あっくやく~
やれやれと。いかにも呆れ果てたように肩をすくめる俺。
「だ~から言っただろ? お前さん、働き過ぎなんだよ」
「……そんなつもりは、ありませんけれど」
「いーや、あるね。そもそも時給――いや、賃金で計算すれば、お前さんは自分が育つために使われた金以上に働いてきた。そろそろ残業代を請求してもいい頃だ」
「残業代……。お父様がそのような制度の組み立てに着手したとは聞いていますが……」
「だいたい賃金を考えるまでもなく、16の小娘が働き過ぎだ」
「……アークからして見れば、わたくしは小娘でしかありませんか。ですがアークだって大人と言うほどの年齢ではないでしょう?」
ぷっくー、っと。またまた頬を膨らませるソフィーだった。かわいい。
「いーや、俺は大人で、ソフィーは子供だな。いいか? 大人ってのは自分一人で何とかしようと抱え込むんじゃなく、自分が頭を下げてでも他人に頼れる人間のことを言うんだ」
もちろん、実際の大人でもそれを出来ていない人間は多いがな。ここで重要なのはソフィーを説得することだ。そのためなら嘘や誤魔化しをしたって構わないし、方便だって真実となる。
なにせ俺は正義の味方じゃなく、悪役騎士だからな。
「ソフィーはまだ子供なんだからもっとワガママ言っていいんだ。国のことなんて国王夫妻と後継者に任せて、な」
そもそもソフィーみたいな立場の女性は勝手に嫁ぎ先を決められ、その後は嫁ぎ先のために働かなきゃいけない。なら、子供のうちはもっと好きなことをするべきなんだ。――その後の人生で後悔しないためにも。
と、昔から言っていたんだがなぁ。親心というか兄心みたいな感じで。中々に頑固者だから聞く耳持たなかったんだよなぁ。
しかし、今のソフィーなら可能性はある。なにせ自分の頑張りをやんわりと否定され、自分が頑張らなくても何とかなるかもしれないと思い知らされたのだから。今のうちに心の隙を突けば、望む結果が得られるだろう。
…………。
って、やっぱり悪役思考っぽいよなぁ、俺。
ま、俺に正義の味方は無理だわな。
心の中でうんうんと頷いている間、ソフィーはうーんうーんと悩んでいた。
「やりたいこと、ですか……」
「何かないか? 旅行に行きたいとか、街に遊びに行きたいとか。恋をしてみる……というのは、相手がいないと難しいか」
「…………」
「…………」
「…………」
ソフィーからだけではなく、フレズとラタトスクからまでも『じっとー』っとした目×3を向けられてしまう俺だった。なんでだよ?
「…………。……アークはあのアホに追放されたご令嬢を魔の森へと移送したそうですが、どうせ放っておけはしなかったのでしょう?」
「おう、当然だ」
「これからどうするつもりなのです?」
「そりゃあ――」
「――それにつきましてはこのボクがお答えしましょう!」
ずいっと身を乗り出してきたのはラタトスク。よし斬るか。
「なんでですか!?」
「どうせ嘘八百を教え込むつもりだろう?」
「だから嘘はつきませんって! 事実を十倍にも百倍にも誇張するだけ――でぇ!?」
抜刀してラタトスクの首を狙うが、やはり両刃剣で抜刀術は無理があるな。それでもラタトスクが床を転がる程度の速さを出せるのだから十分と言えば十分なんだが。
「ちょっと!? 首を狙わないでくださいよ!?」
「しかしなぁ、首を落とすのが一番苦しまずに済むぞ?」
「そもそも苦痛を与えないでください!」
もはやいつものとすら言えるやり取りをする俺とラタトスクだが、ふと気づく。ソフィーが身を固くしているなと。
そうか、ソフィーは王女様だからな。いきなり目の前で剣を振られては怖がってしまうか。反省反省。命拾いしたなラタトスク。
「……ボクの扱いが悪すぎる……」
ぷくーっと頬を膨らませるラタトスクだった。ははは、無理すんなってソフィーとは似ても似つかない――痛え!? 腕噛まれた!?




