閑話 つまりはすべてシルシュが悪い
――そのゴブリンは、『王』となるために生まれた。
考え得る限りで最高の血統。そのうえ、少ない食料を優先的に与えられた結果、ゴブリンの中でもひときわ巨体に成長することができた。
そうして魔の森での戦いに明け暮れ、自らの技だけではなく群れの指揮も学んでいくことになる。
すべては、自分たちの群れを生き残らせるために。
魔の森という過酷な状況で、自分たちを繁栄させるために。
そうして彼は順調にレベルを上げていき。正真正銘の王・キングゴブリンに進化することができた。
そんな頃だ。
あの『天災』が起こったのは。
何処かへ飛び去ったはずの白いドラゴン。あいつが魔の森へと舞い戻り――いきなり、魔の森に向けてドラゴン・ブレスを放ったのだ。
そのブレスによってゴブリンの群れの半数が一瞬で蒸発し、残ったゴブリンの半数も重度の火傷を負った。
――凱旋だ。
自分こそがこの森の『王』なのだと。きっとあの白いドラゴンは示したに違いない。
もはやこの森に安住の地はなかった。ドラゴン・ブレスにより吹き飛んだ場所はドラゴンのナワバリとなってしまい、ゴブリンたちでは近づくことすらできなくなってしまった。
今までゴブリンたちのナワバリだった場所にはドラゴンから逃げ出した魔物たちが大挙して押し寄せ、ドラゴンブレスによって戦力が激減したゴブリンたちは為す術もなく魔の森の端へと追い詰められていった。
――もはや、魔の森の外に活路を見出すしかない。
森の外。人間の村を襲い、食料を得るしかなかった。
無論人間との『戦争』になれば厳しい戦いを強いられるだろう。
だが、もはや選択肢は二つしかなかったのだ。このまま魔の森の端ですり潰されるか。人間たちとの戦いですり潰されるか……。
どちらにせよ、この群れの未来は暗い。
ゴブリンの中では聡明なキングはどちらを選ぶか悩み続け、決断できずにいたが――事態は最悪の方向へ転がっていった。
単体で戦えばキングゴブリンですら苦戦するであろう、あのブラッディベアを一撃で倒してしまう女。
そんなバケモノが、あの白いドラゴンと合流してしまったのだ。
もはや悩んでいる暇などない。
キングは少しでも群れが生き残る可能性が高そうな、人間との戦いを決断した。
そうして彼は四方八方に偵察の兵を放ち。魔の森から一番近い村を襲うことにして。人間にしては強い女性と男性と戦い……。
キングゴブリンは、出会ったのだ。
――真なる王に。
◇
もはや『強い』『弱い』という問題ではなかった。
――格が違う。
そもそも、普通の人間が空間を切り裂いて登場できるはずがない。
さらに規格外だったのはその強さだ。
どれだけ力を振り絞ろうと剣を折ることはできず。どれだけ速く動こうとも拳は届かず。その男にはまるで力を入れた様子がないのに、キングには徐々に裂傷が増えていった。それこそ、キングの回復力を優に上回る速さと深さで。
だが、おかしい。
キングは疑問を感じられずにはいられなかった。これだけの力の差があるというのに、なぜこの男は自分の首を落としてしまわないのだろうかと。
……実際のところ、キングの表皮が硬すぎてそんなことは不可能なのであるが、キングからすればあえて手加減されているようにしか思えなかった。
『…………』
どういうことだろうかとキングは一旦距離を取り、思考を深めて――理解した。
自分は、自分たちは情けを掛けられているのだと。
きっとこの男はキングたちの事情を察しているに違いない。察したうえで、キングを殺さずに事を収めようとしているのだ。――さっさと逃げろと。そうすれば深追いはしないと。
……もちろんそんなはずはないのだが、ひらめきを得たキングの思考は止まらない。
なんという慈悲深さ!
自分たちは人間の『敵』で、実際に村を襲ったというのに! それでもなおこちらの、やむにやまれぬ事情を受け入れ、情けを掛けているのだ!
なんという! なんという器の大きさ! この男こそが『王』にふさわしい! 自分などしょせんは群れの長でしかなかったか!
こうして。
誰にもツッコミを入れられることなく、キングゴブリンはその場に崩れるようにして両膝を突いたのだった。




