閑話 第一騎士団長
「ぎゃあぁあああぁあっ!? たすけてぇえぇええっ!! アーク様ぁあああぁああああっ!!」
突如として夜の王城に響き渡った声。
本宮の警戒をする第一騎士団長のブリッシュや団員たちは「なんだなんだ?」と辺りを見渡して……誰かが空を指差した。
ブリッシュがそれに釣られて上空に目をやると――人が、飛んでいた。
(あれは……アリス嬢か!?)
なんということだ、とブリッシュは愕然としてしまう。まさか第一騎士団が警戒する本宮に侵入し、堂々とアリス嬢を攫ってみせるとは!
これでは第一騎士団の面目は丸つぶれだ。いや王城における狼藉のせいでだいぶ潰れてはいるのだが……アリス嬢を攫われたとあっては王太子たちからの評価すらも急落してしまうだろう。
(おのれ、ふざけた真似を……。しかし、アリス嬢を抱えたあの人間、何者だ?)
叫び声や身に纏った衣服、そして金髪からしてアリス嬢が攫われたのは間違いない。しかし、攫った人間に見覚えがなかったブリッシュだ。正確に言えば、角度の問題で顔を見ることができなかった。
(銀髪……。銀髪持ちの身体強化であれば、あのような跳躍も可能だろう。問題は、我が国の銀髪持ち二人はすでに魔の森に追放されていることだ)
シャルロット嬢と、ミラ嬢。体格からして、まだ子供であるミラ嬢ではないだろう。
(シャルロット嬢はたしかアークの義理の妹になる予定だったはず。ならばアークと協力関係にあってもおかしくはないか? あるいは他の国の銀髪持ちが潜入して――違う違う! 考えている場合ではない!)
すぐに団員に追わせようとしたブリッシュだが、ここは自分が身体強化で追跡した方が確実だろうかと思い悩む。
いやしかし、アークやライラの姿が見えないのだからあれ自体が陽動の可能性もある。ここで人員を割いては王太子暗殺を防げなくなってしまうだろう。
すぐに動かなければならないのに、どう動くべきか判断できない。ブリッシュが八方ふさがりの状況に陥っていると――
「――何をしている! 早く追いかけろ!」
本宮の中から、よりにもよって王太子が飛び出してきてしまった。暗殺の危険もあるので大人しくしていろと言ったのに……。
「殿下。しかしですね……」
「ええい! 言い訳など聞きたくない! この無能め! よりにもよってアリスを奪われるとは! ――貴様のような無能はクビだ! さっさと出て行け!」
「――――」
正直に言えば。
クビを言い渡された程度で大人しく王都から出て行ってしまったライラの行動を、ブリッシュはまるで理解できなかった。いくら元勇者という肩書きがあったとはいえ、実力と努力で近衛騎士団長となり、今まで実績を積み上げてきたのに。それをあっさり捨ててしまうだなんて、と。
一時的に頭を下げてでも近衛師団長の地位を守るべきだったのだ。ブリッシュは本気で「直情的で馬鹿なヤツだ」と思っていた。……つい、先ほどまでは。
だが。
今のブリッシュには、ライラの気持ちが良く分かった。
これまで積み上げてきた努力も、鍛え上げてきた実力も、重ねてきた実績も。『無能』の一言で片付けられ、すべて無意味となってしまったのだ。
やってられるか。
付き合いきれるか。
どうせ国王陛下が舞い戻れば第一騎士団長の座から引きずり下ろされ、処刑されるのだ。ならば、今ここで地位にすがりつく必要もない。貴族の三男坊だからどうせ実家を継げはしないし、守るべき家族もいない。
「承知いたしました」
「おお! 分かったなら汚名を返上しろ! さっさと追いかけて――」
「――第一騎士団長の地位、今ここで返上いたします。王家に捧げました剣も、下げさせていただきたく」
「……は?」
「では、これにて。後任には適当な人間を据えてください」
「おい! 待て! 待たないか! 無責任だとは思わないのか!?」
王太子の叫び声はあえて聞き流し。ブリッシュはさっさと王城をあとにした。




