女たらし
なんだかなぁ。
ラタトスクは期待した目で右手を差し出しているし。フレズは今にもラタトスクをクチバシで突きそうだし……。なんだこの状況?
情報屋として雇えと言うが、一つの情報を十倍にも二十倍にも誇張する存在なんて信じられるはずがない。
が、ここで冷たい対応をして逆恨みされるのもなぁ。面倒くさいよなぁ。
……いっそのこと、斬り捨ててしまえばいいのでは?
北欧神話でラタトスクが最後どうなったのかは……覚えてないが、神話と異なることをするのはヤバい気がする。
だが、もうすでに『ラグナロクで死者の魂を乗せて飛び去る』とされるニーズヘッグもラグナロクを待つことなく素材になったのだから、ラタトスクが消えても大した違いはないだろう。うん。
「ひっ!? ちょ、ちょっと真王様!? 殺気飛ばしてくるの止めてくれませんか!?」
ちっ、勘がいい。これは不意を突いての攻撃は無理か。
さてどうしたものか。
……こういうときは軍師様に相談だな。
(ラック、どうするよ?)
(そうだなぁ……。情報屋なんだから、王都の様子を調べてきてもらえばいいんじゃないか?)
(王都の様子……? なるほど、そういうことか)
さすが頭脳労働担当だなと感心した俺は、さっそくラタトスクに要求してみた。
「雇うにしても、まずは実力を見せてもらおうか」
「ふふん、いいでしょう! ボクの実力を見れば雇わずにはいられないですからね!」
「じゃあ、王都とソフィーの様子を調べてきてくれ」
「承りました。……今回の調査費につきましては、正式採用後に請求するということで」
「……しっかりしていることで」
ラタトスクへの支払いって、何を使えばいいんだ? 王国の金貨? そもそも世界樹で貨幣は使えるのか? リスなんだから木の実とか?
そんなことを考えていると、ラタトスクの姿がかき消えた。転移魔法――にしては、ずいぶんと静かな感じがするな?
「ん。転移魔法じゃない」
「転移じゃないって、どういうことだ?」
「分からない。少なくとも私が知らない魔法。魔法ですらないかもしれない」
「ほー」
この国で一番の魔法使いであるミラでも分からないのか。きっと凄いんだろうな。
……あんな風に姿を消せるなら暗殺し放題だし、やはり敵に回さない方が利口だな。
まぁ、気配は覚えたから、もう近づいて来たらわかるんだけどな。
「どういう理屈かまるで理解できない」
うん? そうだな。ラタトスクが消えた理屈は分からないんだったよな。
「そうじゃない」
そうじゃないらしい。じゃあどういうことだよ?
「それよりも」
ジトッとした目を向けてくるミラ。
「王女殿下を呼び捨てにって、どういうこと?」
「え? あー……」
そういや、油断して『ソフィー』と呼び捨てにしてしまったかもしれない。
本人がいないから油断して、という言い訳はちょっとキツいか。そもそも心を読めるミラ相手に誤魔化しは無意味だしな。
「えーっとだな、ソフィーから、二人きりの時は名前で呼んで欲しいって頼まれてな」
「…………。……王女殿下まで……。この女たらし」
「なんでだよ?」
いつも気を張っているソフィーが見せた、ささやかな少女らしさ。いいじゃないか。
「この女たらし」
「なんでだよ?」




