がんばれ
キングゴブリンをザクザクと切り刻んでいると、その巨体が崩れ、地面に両膝を突いた。
はて? と、首をかしげる俺。
医学的に見たゴブリンがどういう存在なのかは知らないが、人型なのだから人間に近いはずだ。あの体格であれば、まだまだ体内の血液量に余裕があるはず。失血による立ちくらみって訳じゃないはずだが……。
油断を誘うためにわざと膝をついたか? そうだとすれば中々の頭の良さだな。
生き残っていたゴブリンを警戒しつつキングゴブリンの様子をうかがっていると……キングは、ゆっくりと両手の拳を地面に置いた。深く礼をするかのように。あるいは――首を差し出すように。
『オォオ、オォオオォオ……』
俺は人間なのでゴブリンが何を言っているかは分からない。だが、なんとなく『俺の首を差し出すので、仲間は見逃してくれ』みたいなことを言っている。ような気がする。いやいやまさか。ゴブリンがそんな武人みたいな真似を……。
『ゲゲッ!』
『ゲゲッ!』
『ゲゲッ!』
生き残っていたゴブリンたちが棍棒を捨て、俺とキングゴブリンの間に割り込んだ。まるでキングゴブリンを守るかのように両手を広げている。
『ゲゲッ!』
『ゲゲッ!』
『ゲゲッ!』
『オォオ……』
俺は人間なのでゴブリン中略。なんだか『お逃げください我らが王!』『ここは俺らが食い止めます!』『さぁ早く!』『お前たち……』みたいなやり取りが繰り広げられている。気がする。
…………。
格下であるキングゴブリンを容赦なくザクザク切り刻んでいた俺。
配下のゴブリンを見逃してくれと頼んできたキング。
そんなキングを庇うゴブリンたち。
……なんだか、俺が悪役みたいじゃないか? 気のせい?
「――悪役だねぇ」
「顔だけでなく、中身までも……」
「ん」
切り裂いた空間から顔を出したのはシャルロット、メイス、ミラ。女性陣からの評価にちょっと泣きたくなる俺だった。
『ほぉ、ゴブリンでこれだけの知性を有しているのは珍しい』
と、悠然と歩み寄ってきたのはシルシュ。
『オォオッ!?』
『ゲゲッ!?』
途端に震え上がるキングゴブリンとゴブリンたち。ドラゴンの登場に恐れおののいている――というよりは、シルシュ自体を恐れているような?
「……なんかしたのか?」
『なんでじゃ。我がゴブリンなど相手にするはずもなかろう?』
「それもそうか」
ドラゴンなのだからゴブリンなんて食っても腹の足しにならないだろうし、ゴブリンイジメをするような女性でもないだろう。なら、やっぱりドラゴンだから怖がっている感じか。
「しかし、命乞いはともかく、仲間を庇うゴブリンなど我も初めて見た。どれ、ここは我が詳しい話を聞いてやろう」
「…………」
ゴブリンを助ける。というよりは、貴重な個体を見つけた研究者というか、外国産のカブトムシを見つけた小学生男子みたいな顔をしている気がする。大丈夫か? ゴブリン、大丈夫か?
というかドラゴンがゴブリンと意思疎通なんてできるのか?
そう考えた俺だが、なんか普通に会話しているシルシュとキングゴブリンだった。
まぁそれはいいんだが、なんだかキングの方は恐縮しまくっているな。あの巨体を可哀想なほどに縮めている。
そりゃあ相手はドラゴンだし、神代竜なんだから恐縮して当然と言えば当然なんだが……なんだろう? この光景、どこかで見た覚えが……。
…………。
あぁ、あれだ。前世のドラマで見た、『気のいい町工場のおやっさんが大企業の社長に虐められている図』だ。
となると、周りにいるゴブリンたちは工場の従業員か。
…………。
がんばれ。
もはやゴブリンの方を応援してしまう俺だった。がんばれ。




