まさかな・・・
ミラとフレズからの評価は暇なときにじっくり訂正するとして。まずは重要案件っぽいクルスの話を聞くことにする。
「アーク様。一号事案です」
「一号事案かぁ……」
もうそれだけで色々察してしまう俺だった。直訳すれば王女殿下の無茶振り。「盗まれた宝石を追って他国に潜入」よりマシであることを祈ろう。
本当なら断りたいんだが……近衛騎士だと多少のワガママは聞いてやらないといけないし……なにより美少女から助けを求められたら、なぁ。
ちなみに『美少女』とは外見ではなく心の美しさが重要だ。これは声を大にして主張しておきたい。
……まぁ、その意味で言えばうちの女性陣はもちろんのこと、師匠までもが『美少女』になってしまうのだけどな。恐るべきことに。
「アーク。明日早朝訓練追加だな」
「げっ」
なんで師匠が心を読んだみたいなことを……まぁ師匠だしな。ノリと勢いで読んでも不思議じゃないか。だって師匠だし。
明日の朝を嘆きつつ、辛い現実から逃れるためにクルスとの会話を続行――それはそれで別の辛い現実がやって来そうだな。だが無視をするわけにもいかない。
「今度は何があったんだ?」
「はい。アーク様はご存じないかもしれませんが、あのアホ共が、ご令嬢方との婚約破棄後に政変を起こしまして。国王陛下を軟禁してしまったのです」
「……一応確認するが、『あのアホ共』ってのは王太子とその側近たちか?」
「えぇ」
執事からもアホ呼ばわりされるアホ共だった。まぁしょうがない。
ちなみに俺は師匠からその辺の話は聞かされているのだが、クルスはそんな事情を知らないからな。まずは「アホが政変を起こした」という現状の共有から始めてくれたのだろう。
「政変か。一号事案ってことは……国王陛下の救出でもやれってか?」
あの御方なら俺が何かしなくても勝手に脱出して勝手にアホを討ち果たしそうだけどな。むしろ今回の件も不穏分子の一掃を狙っているんじゃないか?
「いえ、王女殿下が軟禁されまして」
「……なんじゃそりゃ?」
国王の座を狙うライバルとでも思われたか? いやしかしいくら何でもそれはないか? この国の『常識』として、男子がいるのに女子が王になることなんてあり得ないのだから。
……あのアホがそんな『常識』すら知らなかった可能性? ははは、まさかそんな。そんなまさか。……あり得るなぁ。
あとは殿下を他国か有力貴族に嫁がせようとしたら反抗されたのでやむなく、なんてパターンもあるか? いや、王女殿下の性格からして、「国のためなら仕方ありません」と政略結婚も受け入れそうなのがアレだが……。
「実を言いますと、王女殿下があのアホに諫言をしたところ、逆上されまして。別宮に軟禁されてしまったのです」
諫言、つまり「いいかげんにしろ!」と怒られたのだろう。それくらいで実の妹を軟禁するとかお兄ちゃん失格だな。兄とは妹を助けなければならないのだ。時には空間を切り裂いてでも。
「で? 俺に殿下を救い出せと?」
「……そこまでは確認できていませんが、おそらくは」
「確認できていないのかぁ」
「い、いえ、軟禁される直前のご下命でしたので……。詳しい命令内容の確認はできませんで……」
あわあわとする生真面目なクルスだった。
「殿下を救出するくらいは簡単だけどよぉ。そのあとはどうするんだ? まさか、魔の森で一緒に暮らしていただくわけにもいかないだろ?」
なにせ相手は王女殿下。宮殿どころか屋敷すらもない場所でお過ごしいただくわけにもいかない。
……いや同じく『高貴なる存在』であるシャルロットたちは普通に過ごしているんだけどな。忘れがちだけどシャルロットとエリザベス嬢は公爵令嬢。王女殿下の次に高い地位を有するのだ。まぁ公爵家の中にも家格の差があるにはあるが以下略だ。
王女殿下であればその後の『使い道』からして庇護してくれる貴族家もいるかもしれないが……。そんな連中に殿下を任せるのもなぁ。
ともかく。あのアホによって魔の森へと追放され、実家に帰るわけにもいかなかったシャルロットたちに比べれば、王女殿下の立場はまだそれほど悪くない。軟禁状態とはいえ別宮。つまりは王城の中。さらにいえば国王陛下直属の『影』が護衛に付いているだろう。師匠クラスが襲撃してきたらどうしようもないが、それ以外ならこの国で一番安全な場所であるはずだ。
逃げたところで行く場所はない。
下手に動くより王城に留まった方が安全。
そのくらい、王女殿下も分かっているだろう。しかしなお『一号案件』を発動するとは……。
――国王陛下に協力してアホを排除しろ。とかか?




