閑話 国王
「おぉ、よく来たソフィー。息災なようで何よりだ」
笑顔でソフィーを出迎えてくれたのは、この国の国王、カイルスだ。
一見すると気弱そうな中年男性にしか見えない。軟禁状態のせいか質素な服を身に纏っているので尚更に。おそらく、街で見かけても『国王陛下』だと気づく人間はさほど多くないだろう。一応肖像画などは各所に飾られているが……。
「いや、まったく。あのバカ息子にも困ったものだ。まさか父だけでなく妹まで軟禁するとは……」
今にも泣きそうな顔で現状を嘆くカイルス。実の父の本性を知っているソフィーとしては鳥肌が立ってしまう。
「お父様。事ここに至っては、そういうのは結構です」
「……ソフィーが冷たい。これが反抗期というものか……」
「国王陛下」
ソフィーが念を押すように発言すると、カイルスの纏っていた雰囲気ががらりと変わった。
着ている衣装は平凡なまま。温和な笑みも変わらず。だというのにソフィーは一歩下がってしまった。まだ、何も言われていないというのに。
「ふむ。それでは真面目な話といこうか……。どこまで知っている?」
「ど、どこまでも言われましても……あのアホ――失礼。愚兄が乗せられたことくらいしか……」
「うむ。それだけ理解していれば十分。まったく彼奴にも困ったものだ。下の者からの甘言にああも簡単に乗せられてしまうとは」
「…………」
その状況を作ったのはお父様では? という指摘は飲み込んだソフィーだ。せっかくこの腹黒が色々と語ってくれそうな雰囲気なのだから水を差す必要はない。
そんな彼女の心持ちを理解したように。カイルスがにやりとした不愉快な笑みを浮かべた。
「あの小童をアークの元へ派遣したか。まったく見事なものよな。その抜け目なさをどうしてあの阿呆は持てなかったのか……」
「…………」
いざというときにクルスとアークを接触させ、協力を得るというのは事前に取り決めてあったことだ。クルス以外に話したことはないし、軟禁が決められたあの場でも直接言及したことはなかった。
なぜ知っているのか。
恐ろしさを通り越して気持ち悪さすら感じてしまうソフィーであった。
そんな娘からの感情を知ってか知らずか。カイルスは楽しげに自らのアゴを撫でている。
「で? どうするのだ?」
「? どうする、とは?」
「決まっておる。アークのことよ。余は彼奴になら『義父上』と呼ばれてもよいのだぞ?」
「…………。……はぁ?」
自分でも分かるほどにものすごい顔をしてしまうソフィーだった。
一体何を考えているのか。
良くも悪くも常識人なソフィーは、良くも悪くも規格外な父の発言に頭痛がしてきてしまう。
「……アークは侯爵家の長男なので血筋は問題ないですが……それ以外はまるで適さないでしょう?」
まるで自分の恋心を見透かされたような。
まるで諦めるための言い訳を見抜かれているかのような。
ソフィーは、ひどく不愉快であった。
「くくっ、娘よ。そのような物言いでは、本心ではアークを求めているように聞こえてしまうぞ?」
「…………」
いっそのこと、ここでぶち殺してしまった方が国は平穏になるのではないかと考えてしまうソフィーであった。まぁそうなるとあのアホが国王になってしまうので、あり得ないことだが。
そんな娘の反応が楽しいのかカイルスはくくくっと喉を鳴らす。
存分に笑い倒した後、今さらながらに真面目な顔をするカイルス。
「――娘よ。『王』たる者に必要なものは何だと思う?」
「……権力ですか?」
「それも重要だがなぁ」
「血筋?」
「それを言ったら過去の建国者の多くは適性外となってしまうな」
「政務能力?」
「そんなものは部下に丸投げしてしまえばいい」
「それもどうかと……では、一体何が必要なのですか?」
「決まっておる」
カイルスは勿体振るように一呼吸置いてから、言った。
「――運だ」




