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第57話「金色の狩人」

いつも読んで下さる方々に感謝しております。

 はぁはぁ……。

 長い階段を延々と登り続ける蒼達。

 もうどれくらい登ったのだろうか。

 普段なら神社に着く頃だというのに、一向に鳥居が見えない。

 暗い階段を照らすのは、周囲に吊るされた祭りの名残りである電気式の提灯だけ。

 ふと気がつくと、いつの間にか階段の外側の森に霧が立ち込めている。

 何か周囲の様子がおかしい事に、蒼は気がついた。


「龍二……」

「ああ、これって絶対に何か仕掛けられているよな」

「空間に異常がないってことは、結界か何かかしら」

「全員警戒しろ、何か来るぞ」


 上の階段を睨みつける黒漆くろうが、真紅の剣レーヴァテインを抜いて構える。

 すると階段の上から、捻れた角を頭から生やした10代後半くらいの女の悪魔が、ゆっくりとした歩調で一歩一歩階段を降りてきた。

 片目を隠すほどの長い髪の色は、ベルフェゴールと同じ緑色。

 露出している目の色は金色で、身に纏っているのは白と赤の巫女服。

 手には箒を持って階段をゆったりと掃除している姿は、この状況でなければどこからどう見てもコスプレをしたアルバイトの人に見える。

 もちろん頭に生えている角を見たら一目瞭然なのだが、彼女は人間ではない。

 洞察のアビリティで見える彼女の内側、そこに秘めている魔力は先程のハイデーモンなんかとは比較にならない程に強大だ。

 掃除をしていた女性は手を止めると、此方を振り向いてにっこり笑った。


『ああ、アナタ様が天使様ですね。わたくしの名前はベルフェ、魔王様の名前の一部を頂いたお世話係の大悪魔でございます』

「マジかよ……」


 洞察アビリティで見た彼女のレベルに、僕は額にびっしり汗を浮かべる。

 〈怠惰の従者〉ベルフェ。

 ──レベル100。

 強いなんてもんじゃない。

 肌を突き刺すような威圧感。

 つま先から頭の天辺まで、僕を舐め回すように見る不気味で気持ちの悪い無遠慮な視線。

 それでいて敵の佇まいからは、強者である余裕が見える。

 考えるまでもない。真っ向から戦えば、確実に消耗は避けられない難敵だ。

 女性と相対する僕はアリスを背中から下ろすと、真紅の剣レーヴァテインを構えて守るように彼女の前に立つ。

 その姿を見て、ベルフェと名乗った大悪魔はくすりと笑った。


『まるで、お姫様を守られる騎士様みたいでございますね』

「…………」

『あらあら、もしかしてわたくしとはお喋りはしてくださらないんです?』


 違う、しないのではない。

 返事なんて返す余裕がないのだ。

 少しでも隙きを見せたら、その瞬間に彼女にやられるのは明白。

 大悪魔を警戒して、蒼達は武器を構えたまま視線をそらさずに、その動向に集中する。

 その様子に強者であるベルフェは、蒼達に対してがっかりするような表情を浮かべると。


『なら、先ずは弱ってる仔猫から頂きますね』


 その場から瞬時に姿を消して、膝を着くアリスの背後に現れた。

 辛うじて見えたが、やはり素早い。

 当然弱っているアリスは、ベルフェに気づいていても反応することはできない。

 右手の爪を伸ばして、青髪の少女の背中を貫こうとする大悪魔。

 だがそれを許すほど、今の蒼は甘くなかった。

 その場で身体を高速で反転。振り向く力を利用して、最適かつ最小限の動きで背後の敵に刃を一閃。

 余りの反応速度に意表を突かれたベルフェは、驚いた顔をしてとっさに爪で真紅の剣を受け止める。

 だが、蒼はそこで止まらない。

 筋力強化、速度強化、瞬発力強化、斬撃強化、切断強化。

 自身に幾つも瞬時に付与魔法を乗せると、そのまま前に踏み込んで敵を押し返す。

 少しだけ、バランスを崩すベルフェ。

 そのチャンスを逃すまいと蒼と同じく反応していた黒漆と龍二が、背後から大悪魔に切り掛かる。

 ベルフェは微笑を浮かべて一瞥すると、無詠唱で放てる初級風魔法〈烈風〉を発動させた。

 2人はとっさに剣で防御する事に成功するが、その場で踏ん張る事ができず後方に吹き飛ばされる。

 崩れた体勢を立て直したベルフェは、そんな2人を嘲笑う。


『ふふ、甘いでございます』

「それはこっちのセリフなの」

『!?』


 優の空間魔法で短距離移動した真奈が、油断しているベルフェの真横に出現。

 召喚魔法を温存する為に、右手と左手に分解の陣を展開させて鋭い掌底を放つ。

 それに対してベルフェは、とっさに左手の爪を伸ばして真奈の手を両断する為に斬撃を放つ。

 だが真奈の構築した陣は、触れた瞬間に爪を分解。そのまま分解の術式は爪から広がり、一瞬にして左手の二の腕まで消失させる。

 驚いたベルは続く真奈の掌底を身をひねって回避すると、高く跳躍して元の場所に戻った。


『これはびっくりでございます。よもや触れただけで、この様になるとは』


 消失した左手を興味深そうに眺めるベル。

 しかし、やはりハイデーモンと同じく頭上の魔法陣から魔力を供給すると、失った腕は瞬時に復元される。

 という事はいくら攻撃して致命傷を与えたとしても、ベルフェゴールが眠っている間はこいつもすぐに全回復するという事だ。

 倒すにはハイデーモンと同じく、魔王の眠りを妨げて魔法陣を消すしかない。

 蒼はチラリと階段下を見る。

 下では皆が、無限に出てくるデーモン達と戦ってくれている。ここで時間を掛けていると、その内死人が出てしまうだろう。

 ならば倒せない敵を前にして、今の僕達にできる事は一つしかない。

 だがそれは……。

 決断しなければいけない状況に、白の少女は唇を噛みしめる。

 そしてこの状況を理解した〈ティターンの大剣〉を持つ龍二と〈霊符〉を手にした優が前に出た。


「蒼、足止めは任せろ」

「私と龍二が、なんとかあいつを食い止めるわ」

「…………ッ」


 蒼は珍しく、顔を歪めて黙ってしまう。

 敵を倒して進む事ができない以上、誰かがこうするしかない事を頭の中では十分に分かっている。

 しかし下で紅蘭達が相手にしているハイデーモン達と、目の前にいるこいつは全く違う。

 レベル74の龍二と、レベル65の優と2人だけで戦えるような敵じゃない。

 蒼達がこの場を離れたら、彼らは確実に殺されてしまう。

 だがここで魔王戦の要となる、自分と黒漆と真奈を消耗させるわけにはいかない。

 最善を取るのならば、これしかないのだ。

 でも、僕は……。

 迷いその場で固まってしまう蒼。

 その大きな隙きを、ベルフェが見逃す筈がなかった。

 絶好の好機と見て、全力で龍二と優の横を駆け抜けて僕の目の前まで迫る。

 余りにも素早すぎて、真奈と黒漆も反応できない。

 ベルフェは、嬉しそうに笑う。


『天使様、その御身を頂くのでございますよ』


 まずい、捕まる。

 視界いっぱいに迫る敵を見て、慌てて避けようと動くが既に状況は手遅れ。

 大悪魔の右手が、蒼の首に触れる。

 その絶望的な状況に、優の悲鳴が辺りに響き渡った。

 正に、その瞬間の出来事。


「──あら、そんなに激しいスキンシップを求めるなんて嫌われちゃうわよ」


 蒼を捕まえようとする手を、横から現れた右手が掴む。

 そしてそのまま捻ると、ベルフェの勢いを利用して上に大きく投げ飛ばした。


 ……え?


 突如どこからか現れた人物を見て、その場にいた全員は大きく目を見開く。

 そこにいたのは、仮面を被った金色の長い髪の女性だった。

 身に纏っているのは、上下同じ柄の迷彩服。腰にはルーン文字を刻まれた金色の槍を下げている。

(……う、嘘だろ?)

 女性の腰にある〈槍〉の存在に、ソウルワールドの廃人プレイヤーである蒼は釘付けになった。

 およそ2メートル程の長さの槍。造形はシンプルだが金色に輝いており、いくつものルーン文字が刻まれている。

 その特徴的なフォルムは、見間違いなんかではない。あの槍はレベル150の超高難易度ボス〈スカアハ〉をソロで倒すことでしか入手できないレジェンド武器〈ゲイボルグ〉である。

 他のプレイヤーから、噂だけは聞いたことがあった。だが本物を見るのは初めてだ。

 何故ならばレベル150をソロで倒すなんて事、当時のトッププレイヤーの誰にもできなかったからだ。

 救済措置などは一切ない。

 障害物などが無い闘技場で、文字通りの一対一でのタイマンである。

 ギミックでロキが弱体化するレーヴァテインとは、文字通り難易度の桁が違う。

 武器を見て僕が分かったのは、ケルト人との会話でその特徴を聞いたことがあるからだ。

 ベルフェの事すら忘れて、食い入るように伝説の武器を凝視する蒼。

 それとは反対に、目の前に現れた人物を見て優が震える声で言った。


「ま、ママ……だよね?」


 なんですと。

 幼馴染の言葉は、蒼にとって到底無視できない内容だった。

 伝説の槍から視線を外して、改めて目の前の仮面の女性を見る。

 後ろで一つに束ねた長い金髪。仮面の下から覗くのは優と同じ碧眼。

 迷彩服の上からでも分かる大きな胸、モデルのようにすらりとした体格、確かに言われてみると優の母親に酷似している。

 まさか、レイナさんなのか。

 脳裏に蘇るのは改変直後に今まで蒼君と呼んでいた親しい女性が、急に蒼様と呼ぶようになった悲しくて辛かった記憶。

 それを思い出して、また胸に小さな痛みを感じていると、彼女はおもむろに手を仮面に伸ばす。

 そして仮面を外すと、注目している全員に素顔を見せた。


「もう、やっぱり優には隠せないわね」


 くすりと笑うその見慣れた顔は、紛れもなく水無月レイナ。優の母親だ。

 その事に、彼女の事をよく知る僕と龍二は大混乱した。


「な、ななななんでレイナさんがこんな所に!?」

「レイナさん、まさかソウルワールドのプレイヤーだったんですか!?」

「そうよ。それも呉羽ちゃんと一緒にパーティを組んでたの」


 えへん、と大きな胸を張るレイナさん。

 一方で僕の頭の中は、一気に飛び込んできた情報の過多にパンク寸前。

 ちょっと待て、ソウルワールドのプレイヤーで父さんの仲間だったって事は、蒼様と呼んだあの態度は何だったんだ?

 まさか演技していたとでもいうのか。

 レイナさんは困惑する僕を見て申し訳なさそうな顔をすると、急に謝罪してきた。


「蒼君、あの時は傷つけてごめんなさい。第一昇華を果たしていない貴方に不用意な情報を与えないように、演技するように呉羽ちゃんに頼まれてたのよ」


 あの時は何が切っ掛けで蒼が覚醒するか分からなかったので、大人達は慎重にならざるを得なかった。

 特に〈空間魔法〉で邪神を撃退した後だったレイナさんは、僕に対する接触は控えるようにしていたという。

 彼女は蒼の小さな身体を抱きしめると、嬉しそうに言った。


「蒼君が無事に覚醒できて、本当によかったわ」

「レイナさん……」


 前と変わらない態度で接してくれるだけで、僕は嬉しくて泣きそうになる。

 そのまま、しばらく感傷に浸る蒼。

 レイナはそっと離れると腰に下げていた金色の槍を手にして、先程から階段下で彼女を警戒して動かないベルフェを見据えた。


「罪滅ぼしとして私がアイツを相手にしてあげるから、皆は魔王のところに急ぎなさい」

「レイナさん!?」

「大丈夫、あの程度の相手に遅れを取る程に私は弱くないわよ」


 驚く僕に、レイナさんはパチっと綺麗なウインクをして見せる。

 確かに洞察アビリティで見る彼女のレベルは90、黒漆と並んで驚異的な数値だ。

 しかし相手はレベル100で、オマケに無限に再生する無敵状態である。

 せめて龍二と優を加勢に。

 そう思うが蒼の肩を黒漆が掴んで止めると、彼は真剣な眼差しでレイナを見てこう言った。


「狩人さん、身体は大丈夫なのか?」

「ええ、あの程度なら本気出さずに済みそうね」

「それなら、後を頼みます」

「黒漆!?」


 責めるように見る僕に、黒漆は首を横に振った。


「下手な加勢は彼女の邪魔にしかならない。ここは言うとおりにするんだ」


 その言葉に、蒼はレイナを見る。

 彼女は力強く頷いて、優しく微笑んだ。


「……わかった。みんなここは彼女に任せて、僕達は先に進もう」


 アリスを背負うと、僕はレイナさんに背を向けて階段を駆け上がる。

 それに続く黒漆と真奈。

 龍二と優がレイナを心配そうな顔で見ると、彼女は右手の親指を立ててこう言った。


「優、龍二君、私の心配よりも目の前の事に集中しなさい。なんて言ったって、貴女達が相手にするのは紛れもない〈大魔王〉なのよ」

「ああ、わかったよレイナさん」

「ママ、帰ったらちゃんと話を聞かせてよね!」


 背を向けて、蒼達を追いかけて走り出す龍二と優。

 それを見送りながら、レイナは背後から迫る爪による斬撃を振り返らずに槍で払い、体勢が崩れた敵の胴に肘を当てる。

 ───破ッ

 そのまま魔力を込めて、打ち抜いた。

 内部を破壊する重い一撃に、敵は階段を踏み外して血反吐を撒き散らしながら転がる。

 ようやく止まるとベルフェは、まだ魔王が目覚めていないのに身体のダメージが回復しない事に驚いた。

 一体何事なのかと周囲を見回してみると、いつの間にか見えない壁のようなモノが、彼女と自分の周りの空間を覆っている事に気づく。

 これは、空間魔法。

 まさか空間を区切って、魔法陣との繋がりを断ったというのか。

 驚くベルフェに対してレイナは、先程までとは全く違う、戦う者としての凄まじい闘気を纏うと一つだけ宣告した。


「魔王の目覚めを待つまでもない。貴女はここで死になさい」


 

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