エスコート
「さ~って現状のアークさんですがっ!」
俺の腕の治療をフレズがしてくれている隙を突いて、ラタトスクが嘘八百を教え込もうとする。
「まずは追放されたご令嬢四人のうち三人を口説き落としました」
おい。
剣に手を掛けた俺だが、フレズが「まぁまぁ事実ですし」と宥めてきたので一旦様子見。え? というかフレズから見てもそんな感じなの……?
「アークですしね」
深く深く頷くソフィー。でしょうね、って。どういうことですか?
「むしろ一人口説き落とせなかったのが奇跡。何か特殊な事情があるのでしょう?」
「さすがお目が高い。実はその一人というのが、アークさんの親友さんの思い人でしたので」
「なるほど、親友の恋路を邪魔するほどのクズではありませんでしたか」
ソフィーさん? それじゃまるでそこそこのクズではあるみたいじゃありません?
「そして魔の森への道中でドラゴンを口説き落とし、魔の森に到着したあとは追ってきた近衛騎士団長すら口説き落としたのです!」
落としてねぇって。
「なるほど、アークですしね」
ドラゴンや師匠を口説き落とすって。ソフィーの中での俺ってどういう評価になってるの?
「そしてダンジョンを攻略してダンジョンマスターとなり! キングゴブリンを倒して配下に治めたのです!」
まぁ事実だけ並べ立てるとそうなんだけどよぉ。成り行きでそうなっただけで主体的に行動したわけじゃないのが何とも……。
「……ダンジョンに、キングゴブリンですか……。ダンジョンがあれば様々な資源が手に入りますし、いざというときの籠城や逃亡も可能。ゴブリンの繁殖能力は凄まじいと聞きますし……」
キラリーン、と、目を輝かせるソフィー。あなた今腹黒が悪巧みしている時と同じ顔をしていますよ?
「魔の森……。正確な広さは不明ですが、海まで到達するという噂が事実ならかなり広いはずですね?」
「えぇ、そこらの国に負けない程度の領土となります」
「ドラゴンを口説き落としたというのは、もしや……?」
「ご明察。かつて魔の森開拓を諦めさせた例のドラゴンです」
「キングゴブリンはゴブリンを従える『王』であると聞いたことが」
「えぇ。ゴブリンは貴重な労働力、そして戦力となるでしょう。今はアークさんに忠誠を誓っていますので、王というよりは忠臣ですね」
「土地。民。そして忠臣。ダンジョンという収入源に、ドラゴンという防衛力……。必要な条件は揃っていると……」
「あとは『正統性』があれば完璧ですね」
「正統性……。前王朝の血筋……」
なんか知らないが、俺の第六感が『ヤバそう!』と警告を発しているな。
これは、やはりラタトスクの吹聴を止めるべきでは?
俺が決意すると同時、ソフィーが満面の笑みを俺に向けてきた。
「アーク! わたくし、アークと一緒に魔の森へ行きたいです!」
「お、おう?」
魔の森なんて魔物くらいしかいないと思うが……。
まぁお貴族様が魔物狩りを見学したいというのはよくあることだし、そんな感じか? あるいはダンジョンと聞いて好奇心を刺激されたとか?
う~ん。
別に問題はないよな。どっか旅行に行きたくないかと尋ねたのは俺だし。魔の森だってシルシュが吹き飛ばした場所は安全圏。ダンジョンも俺の支配下にあるので危険はない。何よりあの場所なら師匠やシルシュがいるので守りも万全だ。
……あれ? そういやシルシュは今何やっているんだろう? いきなり別行動して、そのままだが……。
俺が首をかしげていると、ソフィーがゆっくりと右手を差し出してきた。
「では、アーク。エスコートを願います」
「……承知いたしました、お姫様」
片膝を突き、その手に軽く口づけする俺。もちろん実際に唇を触れさせないのがマナーだ。騎士とはいえ一応は高位貴族の息子なのでその辺は弁えている。
ソフィーの右手を掴んだまま立ち上がり、彼女の身体を軽く引き寄せる。
こういうとき、ソフィーは一歩近づいてから立ち止まるのが通常の流れなのだが……彼女はそのまま、引き寄せられた勢いを止めることなく俺の胸に飛び込んできた。
柔らかな感触。
鼻腔を突き抜ける甘い香り。
そして何よりも、息が触れあうほどの近距離で俺を見上げてくる美少女。
正直『くらっ』と来たが、エスコートする男の意地として何とか耐える俺。
「――では、不肖アーク・ガルフォード。王女殿下を魔の森へとご案内いたします」




