これは悪女
「アーク……。手が早いのはもう諦めましたが……。手を出す女性は選んだ方がよろしいのでは?」
いや諦めないでくれるか? 認識の訂正に全力を注いで欲しいのだが?
ソフィーは明らかに不機嫌な様子で腕を組み、足で床を何度も踏みならしていた。こっわ。
「ぴぃいいぃいいっ」
涙目になりながら俺の後ろに隠れるアリス嬢だった。小動物か。キミもうちょっと不敵な笑みとか浮かべてなかったっけ?
――アリス・ライン男爵令嬢。
今何かと噂の『ヒロイン』で、王太子やその側近たちを次々に籠絡した悪女。近衛騎士団内でも警戒しろと厳命されていたし、他国のスパイじゃないのかって話まである。
その罪状とされるものは数多いが、一番派手なのはエリザベス嬢や、エリザベス嬢と仲のいいご令嬢たちの集団婚約破棄、集団追放事件だろう。俺はすぐに魔の森に向かったので王都内でどんな噂になっているかは知らないが、今までの流れからして『アリスが暗躍した』ということになっているはずだ。
……でもなぁ。
なぁんか、『悪女』って感じはしないんだよなぁ。むしろ小心者というか小物というか小粒というか。
「その評価は酷いのでは?」
サラッと心を読んで突っ込んでくるフレズだった。なんかこう、俺の周りの女性ってナチュラルに心読みすぎじゃない? その読心力で俺の無実も証明して欲しいのだが?
「ギルティ」
なんでだよ?
フレズにツッコミを入れている間にもソフィーはアリスへの睨み付けを強め、アリス嬢はますます俺の影に隠れ、そしてまたソフィーが不機嫌になり……。なんだこれ? 負のスパイラル過ぎないか?
「自業自得ですね」
なんでだよ?
「ま、まぁまぁ、ソフィー。そんなに睨んでやるな。アリス嬢も噂ほどの悪女じゃないだろうからな」
「…………」
「――っ!?」
じっとーっと俺を睨み付けるソフィーと、ぱぁあぁあっと顔を明るくするアリス嬢だった。なんだこの天国と地獄?
「自業自得ですね」
なんでだよ?
フレズにツッコミ中略、ソフィーが深々とため息をついた。
「アーク。また何か感じたのですか?」
「おう、少なくとも悪女じゃないな」
「…………。……アークの直感は信頼に値しますが……いえ、それにしても……」
訝しげな目でアリス嬢を見定めようとするソフィー。ほら、アリス嬢。弁明するチャンスだぞ?
その流れを察したのか、アリス嬢は必死な様子で自己弁護を始めた。
「わ、私は悪くないです! みんなが勝手にしているだけで!」
うわぁ。
ここでそういうこと言っちゃうかぁ。ビックリするほどテンプレな『往生際の悪い悪女』じゃん……。
うん、赤の他人相手によく庇った方じゃないか、俺?
というわけでアリスの首根っこを掴み、ソフィーに差し出す俺だった。
「いや! いやいやいや! 待って待って失敗しました失言しました! もう一度弁明のチャンスを! セカンドチャンスを!」
アリスの絶叫が建物内にこだました。
……ん? セカンドチャンス?




