ラックの剣
あの考えが足りない第一騎士団員たち(故人)とは違って、ブリッシュさんは騎士が剣を抜くことの重大さを理解しているだろう。
いやまぁ、第一騎士団の構成員は下級貴族や平民ばかりなので『騎士の誇り』を理解させるのも一苦労なんだろうが。
まぁブリッシュさんの気苦労に同情するのは後にするとして。
「王女殿下やアリスを連れてきたことじゃなきゃ、なんで剣を抜くんです?」
「知れたこと。貴様、我が騎士団の団員を殺傷して回ったではないか。見逃すことなど、できるものか」
「あー……」
そりゃそうだ。何も反論できない俺だった。
いや、落ち着いて考えてみれば言い逃れくらいはできるのではないだろうか?
「しかし、向こうから剣を抜いてきたんですぜ? しかも、俺は王太子殿下から直接命じられた、ご令嬢たちを魔の森に捨ててくるという任務を終えたばかりだというのに」
「むっ……しかし、追放されたご令嬢を匿っているという情報が……」
おっ、ちゃんとシャルロットたちのことを『罪人』ではなく『追放されたご令嬢』と表現したな。ブリッシュさんも思うところはあるらしい。
というか、それが普通なんだよな。騎士団による調査も無し。裁判も無し。だというのに貴族令嬢を複数追放とか……。あたまおかしい。
「匿っているって。その情報、誰から仕入れたんです?」
「……ラタトスクだな」
「あー……」
じっとー、っとした目でラタトスクを見据える俺とブリッシュさんだった。
「な、なんですか!? ボク悪くないですよ!? 何もやってないですよ!?」
アリスに比べて可愛げが微塵もない弁明だった。
「……ブリッシュさん。先にコイツ殺っちゃたほうがいいんじゃないですか?」
「……それも魅力的だが、もうすでに剣を抜いたのだ。戦わぬ訳にはいくまい」
「あいつらにしたって騎士道に反した行いばかりやっていたでしょう? そもそも騎士道に反する者は追放か斬首。庇うことはないんじゃないですか?」
「それは、そうだが……」
おぉ、確信はない発言だったが、図星らしい。
「…………。……いや、しかし、部下がやられたというのに、何もしないわけにはいかん」
「頑固なことで」
そういう不器用な人間は、嫌いじゃない。
と、俺としては心の底から感心というか尊敬の念すら抱いていたのだが。
「あと、お前は気に食わん。一度くらい斬っておかなければ」
「え~……」
なんでこう、いい雰囲気(?)を自分から台無しにするんです?
まぁでも気にくわない人間を斬りたい気持ちは良く分かるというか、さっきこの場所で斬ったばかりなので何とも言えなかった。
しょうがないので俺も剣を抜いた。ラックに借りた剣なのでナマクラだが、まぁ何とかなるだろう。
俺が構えるのをちゃんと待ってからブリッシュさんが斬りかかってきた。
「――だいたい貴様は! 自由奔放すぎる!」
怒りをぶちまけながらのブリッシュさんの斬撃。彼の性格を現したような真っ直ぐで愚直な剣だ。
正直、こういう人と剣を合わせるのは嫌いじゃない。
というわけで、ブリッシュさんの剣を剣身で受け止め、弾き返す。
「アーク! 実力があるなら第一騎士団長になれば良かったのだ! 陛下からのお誘いを断りおって! そのせいで俺が! 不相応な騎士団長などやらなければならなかったのだ!」
「いやぁ、でも、俺が騎士団長になったって言うこと聞かないでしょうあいつら。むしろブリッシュさんは良く従えていたと思いますよ?」
「――だが! クビになったあと、誰も追いかけてこなかった!」
「あー……」
ちょっと泣いた。
俺よりは人徳があるはずなんだが、青春ドラマみたいな展開になるほどではなかったっぽい。
「目つきは悪いが! 顔は良く! 剣の腕もあり! 女にモテる! なんだ貴様は!? 喧嘩を売っているのか!?」
「目つきが悪いは余計じゃないっすかねぇ!?」
あれだけ叫びながら剣を振るっていればすぐに息切れするはずなのだが、ブリッシュさんはそんな半端な鍛え方はしていない。むしろ体力勝負なら俺の分が悪いかもしれない。
ここは大きく振りかぶった一撃を受け流し、隙を突くか。
俺がブリッシュさんの一撃に、自分の剣を合わせると、
――ばっきーん、っと。
俺の剣が折れた。
剣が折れたぁ!?




