閑話 国王と
その頃。
この国の国王・カイルスは軟禁されている一室でにわかに立ち上がった。
「来たか?」
カイルスの問いかけとほぼ同時。部屋の隅の暗がりから『影』が姿を現す。
「はっ、アーク様ご一行、地下の抜け道を通って別宮に向かっておられます」
「ならば、出迎えてやらねばならんか」
義理の息子になるのだからそれくらいはしてやらねばな、と喉を鳴らすカイルス。きっとアークがどんな反応をするか想像して楽しんでいるのだろう。
そんな彼の、真正面から。
『――ふむ。中々良い性格をしておるな?』
なんの前兆もなく現れたのは、白に近い銀髪の美女。
人とは思えぬほど濃い金色の瞳。
自信満々につり上がった目と、眉毛。髪色にも負けぬほど白き肌。不敵にゆがめられた口元からは長い犬歯が覗いていた。
外見だけで判断すれば20歳くらいか。
……見覚えは、ない。
だが、銀色の髪からして高位の魔術師であることは間違いないし、『影』が気づかなかったことからもそれがうかがえる。そもそも、転移魔法は周囲の魔力が大きく乱れるので使用されればすぐに分かるというのに、その兆候が何もなかった。
「……ふむ、何者であろうか?」
国王だからこそ簡単には敬語を使えない。
だが、目の前の美女から発せられる尋常ではない雰囲気を察知し、なるべく丁寧な対応を心掛けたカイルスだ。
そんなカイルスの心積もりをすべて見抜いているかのように美女が笑う。
「そうさなぁ。真王の妻、とでも名乗っておこうかのぉ」
「…………」
魔王?
たしかに魔王の妻であればこれほどの凄みを発することができるだろうが……と、納得しかけたところでカイルスは気づく。もう一つ『まおう』という発音を使う王がいたなと。
――真王。
魔族と人族を仲介する者。人と魔を統べる真なる王。それはもはや神話上の存在なのだが、時折『真王』を名乗る者は現れ……勢力を拡大できぬまま滅ぼされてきた。
「真王……。人魔を統一するという、あの?」
『ほぉ、よく勉強しておるではないか』
「ご婦人。真王を名乗るとは、そなたの夫はずいぶんと剛毅であるようだ。名を伺ってもよろしいかな?」
『教えるまでもない。すでにおぬしは知っておるのだからな』
「すでに……?」
悩むまでもなかった。
異なる価値観を持つ人・魔。それぞれを従え、王になれるほどの『器』を持った人間など……カイルスには一人しか心当たりはないのだ。
――アーク・ガルフォード。
そう考えれば、アークがここに来るというタイミングを見計らったように現れたこのご婦人は、なるほどそういう存在なのだろうと納得することができる。
しかし、夫か。
「アークがすでに正室を決めていたとは初耳ですなぁ」
妻、ではなく正室とカイルスは言葉を選んだ。万が一の時にソフィーをねじ込めるように。
そんなカイルスのささやかな抵抗を理解しているかのように美人は口角を吊り上げた。
『ははは、なに、焦ることはない。アークであれば妻の10人や20人は受け入れてみせるだろうからな』
「…………」
10人と20人はずいぶんと数に開きがないか? と思うカイルスだが、同時に「アークならあるいは」と納得してしまうのだった。日頃の行いである。
「ふぅむ、ご婦人一人ということはアークに内密の話でも?」
『ほぉ、話が早いではないか』
「あの男は能力があるくせに欲が薄い。もしやそれ関連ですかな?」
『うむうむ、分かっておるではないか。欲がないなら断れないところまで話を進めてしまおうと思ってなぁ』
「良き妻であることで」
『褒め言葉として受け取っておこう。……さて、では単刀直入に要求しよう』
にやり、と。まさか断るまいなとばかりに美人が笑う。
『――この国、アークに譲ってもらおうか』
※明日の更新お休みします




