたんでね。国を相手にするのも一興でしょう」
「……そうか。これがライラの言っていた『器』か」
「うつわ?」
なんかこう、国に喧嘩を売るテロリストの器とか? そんな感じ?
「いいだろう、アーク・ガルフォード。自らの輝かしい未来を捨て、罪なきご令嬢を守るために動いたお前の騎士道に敬意を表する。俺も魔の森で魔物を狩り、ご令嬢たちを守ると誓おう」
「よろしくお願いしますね」
「うむ」
俺が右手を差し出すと、ブリッシュさんもその手を握り返してくれた。
よしよし上手くいった。やはり味方は多い方がいいからな。ブリッシュさんのように腕利きで、性格的にも信頼できる人なら尚更だ。ちょっと不器用で頑固だけどな。ラタトスクに比べれば圧倒的にマシだろう。
そして、そのラタトスクはというと、
「……まさか女だけではなく、男までもたらすとは……」
「どうしようもないですね、この人たらし」
ひそひそと大声で囁きあうフレズとラタトスクだった。なんかいきなり酷くね?
まぁ、女性陣からの俺評価が酷いのはいつものこととして。
「ブリッシュさんって冒険者ギルド登録してますか? してないなら王都でやっておいた方がいいと思いますけど」
「そうだな、そうしておくか。アークは登録しているのか?」
「えぇ、俺の場合は早々に『侯爵家の後継ぎ』の目は潰れてましたんで。騎士になるための鍛錬と、騎士になれなかったときの保険として。……まぁ、レディが真似しちゃったのは予想外でしたけどね」
「まったく行動力のあるご令嬢だ。そろそろ結婚を考える年頃だろう? あてはあるのか?」
なんか親戚のおじさんみたいなことを言い出すブリッシュさんだった。いやまぁ高位貴族なんて何かしらの血縁があるのが普通なんだけどな。
「ご心配なく。クルスとなんだかんだでいい感じなんで」
「クルス、というと……王女付きの執事の?」
「えぇ」
「なんと、クルスはあんな顔をしてやることはやって――」
「――まぁまぁまぁ! クルスが! レディと!? ついにそのような関係に!?」
突如として歓声を上げたのは、王女ソフィー。つまりはクルスの思い人だ。
ソフィーの顔に浮かんでいるのは喜び一色。嫉妬とか憂いなんてものは微塵も、まったく、これっぽっちも存在しない。
……うーん、クルスよぉ。お前さんの恋、端っから脈がなかったみたいだぞ?




