閑話 打ち合わせ
「ゴブリンたちはおそらく夜に襲撃してくるだろう。奴らの方が夜目は利くからね」
「……我々は真っ昼間に襲撃されませんでしたか?」
「それはほら、夜に馬車は通らないからね。荷馬車一台くらいなら夜を待たなくてもと思ったんじゃないかな? あるいはお腹が空いて夜まで待てなかったか。……本当のところはゴブリンに聞かなきゃ分からないさ」
「ゴブリンとの会話は無理ですね」
「だろう? さて。夜ということは、まだ準備する時間はあるね」
「水堀が埋められていましたが、瓦礫を除去しますか?」
「いや、残しておいた方が襲撃地点を絞れるから防衛しやすいかな。人間もゴブリンも、道があるならそれを使いたくなるものなのさ。……それに、今の村の状況では少しでも体力を温存させた方がいい」
「あぁ……」
屋上に来るために騎士宿舎だった建物の中を通ったが……部屋にはかなりの怪我人が収容されていた。まだ戦える者もいるにはいるが、無理に労働をさせて本番の戦いに支障を来すようなら意味はないだろう。
「作戦としては、村の大部分は放棄。元騎士詰め所を最後の砦として防衛戦を行う」
「……ずいぶんと思い切った作戦ですね」
「そりゃあできるならこの村全体を守りたいけどね。――人間、できることとできないことがある。村の各所に配置できるだけの戦力がないのだから仕方ないさ。守るところが一つなら、戦力を一カ所に集中できる。簡単な理屈さ」
レディの考えに納得するしかないクルスだ。いくら彼やレディが強かろうと、それはあくまで『人間』としての範疇の話。普通の人間は数の暴力を前にすれば潰されるだけなのだ。
「……というわけで。全ての村民をこの建物に収容することになる」
「かなり手狭になりますが……しょうがないですか」
それぞれの家に留まられては、とてもではないが守り切れないのだ。
「空き家からそれなりに略奪されるのは諦めるしかない。幸いここは元騎士詰め所。地下には長期戦に備えてかなり大規模な地下室があるから、食料を優先して収めよう」
ここで言う『食料』とは数日分の食べ物という意味ではなく、来年の収穫期まで食いつなぐための食料という意味だ。そしてゴブリンたちも、その食料を狙ってこの村を襲っているのだろう。
幸いにして、元々地下は村の貯蔵庫として利用されていたらしく、すでに多くの食料が収められていた。
「ここで『バケモノ』がいれば一人でゴブリンの群れでも殲滅できるのだろうけどね」
残念そうに首を横に振るレディだった。一人で魔物の群れを殲滅できる存在など……クルスには心当たりがあった。しかも二人。
近衛騎士団長ライラ。
近衛騎士アーク。
アークは魔の森にいるのだし、なんとか協力を仰げないものだろうか? その可能性を検討したクルスだったが、すぐに現実味がないと諦めた。
アークに助力を依頼するならば、顔見知りであるクルスが向かわなければならないだろう。
クルスはこの村を守る上で貴重な戦力となる。そんな彼がゴブリンの襲撃前に魔の森へと移動し、アークを見つけ、またこの村に帰ってくるとなると……難しいと言わざるを得ない。
そもそも本当にアークが魔の森にいるとは限らないし、魔の森にいたとしても、すぐに見つけられる保証はない。ただでさえ森は人捜しに向かないのに、強力な魔物を避けながらとなれば尚更だ。
しかも、ゴブリンが夜に襲撃してくるというのはあくまでレディの見立て。もっと早くから襲撃してくる可能性も否定できないのだ。実際、クルスたちは昼間からゴブリンの襲撃に遭ったのだから。
(無理ですね)
そう結論づけたクルスは、レディと戦闘時の立ち回りについて打ち合わせをすることにした。




