閑話 無茶しやがって……
「――ぬぅ!? どこだここは!?」
『むぅ?』
ダンジョンで転移させられたシルシュとライラは、何もない荒野にいた。
いや、『何もない』というのは誤りか。
二人が立っている地点。そこを中心にするかのように二つの陣営が布陣、にらみ合いを続けているのだから。
その人数、両陣営でそれぞれ数万を超えるかもしれない。地方領主ではとてもではないが準備できない数だ。
まるで国家間の会戦が始まる直前ではないか? と、ライラは首をかしげる。
『ふむ? てっきりダンジョンボスのところに案内されると思ったのじゃが……。まさか、ダンジョンの外に放り出されるとは。舐められたものよのぉ?』
シルシュの口ぶりからして、ここはダンジョンの外。しかも、ライラの見立てではどこかの国と国との一大決戦のド真ん中に飛ばされてしまったらしい。
いくら何でも別の大陸まで飛ばされたということはないだろう。
(この大陸で、現在これだけの規模の戦をする国となると……神聖アルベニア帝国と、レイナイン連合王国か?)
そう考えるといくつかの紋章に見覚えがあるなとライラは気づく。
『なんじゃ? 知り合いの軍隊か?』
「知り合いというほどではない。神聖アルベニア帝国は我が国と同盟関係にあるから交流があるし、レイナイン連合王国の方は『勇者』をやっているときに立ち寄ったことがあるくらいだ」
『ほー。ま、人間の作る国などどうでもいいのだがな。安眠の邪魔をするなら滅ぼすだけで』
「まったくこれだから知性のない駄トカゲは」
『ハッ、あの程度の転移魔法陣に気づけない雑魚がよくぞ言ったものよ』
「あ゛?」
『あ゛?』
やんのかこら、とガンを飛ばしあうシルシュとライラ。やはり一度ぶちのめすしかないかと二人が決断したところで――何かがはじける音がした。
会戦を告げる、魔法の炸裂音だ。
それを合図として両陣営の魔導師団がそれぞれに集団攻撃魔法の呪文を唱え始める。全20節の大規模範囲攻撃魔法。城に放てば城壁が崩れ、人に当たれば立っていた地面ごと抉り消えるほどの威力がある。
そして――
「「「――|神雷よ、我らが敵を討ち果たせ《トニトルニアス》!」」
双方の魔導師団が、まったく同じ広範囲攻撃魔法を放った。
神威がごとき雷は空中で衝突。大地が揺れるほどの衝撃と目が潰れるほどの光を放ちながら対消滅した。……余波となる雷を、両陣営の兵士の頭上にまき散らしながら。
閃光。
轟音。
悲鳴。
肉の焼け焦げるニオイ。
常人であれば正気を失ってもおかしくはない惨状なのだが……シルシュとライラは落ち着き払っていた。ライラは何度も戦場に立ったことがあるし、シルシュもこのような惨劇を起こす側の存在だからだ。
『まったく人間はいつまで経っても愚かよのぉ』
「まぁ、そう言うな。争わなくなった人間などもはや人間ではあるまい?」
『……まったく厄介な生物よのぉ』
呆れたような口調だが、その顔はどこか楽しそうだ。まるで人間のそんなあり方を好いているかのような。愚かな子供ほど可愛いとでも言いたげなような。
「「「おおぉおおおおおっ!」」
鬨の声を上げながら、双方の騎士が突撃をする。
無論互いに敵国の騎士を目指しているのだが、幸か不幸か、その途中に突っ立っているのはシルシュとライラだ。
「しまった。私は転移魔法が使えないのだ」
『う~む、転移してもいいが、あの程度の軍勢相手に『逃げた』と思われるのものぉ』
悩むそぶりをする二人だが、結論は決まり切っている。
「……向こうから突撃してくるのだから、正当防衛だな」
『……上位種として、無謀な挑戦から逃げるわけにはいかんな』
お互いの顔を見ることすらせず。
シルシュとライラは、それぞれ準備運動とばかりに肩を『ぐるん』と回した。
残念ながら。この場にアークはいない。




