こわい
「――ほう。あのナマクラでドラゴンの両目を潰したか。中々やるではないかアークよ」
珍しく師匠が褒めてくれた。これは血の雨が降るな。ドラゴンの。
というか予備の剣や短剣も俺の給料で買えるギリギリの良品なんですけど……ナマクラですかそうですか。
「しかし二撃も喰らわせて倒せないとは……まだまだ修行が足りないなぁアーク! これはまだまだ私が鍛えてやらないといけないな! まだまだ! まだまだ!」
なぜだかものすっごく嬉しそうな様子の師匠。ドラゴンを一撃二撃で倒せるのはあんただけです。
そんな師匠を尻目に、
『うむうむ、アークから期待されたなら答えてやらねばな』
なんだかウキウキしているシルシュ。そしてなぜか対抗心を燃やす師匠。
「――よし。あのトカゲを倒したら改めてアークに稽古をつけてやろう」
「げぇ」
やっぱりそうなるかーっとげんなりしていると、ラックが俺の肩を叩いた。
「骨は拾ってやるぜ」
「……頼んだぜ、親友」
俺とラックが沈痛な面持ちをしていると、師匠が天高く右腕を掲げた。
「我が命に従い、この手へ来たれ――聖剣よ!」
おお! なんだかメッチャ勇者っぽい! いや本物の勇者なんだが!
ここで『バシーン!』っと聖剣が飛んでくれば格好いいのだが……。…………。……うん、何も起こらないな? 今聖剣は岩山で浄水器をしているし、さすがにダンジョンの中までは飛んでこられないのだろうか?
『……ぷっ、聖剣に拒絶される勇者とか』
ざまぁ、とばかりに大爆笑するシルシュ。どうやらダンジョン内だから来られないのではなく、聖剣の意思で師匠の呼び出しを拒絶したらしい。なんて勇気のある。聖剣こそ『勇者』の名を冠するに相応しいのでは?
「……ふっ、あのようなオオトカゲ相手なら、聖剣を使うまでもないだろう。アークよ、私の活躍を目に焼き付けるといい」
腰の剣を抜きながら、強がってみせる師匠だった。可愛いところもある――いや、可愛い、か? ドラゴンに(名剣とはいえ)普通の剣で立ち向かうのは可愛くないよなぁ。
『ふむ、ならば我も、たまにはアークにいいところを見せなければな』
指をボキボキと鳴らすシルシュだった。普段がアレだという自覚はあるらしい。
『……我もあとでアークに稽古を付けてやろう』
「げぇ」
シルシュの逆鱗に触れたらしい。というかやっぱりシルシュも心を読んでいるよな? まぁ神代竜らしいし、当たり前か。
準備運動とばかりに剣を振り回す師匠と、肩をぶん回すシルシュ。
俺、初めてドラゴンに同情したかもしれない。
◇
血湧き肉躍る。
(ニーズヘッグの)血湧き(出るように飛び散り、ニーズヘッグの)肉(片が)躍る(ように宙を舞う)。地獄のような光景だった。
『あばばばば』
『あばばばば』
『あばばばば』
『あばばばば』
まるでコピペしたように同じ反応をしながら、泡を吹いて気絶する女神(?)四人組だった。まぁしょうがない。女神ってグロ耐性とかなさそう――いや神話の女神って結構えげつないことをしているか?
「はーははっ! ドラゴンの鱗を剥ぎ取り放題だな! これなら近衛師団全員分の鎧を作れるだろう!」
『よし! 心臓じゃ! これは焼いて食うと美味いぞ!』
ヒロイン(?)らしからぬ言動をする師匠とシルシュだった。もちろんその姿はニーズヘッグの返り血で真っ赤である。
というか、シルシュ、ドラゴンの心臓食うのかよ。自分もドラゴンなのに……。いや人間がほ乳類を食べるようなものか?
「うーんグロテスクだね」
「貴重な素材があんなに……あぁ、もう少し丁寧に剥ぎ取りませんと」
「ん。凄い魔力。魔力酔いしそう」
なんか平然とドラゴンの解体現場(もはや討伐ですらない)を見学する三人組だった。お前らもずいぶんと図太くなって……。
ちなみに。
うちの女性陣の中で比較的まともなエリザベス嬢はドラゴンの踊り解体に耐えられなかったのか貧血を起こしていた。
当然のように彼女を支えるラック。
「申し訳ありません、ラック様……」
「いえ、いいのです。あのような凄惨な光景は本来騎士の仕事ですから。……それに、エリザベス様をお支えする栄誉は、他の誰にも譲れませんから」
「ラック様……」
「エリザベス様……」
けっ、イチャイチャしやがって。爆発しろ。
『ピィイ』
そうだそうだとばかりに一鳴きするフレズだった。千切れ飛んできたニーズヘッグの肉をついばみながら。




