不満
まぁ魔王はともかくとして。
キングゴブリンたちに問題がないのなら、さっそく魔の森に帰るとしよう。
いやレディとクルスがここにいる理由も気になるが……王女殿下の専属執事であるクルスが王城を離れたのだ。殿下の身に何かあったと考えるのが自然だろう。
そんなことは、こんな場所でしていい話じゃない。一旦魔の森まで同行してもらって、そこで話を聞くべきだ。
「クルスにも魔の森まで付いてきてもらいたいんだが?」
「はい。お心遣い感謝します」
俺の考えを察したのかすんなりと受け入れてくれるクルス。先ほどまで激戦を戦い抜いたらしいのに乱れのない一礼だ。こういうスマートな人間ならモテるんだろうけどなぁ。
「ん。何かの冗談?」
俺の心を読んだらしいミラが首をかしげていた。どうやら俺はスマートになってもモテないと言いたいらしい。
「……はぁ~、」
深々としたため息をつかれてしまった。なぜだ?
ミラの態度も気になるが、こんなことをやっていては朝が来てしまう。というわけで俺はあえてスルーして妹・レディに視線を向けた。
「レディはどうするんだ?」
「もちろん付いていくさ。お兄様にクルス君がいじめられてしまうかもしれないからね」
「いじめるって」
いくらなんでも王女殿下の専属執事をいじめやしねぇって。……妹を任せられるほどの男か確かめるためにちょっとボコる――じゃなかった、実力を確かめるかもしれないが。
「そういうところだよ、お兄様」
こういうところらしい。
まぁときどき不可解なことを言う妹ではあるが、剣士としての実力はそこそこだ。レディがこのまま留まってくれるなら魔物を狩っての食糧確保もできるし、女性陣の護衛役も頼めるのでだいぶ楽になるのだが……。まぁその辺はあとでじっくり話をしてみよう。
「あとは……」
周囲を見渡した俺は、村長だという男性を見つけることができた。
「村長さん。こいつらの身柄は俺が預かりますが、構いませんよね?」
親指でキングゴブリンを指差しながら尋ねると、村長はどこかホッとした様子で頷いてくれた。
「もちろん。騎士様が連れて行ってくださるなら、こちらとしても文句はありません」
「そうですか。じゃあ――」
話は纏まったな、と、なったところで。
「――ふざけるな!」
割り込んでくる、若い男性の叫び。
俺が声の主に視線を向けると、そこにいたのは……どこかで見たことのある顔だった。
誰だったかなーっと悩んでいると、近くにいたシャルロットが耳打ちして教えてくれた。
「ほら、アレだよ。この村に来たとき、アーク君に襲いかかってきた男性」
「あー……」
あの男か。金目のものを奪おうとして俺たちを襲った男。前世の記憶にあった合気道で地面に叩きつけたんだっけ。
あのあと、たしか村長さんが『適当に処罰』しておくというので、まぁまぁあまり酷いことをしてやるなとこっちから頼むハメになった……。
そんな若い男は唾が飛ぶほどの勢いで大演説をぶちかましていた。
「このゴブリンたちは村を襲ったんですよ!? どれだけ被害が出たことか!? それなのに大人しく帰すだなんて、そんなこと許せるわけが――」
「――黙れニレ! この馬鹿者が!」
我慢の限界が来たのか村長が手にした杖で若い男――ニレを殴った。
もちろん杖を突いた老人の一撃なので大したダメージはないだろう。が、味方であるはずの村長から殴られたという事実はニレの勢いを止めるには十分だったようだ。
「そ、村長、なんで……?」
「分からぬか!? あれほど強力なゴブリンを、騎士様が連れて行ってくださるのだぞ!? お言葉に甘えずしてどうするか!? ――もう一度あのゴブリンが暴れたとき、お前に何とかできるのか!?」
まぁ、村長の気持ちも分かる。
この村の状況はよく分からないが、かなりケガ人は多そうだ。対するゴブリンたちもかなり数を減らしたようだが、キングゴブリンは健在。正直、こいつ一人でもこの村の人間を皆殺しにするのは容易いだろう。
強さ的には『師匠>>>俺>キングゴブリン>レディ&クルス>>>>>村人』だからな。この中でも強い方なのだキングは。
そんなキングがこれ以上暴れずに撤退してくれるのだ。村長からすれば「余計な口を挟むな馬鹿が! 死にたいなら一人で勝手に死ね!」という気持ちだろう。




