閑話 『ヒロイン』アリス
近衛騎士団長のフリオラと別れたあと。
聖女候補であり『ヒロイン』でもあるアリスは部屋の鍵を閉め、防音の魔法を起動した。
そして勢いよくベッドにダイブして――力の限り叫んだ。
「どうして!? どうしてこうなるのよーーーーーーーっ!?」
わぁあん、と。枕に抱きつき奇声を上げるアリス。
どうしてこうなったか。
それを一番知りたいのはアリス本人だ。
大好きだったゲームのヒロインに転生できたことが幸せだったのか。今となってはアリスにも分からない。
――グラン・サーガ ~破滅の王国と七人の騎士~
ありきたりな乙女ゲームでありながらも、骨太のシナリオとRPG的な要素が見事にマッチして大ヒットしたゲームだ。前世のアリスだって何度もクリアしたし、続編にも手を出した。
さすがに全ては覚えていないものの、重要なイベントの内容くらいは記憶しているし、本来なら何の気兼ねもなく『ヒロイン』として好きなキャラを攻略し、幸せになりたかったのだ。
そう、本来なら。
問題は、続編があること。
シナリオライターが交代した上で製作発売された続編では、前作の余韻を完全破壊するようなストーリーとなっていたのだ。
ゲームのメインルートである王太子とアリスが結ばれたあと。愛娘を断罪された大貴族たちは続々と反旗を翻してしまう。
それを扇動したのが神聖アルベニア帝国だ。
レイナイン連合王国に打ち勝ち、統合したことで大陸の覇者になった神聖アルベニア帝国は兵を用いることなくリーフアルト王国を混乱させ、ついには革命を成功させてしまう。
もちろん混乱の元になった王太子とアリスは民衆の前でギロチンされてしまい――というのが大まかなストーリーだ。
続編の主人公は、革命軍を率いる真なる聖女。彼女と革命軍の幹部たち(もちろんイケメン揃い)の恋物語がメインとなる。
ふざけるな、と大炎上した。
それはそうだ。オリジナルストーリーを書きたいならば一から自分で作ればいいのだ。だというのに大ヒットした続編にただ乗りして、しかも前作を台無しにするようなシナリオを出してきやがったのだ。
もはや手を付けられぬほどの大炎上。前世のアリスも燃やしに燃やした。
続編のシナリオライターには新しい仕事が来なくなり、名義を換えてもすぐに特定され粘着されるほどだった。
会社の方もどうしようもなく。続編の売り上げを元に制作された次のゲームは大爆死。起死回生の二作目、三作目もそっぽを向かれ……ついには倒産。
一作目のシナリオライターの呪いだ、と。面白半分に語られたものだ。
それはともかくとして。
やはり問題なのは自分が『アリス』になってしまったことだ。
このままでは王太子の婚約者になり、聖女になれたあとも『続編』で国を失い、処刑されてしまう。
もちろん、そんなのは嫌だった。だからこそアリスは抵抗した。
王太子たちと出会うことになる貴族学園に通わなくていいよう、自分の力を隠してきた。
しかしちょっとしたミスでアリスの力は露わになり、学園に通うハメになった。本来なら通えるような身分ではなかったのに、特待生として。
ならば王太子と仲良くならないようにと心掛けて行動した。
しかし、無駄だった。なにせアリスに一目惚れした王太子の方から寄ってくるのだからどうしようもない。貴族の養女となっただけの平民に、王太子からのアプローチを断れるはずがないのだ。すぐに不敬罪で死ぬか。将来革命の結果として死ぬか……。
不敬罪よりは革命を阻止する方がまだ生き残れる可能性が高い。
ならば今度は聖女候補としてエリザベスに負けようとしたし、『エリザベスがアリスを虐めた』という噂が立たないよう細心の注意を払った。
なのに、ダメだった。
アリスはなにもしれないのに聖女候補として残ってしまい。まったく関わりがなかったのにエリザベスがアリスを虐めているというのが『事実』として広まってしまった。
もういっそのこと続編の裏キャラである神聖アルベニア帝国の皇帝のところに嫁いで難を逃れるのもありか、と提案してみたが……なぜか王女殿下の方が嫁ぐことになってしまった。
これは、前世の物語でよくあった『ゲーム補正』というものか。あるいは強固なる『運命』か……。
もうどうしようもないのではないかとアリスは諦めかけている。ゲーム知識をフル動員させているのに『運命』は変えられず、シナリオ通りに進んでいるのだから。
このままだと、アリスは王太子と結婚するだろう。
このままだと、国を乱したとしてギロチンされてしまうだろう。
「……もう無理」
いっそのこと、すべて諦めてしまうかとアリスは考える。どうせ死ぬのだから国費で豪遊して、一生分遊び尽くし、悪女として処刑されるのもいいのではないかと。
そうしたら現代日本のベッドの上で目覚めて、「変な夢だったなー」と笑い話にできる可能性だってある。
名案だ。
何度も考えた。
何度も何度も思いつき、それでもなお実行できていないのは……きっと、一つだけ『希望』が残っているから。
――アーク・ガルフォード。




