閑話 王女ソフィー
「……まったく。誰も彼も、一体何を考えているのでしょう……?」
軟禁された王女、ソフィーは憮然としながら別宮の廊下を歩いていた。
軟禁、ということになっており、確かに別宮から出ることは叶わないが……別宮の中では自由に行動できているのが今のソフィーだ。
警備の兵いわく、『別宮に軟禁しろとのお達し』だからこそ、別宮にいてくれるなら部屋に閉じ込めるような真似はしないらしい。
憐れな王女を哀れんだ――というよりは、国王陛下が舞い戻ったときの保身のために恩を売っておこうという思惑なのだろうとソフィーは理解していた。
(王宮の人間は、国王陛下を恐れすぎていますわね)
それだけのことをしてきたのだから、当然なのであるが。
暴君ではない。
残虐でもない。
一見すれば、有力な貴族たちに逆らうことのできない憐れな王だ。王太子も、そんな表面的なことしか理解できずに『情けない! 私が代わりに王となる!』と行動に移したのだろうが……。
(確かに。記録の上では情けない王ですわね。貴族の言いなりにしかなっていない傀儡にしか見えないのでしょう)
だが、それは違うとソフィーは確信を抱いているし、王宮で仕事をする人間のほとんどは理解しているだろう。
貴族に無茶な法案を押しつけられたと思ったら、いつの間にか相応の法案になっていたり。調子に乗りすぎた貴族の汚職が都合良く発覚したり。王家にとって不都合な存在が謎の死を遂げたり……。とにかく、『終わってみれば王家が得をしたね』という結果になることが多すぎるのだ。
それをよく分かっている大貴族は(表向きはともかく)本気で国王と対立することはない。ただ、それを見て勘違いした中堅貴族が勘違いして寿命を縮めるだけで。
そんな『結果』を見続けてきた王宮の人間は国王を恐れ、国王の怒りを買わないよう行動するようになるし、国王自身もその状況を利用しているのだろう。
誰も彼もが国王を恐れ、保身に走り、それがさらに国王の思い通りになりやすい状況を作っている。
まるで底なし沼のようだ。と、ソフィーは呆れるやら感心するやら。
この状況も、きっと国王の思惑通りなのだろう。これがどんな『結果』に繋がるかは分からないが、国王であれば上手く纏めるはずだ。
(順当に考えれば、次代の王に相応しくないアホの排除。自分から政変騒ぎを起こしたのだから、処刑したところで誰からも文句は出ないはず)
貴族連中もそれを分かっているから、本気で支援はしていないはずだ。国王が戻ったときに言い訳ができる程度に抑えて……。
(……あぁ、いえ)
国王を排除する好機だと思ったのか、本気で王太子に賭けたアホ共がいたなとソフィーは思い直す。特に王太子の『元』婚約者であるエリザベスの実家はわざわざ彼女を公爵家から除籍したし、シャルロットの実家は彼女の代わりに妹を側近の婚約者に捧げようという動きを見せていた。
さらには、王太子の新たなる婚約者として自分の娘を据えようという動きもいくつか……。
(こうして考えてみますと、いざというときに誰が裏切るかを見極める意味もありましたのね……)
ここまでくると、もはやソフィーとしては呆れるしかない。
あのアホの失脚は確実。
そうなると『次』はどうなるか、だが。
(私が婿をもらうか。大公のご子息を呼び寄せるか……。私が結婚するなら……)
アークがいい。
と、ワガママを言うつもりはない。王女として生まれたからには『国のため』最も適した人物と結婚しなければならないのだから。
王女としてなら国内の有力貴族か、外国の王と。
ソフィーが女王となるなら。王配(王の伴侶)は誰もが納得する血筋と能力、そして権力を持っていなければならない。
(アーク様は……無理ですわね)
侯爵家の長男なので血筋はまぁ問題ない。が、それ以外は……。
確かに剣の腕は立つが、それで王になれるのは建国者か中興の祖くらいのものだろう。また、実家からは疎まれているので権力を持っているとも言いがたい。
(……王女でさえなければ)
この恋に身を任せ、アークの元に走ることもできたのかもしれない。
だが、ソフィーは王女なのだ。
自分を育てたのは、この国の民の血税。王領地からの税収も、貴族から徴収する金も、元を辿れば民の働きによって得られるものなのだ。
自分はこの国の民に育てられた。
ならば自分は、この国のために生きて、死ななければならない。
改めてそう決断したソフィーは、別宮の中でもひときわ大きな部屋の扉の前に立った。――自らの父にして、この国の王が軟禁されている場所だ。
まずは部屋の警護をしている騎士に声を掛ける。
「お父様にお目通り願いたいのですけれど」
「はっ! お待ちしておりました!」
ずいぶんあっさりと。扉の警護をしていた兵士はソフィーを中に通してくれた。
もうこの別宮の兵は懐柔済みなのだろうなと空恐ろしくなるソフィーであった。




