閑話 クルスとレディ
王女ソフィーの執事クルスと、謎のレディは襲撃してきたゴブリンの死体を検分していた。
いや冒険者でもないクルスでは死体を見たところで何の情報も得られないのだが、レディには何かが分かるらしいのだ。
(やはり冒険者として活動しているのですか……明らかに貴族令嬢なのに……)
クルスとしては止めたいが、赤の他人であるクルスが何を言っても心には響かないだろう。いや一度ダンスを踊ったことはあるらしいが、赤の他人であることに変わりはない。
(赤の他人でなくなれば話を聞いてくれるだろうか……例えば恋人とか……いやいや、何を考えているのか自分)
自分で自分の発想に呆れてしまうクルスだった。彼も思春期男子ということなのだろう。
しかしながら。平気な顔でゴブリンの死体を検分するレディを見てもなおそんなことを考えてしまうクルスは中々に神経が図太いようだ。
「……ふ~む、やはり『レベル』が高いねぇ。この近辺でこれだけの高レベルとなると……魔の森からやって来たのかな?」
「レベル、ですか?」
聞き馴染みのない言葉に首をかしげるクルス。冒険者用語だろうか?
「うん、ゴブリンにしては肉体が発達している。ほとんどのゴブリンは肉体が成熟しきる前に他の魔物や共食いによって死んでしまうとされているから……歴戦の個体とみて間違いはないだろう。そういうのを我々は『レベルが高い』と呼んでいるんだ」
「ははぁ、つまり、強敵であると?」
遠距離で一方的に屠ったクルスとしてはよく分からないが、実際に剣を交えたレディはその強さを実感したのだろう。
(いや、よく考えれば魔法に対して警戒するそぶりを見せていた。連射ができない普通の魔術師では何らかの対処をされた可能性もあるのか)
即座に考えを改めるクルス。そもそも、もしクルス一人で挟み撃ちをされていれば手数が足りずに接近戦を強いられた可能性があるのだから。
レディがいて助かった。
素直にそう思うクルス。
そしてそれはレディも同じ思いであったようだ。
「いや、助かったよクルス君。私一人では囲まれてしまう可能性もあったからね」
「いえ、それはこちらの言葉でして……」
「その武器は、今話題の『銃』というものかい?」
「えぇ、そうですね。魔法の杖職人に頼み込んで、通常よりさらに小さく作ってもらいました」
「やはり携帯性を重視して?」
「はい。王宮の中では空間収納が使えませんので」
王宮内では暗殺などを防止するために空間収納対策の結界が施されているという。それがどんなものかクルスは知らないが、禁止されているのだから使おうともしたことがないのがクルスという男だ。
と、レディがいきなりクルスの上着を捲り上げた。
「ほうほう? 脇の下に小さな鞄をつけているのか。なるほどこれなら執事服の下に入れても目立たないね」
「ちょ、ちょっとレディ……」
突然の行動や、美少女がすぐ近くにいること、さらにはなんだか良い香りがするせいで身動きできなくなってしまうクルスだった。
「……ほうほう、中々鍛えているようだね?」
そんな彼の心境を知ってか知らずか、今度はクルスの上半身をぺたぺたと触ってくるレディ。もちろんシャツの上からだが、もはやクルスはそれどころではない。
「れ、れでぃ……」
これはどうすればいいのか。色々な意味で経験の足りないクルスが石のように固まっていると、
「――た、助けてくれ!」
そんな声が前方から響いてきた。




