閑話 アークという男
運。
その答えに納得できないのか、憮然とした表情をしながら自分の部屋に戻るソフィーだった。
そんな娘の様子を見て「惜しいなぁ」と思うカイルス。才はあるのだから、あとは自らの感情を表に出さない術を学べば立派な施政者になれるのに、と。
だが、まだ若いのだからこれからか。と、カイルスは結論づける。
「……現状は?」
カイルスが声を掛けると、誰もいないはずの部屋の片隅から男が一人出てきた。執事服を身に纏っているが、見る者が見れば『専門家』であると容易に察することができるだろう。
「アーク様は無事に近衛騎士団長と合流。追放されたご令嬢方と共に魔の森奥地において拠点作りを開始したとのこと」
「うむ。アークとライラがいれば魔の森であろうとも活動できるだろう。予定通りだな」
満足げに頷くカイルス。
そんな彼に対し、執事服の男は言いにくそうに報告を続ける。
「どうやら、アーク様は魔の森のドラゴンを味方に付けたと思われるようで」
「……魔の森のドラゴン、とな?」
「はっ、報告によりますと、人の姿をとっていますが、魔力の質からして間違いなく竜種。しかも、神代竜である可能性が高いと」
「まさか、いくらなんでもそれは……。いやしかし、アークならあるいは……」
そんな報告があればまず情報の確度を疑うべきところであるのに、アークという存在のせいで「まぁ、あり得るか」となってしまうカイルスだった。
(ドラゴン……。ドラゴンだと? バカな、竜種が人間の味方になるなど神話の世界ではないか。本当に味方なのか? 味方だとして、いったいどこまで味方をしてくれるのか……)
久々に頭を悩ますカイルス。今までほぼ全ての事柄が分かっていた彼にとって、その『運命』に従わないアークという存在は面白くもあり、怖くもあった。
どれだけ『運命』が変わるのか。どれほど『計画』に狂いが生じるのか。カイルスがありとあらする可能性を検討していると――
「――陛下! 一大事にございます!」
別の男性が、これまた部屋の片隅から現れた。
「なんだ騒々しい」
すでにアークがドラゴンを味方に引き入れたという情報を得ていたカイルスは、ある意味で落ち着き払っていた。一大事とはいえこれ以上の驚きはないだろうと。
しかし。
「近衛騎士団長が神聖アルベニア帝国とレイナイン連合王国の会戦に乱入したとのこと!」
「……はぁ?」
あまりに想定外の報告に、そんな『彼らしくない』反応をしてしまうカイラスだった。
「間違いないのか?」
「ははっ! 複数筋からの情報にて!」
「……ライラは今、魔の森でアークと共に行動しているはず。だというのに、遠く離れた会戦に乱入したと? ライラは転移魔法も使えないのだぞ?」
「し、しかし……」
「……まぁ、よい。それで? 会戦はどうなった?」
「はっ! 双方が軍を引き、お互いに勝利宣言を」
「……ふぅむ……」
あの会戦は神聖アルベニア帝国がレイナイン連合王国に打ち勝ち、統合する『運命』の一戦だったはずだ。
だが、神聖アルベニア帝国はレイナイン連合王国の軍を排除できず、兵を引いたという。
――そうなれば、『運命』は大きく狂うことになる。
レイナイン連合王国を併合した神聖アルベニア帝国が次に目を付けるのは我が国だ。無茶な婚約破棄をして求心力の低下した王家。その隙を突いて貴族を扇動。王家を打倒して――というのが筋書きとなる。
だが、その前提は大きく狂った。
神聖アルベニア帝国はレイナイン連合王国を打ち倒せず。しばらくの間拮抗状態が続くだろう。無論、ライラのせいで会戦が台無しになった帝国は我が国を恨むだろうが……本格的な侵攻をする余力はないはずだ。そもそも我が国に攻め入れば背後を王国に突かれよう。
「――ふははっ! ここまで狂わすか! やはり彼奴に任せるしかないようだな! ふはははははははっ!」
急に笑い出したカイルス。
あまりに『陛下らしくない』笑いに、情報を持ってきた男たちは思わず顔を見合わせるのだった。




