恋のキューピット(古い)
まぁ王女殿下には近いうちに会いに行くとして。
「……いえ、なるべくなら急いで欲しいのですが」
「だがなぁ。ほんとに急ぎの案件なら国王陛下の『影』が飛んでくるだろ?」
あと、ついでに言えば『影』が護衛に付いているだろうし。正直生半可な近衛騎士よりも強いからなアイツら。
「……それは、そうかもしれませんが……」
「それに今はこっち優先だ」
そりゃあ俺だって出来ることなら全ての人を救ってみせたい。が、人間出来ることと出来ないことがある。手を広げすぎて大失敗、結局誰も救えなかったという展開になってしまったら笑えないのだ。
こういう比較はあまりしたくないが……。別宮で大人しくしていれば衣食住が保証されている王女殿下と、いまだに衣食住すら不安定なシャルロットたちなら――どちらを優先して助けるべきかなど、決まり切っている。
ま、俺は正義の味方じゃなくて悪役騎士なんでな。好きなようにやらせてもらうさ。
「しかし……」
なおも食い下がろうとするクルス。そんな彼と俺との間にレディが『ひょこっ』と割り込んできた。わざわざ腰を曲げ、上目遣いでクルスをじぃーっと見つめる。
「クルス君は、ずいぶんと、ソフィーのことを心配しているじゃないか」
「い、い、いえ! そんなことは!?」
途端にしどろもどろになり、視線も左右に動かしまくるクルスだった。分かるぞ。俺にも経験がある。女性からああいう目を向けられると、こちらに非がなくても申し訳ない気持ちになるよな。
「……『こちらに非がなくても』って」
「そういうところですよね……」
「ん」
なぜかシャルロット、メイス、ミラから非難の目を向けられてしまった。ほらー非がないのに申し訳ない気持ちになるー。
しかし、
「レディ。いくら何でも王女殿下を呼び捨てにするのはどうかと思うぞ?」
「えぇ? いいじゃないかソフィーと私は親友なのだから」
「え?」
という声を上げたのはクルス。もしかして知らなかったのか? ……なんで王女殿下の専属執事が、王女殿下の友人を知らないんだよ?
執事としてどうなん? という視線を向けると、クルスはさらにしどろもどろになりながら言い訳を始めた。
「いえ、あの、王女殿下がご友人方とお茶会をするときは、周囲の警戒をしていましたので。女性ばかりなのですからお世話も女性に任せた方がいいですし……」
「それにしたって顔くらい覚えるだろ?」
実際、護衛の時に似たような感じだった俺でも王女殿下のご友人の顔と名前くらいは把握している。
「い、いえ、それは……」
なぜかレディに『じぃー』っとした目を向けられていたときより慌てているクルス。なぜだ? 別に虐めているつもりはないんだが……。
「そりゃあ、ねぇ?」
レディがニマニマとした顔をする。
「クルス君はー、ソフィーに恋をしていてー、ソフィー以外の女の子は眼中になかったものねー」
「――ほう?」
うちの妹から想いを寄せられながら、別の女に?
しかもお相手は王女殿下?
レディの妹として。
そして近衛騎士として。
「ここは思い切って『ズバーッ』とやってしまうべきではないか?」
大丈夫。多少の致命傷なら聖女候補に選ばれるほどのエリザベス嬢が治してくれるさ。きっと。……今度回復魔法でも治せない切り方でも開発してみるか。
「い、いえ! 王女殿下に対する感情はあくまで敬愛! 敬愛でして!」
「レディに対しては?」
「……と、とても魅力的で、素晴らしい女性であるかと」
「もう一声欲しいなぁ」
「……か、彼女と付き合える男性は魅力的だなー、とですね」
「よしよし」
図らずも妹の恋のキューピットをしてしまったな。
これでいいかとレディに顔を向けると――なぜか、ケツを蹴り上げられてしまった。なんでだよ?
「乙女心が分かってないねぇ」
「分かっていればこんな状況にはなっていません」
「ん」
シャルロット、メイス、ミラから冷たい目を向けられてしまう俺だった。




