閑話 被害者
「――ええい! 何が起こっておる!?」
神聖アルベニア帝国の皇帝、ガイラークは忌々しげに近くの部下を怒鳴りつけた。レイナイン連合王国との一大決戦。この戦に勝てば大陸の覇権国家となるのは帝国となる。
その瞬間をこの目に焼き付けるために皇帝であるガイラーク自身が遠路はるばる戦場にまでやって来たというのに……我が軍の騎士は、ぶつかり合う前に溶けているではないか!
「さっさと報告せんか!」
兵力ではこちらが圧倒。騎士の質でも勝っている。楽に勝てるはずの戦であったのに、中央軍がこのざまでは敗北もあり得るではないか!
「はっ、ははっ! どうやら戦場の中央に『バケモノ』が出現したらしく!」
「バケモノだと!?」
暇を持て余したドラゴンやフェニックスなどの『幻想種』が戯れに戦場に介入し、歴史を変えたという伝説はいくつかある。だが、大地にドラゴンはいないし空にフェニックスが飛んでいることもない。
「寝言を言うな! 戦場のど真ん中にオークキングでも現れたとでも申すか!?」
「し、しかし、報告ではそのように……。現在近衛を物見(偵察)に派遣しましたので、今しばらくお待ちを」
「ぬぐぐっ、役立たず共が!」
中央の戦況はまるで分からぬ。突破されてはいないのだから『バケモノ』は帝国だけでなく連合王国の騎士も屠っているのだろうが……。
「……まだ少し早い。が、中央軍は拘束できている。ここは両翼の騎兵を動かすべきか?」
当初の予定では優勢な中央軍で敵の中央を突破。混乱する敵を切り札である騎兵で両翼から包囲、あるいは追討する予定だったが……。敵の中央軍が改装していない現状では、敵の騎兵も頑強に抵抗するだろう。
どうしたものか。
ガイラークが決断できずにいると、
「――報告! 中央の『バケモノ』はライラです!」
「なに!? あの勇者ライラか!?」
「ははっ! 間違いなく!」
「ええい! ライラはリーフアルト王国の近衛騎士団長になったはず――」
いや、とガイラークはそこで言葉を止めた。
間者からの報告にあったではないか。ライラはあの国の王太子と対立し、国を出たのだと。
そんなことはあり得ぬ。どんなボンクラであろうとも国防の切り札を自ら手放すはずがない。そう考えてガイラークはあの腹黒による偽情報だと判断したのだが……。まさか、本当に追放したとでも?
「……ええい! 考えるのはあとだ! 勇者ライラであればこちらの中央軍の全滅もあり得る! 両翼の騎兵を動かせ! 少し早いが敵を殲滅する!」
「ははっ!」
こうして。
大陸の歴史に残る一大会戦は、その『運命』を大きく狂わされたのだった。




