閑話 冒険者
「――た、助けてくれ!」
必死な様子の声に、クルスとレディはいちゃつきを止めた。
……いやクルスに尋ねれば「いちゃついてなどいません!」と答えるだろうし、逆にレディは「イチャイチャしてしまったね! 嫁入り前の娘なのに! クルス君には責任を取ってもらわないと!」と全力で肯定するだろうが。
それはともかく。
緊急事態であろうという認識で一致した二人が馬車の前方に目をやると――まだ若い男が、三匹のゴブリンから追いかけられていた。
「ガルさん! 頭下げてください!」
「おう!」
クルスの叫びを受け、馬を操っていた商会長のガルが頭を下げた瞬間、彼の頭上を雷魔法が掠め飛んでいった。そのままゴブリンの一匹に命中、絶命させる。
「ば、馬鹿クルス! もうちょっと遅かったら俺に直撃していたじゃねぇか!」
「反応できるんだからいいでしょう! 文句あるなら自分で戦ってください!」
反論しつつ二撃目、三撃目でゴブリンを殲滅し終わるクルス。
「――は、はぁっ!」
自分が助かったことを実感したのか、ゴブリンに追いかけられていた男性が足をもつれさせて転んでしまう。結構な勢いなのでおそらくどこかケガをしてしまっただろう。
「あーあ、大丈夫ですか?」
男性に駆け寄り、聖魔法での治療を始めるクルス。
そんな彼を尻目に、レディは周囲を警戒しつつゴブリンの死体の検分を開始した。
「……う~ん?」
検分を始めてから数分後、レディは訳が分からないといった風の声を上げた。
「どうかしましたか?」
そんなレディにクルスが近づく。逃げていた男性の治療は終了したので事情を聞いても良かったのだが、まだ落ち着きを取り戻さないのでしばらく呼吸を整えさせようとしたのだ。
「あぁいや、先ほどのゴブリンとは服装が違うと思ってね」
「服装ですか?」
クルスがゴブリンに注目するが、よく分からない。そもそもゴブリンが身に纏っている衣装とは腰蓑だけなのだ。クルスには全部同じようにしか見えない。
「衣装が違うと、なにかマズいことでも?」
「マズいというか、よく分からないというか……。衣装が違うということは、所属している集団が違うことを意味している。つまり、先ほど私たちを襲撃した五匹のゴブリンと、この三匹のゴブリンは違う群れということになる」
「はぁ……? 群れが違うと、何か不都合が?」
「不都合というか……。群れが違うなら、狩り場も違う。普通はお互いの狩り場が被らないようにするはずなのだから、こうして別の群れがこんな近い距離で狩りをしているというのは……。いや、そもそもゴブリンがこんな整備された街道に現れること自体が……」
やはりクルスにはよく分からないが、(ほぼ確実に)冒険者としての経験を積んでいるレディが言うなら間違いはないのだろう。
「そろそろ男性も落ち着いてきたでしょうし、お話を伺ってみますか」
「うん、そうしようか」
◇
「……村がゴブリンの群れに襲われた?」
レディが思わず反芻すると、逃げてきた男性は力なく頷いた。
「あ、あぁ。俺は一番体力があるからな。王都の騎士団に助けを求めるために街道を走っていたんだが……ゴブリンに見つかってしまってな。改めて礼を言わせてくれ。助かったよ」
「なに、襲われている人間を助けるのは当然のことさ。……しかし、わざわざ王都の騎士団に助けを求めるのかい?」
「この辺で一番近い騎士団は王都だからな。……こういう言い方はしたくないが、うちの村は見捨てられたんでな。近くに他の村もないし、頼りになるのは定期的に訓練に来てくれる近衛騎士団だけなんだ」
村人が近衛騎士団を頼りにするというのも凄い状況だが、まぁそこはとりあえず置いておくレディだった。
「しかし、その口ぶりだと近衛騎士団に助けを求めるのかい?」
「あぁ、なんでも村長に伝手があるらしくてな。城門で近衛騎士団長に取り次ぎを願えば話を聞いてくれるって……」
「…………」
「…………」
思わず顔を見合わせるクルスとレディ。普通なら村からの使いが取り次ぎを願ったところで近衛騎士団長が出てくることはない。が、近衛騎士団長ライラとは『強きをくじき弱きを助ける』勇者だった女だ。そのくらいのことはしても不自然ではないだろう。
しかし……。
「残念だけど、王都で政変が起こってね。近衛騎士団長はクビになってしまったんだ」
「な!? ほ、本当ですか!?」
「うん。しかも政変の影響で騎士団もゴタゴタしていてね……。正直、村を救うために出動してくれるかは分からないかな」
あの王太子なら村の一つくらい見捨てるだろうなと確信するレディとクルス、そしてガルであった。
「そんな……」
絶望をその顔に浮かべる男性。そんな彼の肩に、レディが優しく手を置いた。
「だが、キミはとても運がいい。なぜなら――」
そう言いながらレディが首にかけていたネックレスを引っ張り出す。
服の下から出てきたのは金属製のタグ。
そのタグに書かれていた、冒険者ランクは――
「――偶然にも、Aランク冒険者と出会うことができたのだからね」
ふふふん、と。
なんとも頼りになる笑みを浮かべるレディであった。




