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第50話「天使と魔女のデート」

いつも読んで下さる方々に感謝しております。

 時刻は17時。

 日が沈み始めた空の下、すでに神社の境内と山の下の大通りでは屋台が商売を始めており、数え切れない人々が集まって来ている。

 一体どれだけの人達がいるのだろうか。

 祭りなんてソウルワールドには無かった行事だから、こうして見ているとすごく新鮮な感覚だ。

 調べてみた限りでは日本の祭りは神様に感謝をするイベントらしいが、この終夏祭しゅうかさいというのは終る夏の季節に感謝をする行事らしい。

 神だけではなく季節にも感謝するとは。

 この世界のこういった行事に強く感銘を受けた竜王も、竜王祭なるものを開くようになったのだ。

 ……俺には無縁なものだと思ってたんだけどなぁ。

 この10年間、こういった催しに一切参加したことのない睦月むつき黒漆くろうは、大木に背中を預けながら通り行く人々を眺めた。

 みんな楽しそうな顔をしている。

 自分と同じく私服の人、浴衣を着た男女と服装は当然の事ながら様々だ。

 そんな中に何人か手練が混じっているのを見て、黒漆は少しばかり感心した。

 見たところ、恐らくレベルは60以上。

 一般人に混じりながらも、何があっても動けるように周囲を警戒している。

 もしかしてアレが蒼から聞かされた同盟の〈白の騎士団〉というものに所属している者達だろうか。

 そう思っていると、先程から此方に近づいて来ていた敵意のない何者かが、自分の隣に立つ。

 振り向くと、そこには私服姿のオッドアイの少年がいた。


「はじめまして、睦月黒漆さん。土宮龍二です」


 礼儀正しく挨拶されて驚く。

 ああ、この子が水無月さんと同じ蒼の親友か。

 見たところレベルは70を越えてる。

 学生にしては強い。今すぐにでも対〈暴食の魔王〉の主力になれそうな強さだ。

 黒漆は彼に向き直ると、手を差し伸べてこう言った。


「はじめまして、土宮君。オレの事は黒漆と呼んでくれて構わないよ」

「それなら、黒漆さんと呼ばせてください」

「わかった。でも堅苦しいのは苦手だから敬語は止めてくれると助かる」


 前線にいる者達は誰も敬語なんて使わないので、むず痒い感覚に黒漆は苦笑する。

 龍二は理解して、差し伸べられた手を握ると真っ直ぐに黒漆を見た。


「それなら遠慮なく、今日はよろしく頼む」

「ああ、よろしく土宮君」


 2人の挨拶が終わると龍二の背後から黒い浴衣を着た金髪碧眼の少女、水無月優が姿を現した。


「ね、女の子になる前の蒼にそっくりでしょ」

「あ、ああ……そうだな。優が言ったとおりだった。黒漆さんを見て俺も驚いたよ」

「でしょでしょ、私も本当に驚いたんだから!」


 彼女は嬉しそうに言うと、龍二を見る。

 普段も綺麗な優が浴衣を着て、更に美しさに磨きが掛かっているものだから、オッドアイの少年は頬を赤く染めた。

 ……おや、これはもしや?

 あの反応は誰が見ても明らかだ。

 土宮龍二は、水無月優を意識している。

 現に優が無意識で距離感が近いものだから、先程から見惚れている龍二は反応が大分鈍い。

 それを眺めていると、優はくすりと笑った。


「もう、しっかりしてよね。アンタその調子だと蒼にからかわれるわよ」

「あ、ああ、そうだな」


 2人の会話を聞いて、黒漆は何となく察した。

 彼女──優は龍二の自分に対する恋心を知っている。

 加えて距離感から推測するのなら、この2人は付き合ってはいないのだろう。

 何故ならば、近づいても腕を組んだり手を繋いだりは絶対にしないからだ。

 一定の距離を、優は意識して詰めないようにしている。

 だがそれでも好きな人に近づかれると、意識せずにいられないのがオレ達だ。

 手を伸ばせば掴める距離にいるのに、見ている事しかできない事に共感した黒漆は龍二の肩をポンと叩いた。


「オレには君の気持ちがわかるよ、土宮君」

「黒漆さん……ッ」


 その瞬間、黒漆と龍二は真の友人となった。

 優がそんな2人を生暖かい目で眺めていると、不意に周囲から騒ぎ立てる人々の声が聞こえだした。

 これは一体何事だ?

 3人は顔を見合わせて頷くと、場所を移動して騒ぎの中心が見える位置で止まる。


「………………お姫様か」


 ソレを見た黒漆は、心臓が止まるかと思った。

 朝顔模様の水色の浴衣を着た白髪の少女、自分が恋慕れんぼを抱く壱之蒼がそこにはいた。

 しかも普段は結ばない髪を、編み込んでサイドで束ねている。

 佇まいには儚さと共に気品が感じられ、見る者全てをその場で釘付けにさせた。

 表現するのならば、どこかのお城から抜け出してきたお姫様だろうか。

 キラキラと輝く白髪の効果も相まって、なんだか後光が差して見える。

 その隣で手を繋いで歩いているのは、菊模様の紺色の浴衣を着た青髪の少女、伊集院アリスだ。

 彼女も髪をポニーテールにして纏め上げており、蒼と並ぶ姿は「一体どこのお嬢様だ」と思ってしまうほど。

 2人は仲良く手を繋いで、何やら話をしている。

 とても羨ましい光景だ。

 しかし今回は、全員に蒼からアリスとのデートが終わるまでの接触を一切禁止されている。

 これぞ正に生殺し状態。

 気を紛らわせる為にチラリと隣を見ると、流石の龍二も蒼の美しさに見惚れ、呆然としていた。

 その横にいる優は、自分が着付けから髪型まで全部手掛けましたと、何やら誇らしそうに胸を張っている。

 2人が通り過ぎるのを見送ると、優は嬉しそうに言った。


「えへへ、最高に可愛く仕上げたでしょ?」


 それにオレと龍二は、頷くことしか出来なかった。





◆  ◆  ◆





 うーん、やっぱり見られるよなぁ。

 優に着物を着せてもらい髪型までセットしてもらった後、家を出てから此処に来るまでにアリスと僕はずっと周囲から視線を感じていた。

 ここ最近はパーカーのフードで白髪を隠し、隠密アビリティを併用する事で人目を避けていたのだが、今回は目立つ格好をしている上に頭も隠していないので見事に注目されている。

 隠密アビリティは目立たないことでその効果を強める為、この姿で使っても効果が無いに等しい。

 非常に落ち着かないが、こうなっては仕方がない。

 アリスの手を軽く握り階段を上がりながら、気を紛らわせる為に僕は話をすることにした。


「祭りといえば、アリスは何が好き?」

「うーむ、やはり定番のかき氷じゃな」

「かき氷かー、あれって確か色々と味あるけど原材料は一緒なんだっけ」

「うむうむ、有名な話じゃな。あれは着色料と香料で違いを出してるだけなのじゃ。だから目を隠して鼻も効かないようにすると、判別はできないのじゃよ」

「人間の身体って面白いよね」

「……性転換した蒼様がそれを言うのはどうなんじゃ?」

「…………」


 アリスにド正論を言われて、僕はぐうの音も出ない。

 この世の中で性転換して、姿形まで変わった人間なんて僕しかいない。

 オマケに天使で世界の王様だと?

 ハハハ、一体どれだけ属性を盛れば気が済むのだ。

 そんな事を考えていると、僕とアリスは大きな鳥居を潜って境内に入った。

 すると左右の端には例年通り屋台が並んでおり、盛んに呼び込みが行われている。

 その中央には特設されたステージがあり、そこでは周囲を囲む人々に華麗な舞を披露している3人の巫女装束の女性がいた。

 毎年来ているが、今年は両親と妹とではないので何だか新鮮な気持ちになる。

 僕はアリスの手を引いて、真っ直ぐに側にあったかき氷屋に向かった。

 すると店員の男性が、満面の笑顔で僕らを迎えた。


「姫様いらっしゃい、一番目にご利用下さるとは光栄の極みです!」

「君さては〈白の騎士団〉の団員だな」

「その通りです、このご縁に是非とも俺と付き合って下さい!」

「ごめんね、今日はアリスとデートなんだ」

「!?」


 蒼の言葉に目を丸くする店員の男性。

 アリスと僕を交互に見て、驚きすぎて空いた口が塞がらない様子だ。

 そんな彼を無視して、僕はお品書きに目を通す。

 どうやら今年から参加したらしく、この店の目玉はお手製の果汁を使ったシロップが売りらしい。

 僕はオレンジ味のかき氷にして、アリスは安定のイチゴのかき氷にする。

 注文すると、気を取り直した彼は即座に用意してくれた。


「うん、普通のシロップよりも濃厚だね」

「実に美味しいのじゃ」

「お口に合うようでなによりです!」

「ありがとう、頑張ってね」


 手を振って僕らはその場を離れる。

 すると即座に、そのかき氷屋に人が殺到した。


「……アレってもしかして僕達のせい?」

「どちらかというと蒼様のせいなのじゃ」


 まぁ、儲かるのは良いことなので気にしないでおこう。

 そう思っていると、屋台の人達がこっちに来てほしそうな視線を僕に向けている事に気がつく。 


「これは慎重に選ばないといけないかな」

「それなら、蒼様は次に何が食べたいのじゃ?」

「……僕は、やっぱり焼きそばかな」


 祭りといえば思い浮かぶのは焼きそば、たこ焼き、フランクフルトだろうか。

 クレープやホットドッグの屋台もあるが、あれは年中町中で販売しているのでお祭りという感じではない。

 僕がそう言うと、アリスはくすりと笑った。


「それを聞くと男の子って感じがするのじゃ」

「見た目は女の子だけど、ちゃんと心は男の子だよ?」

「蒼様は普段の振る舞い方も男の子というよりは女の子っぽいのじゃ」

「…………」


 普段の生活も女の子だと。

 実に解せぬ。

 思わず真顔になると、アリスは慌ててフォローを入れた。


「あ、でも気を抜いてる時の蒼様は女の子というよりは、マスコットみたいで可愛いのじゃ」

「それはフォローになってないと思うんだけど……」


 不満そうな顔をしながらかき氷を完食した僕とアリスは、次に焼きそば屋を目指す。

 しかし一言に焼きそば屋と言っても、この祭りには何故か3店ほどある。

 オーソドックスな焼きそば、塩焼きそば、あんかけ焼きそば等々。

 どれも魅力的で、とても気になる。

 そこで僕はアリスにこう提案した。


「アリス、3店で一つずつ買って半分こしても良い?」

「蒼様と半分こ……」

「やっぱりお行儀悪いかな」

「そ、そんなことないのじゃ。妾は蒼様となら大歓迎なのじゃ!」

「ありがとう、アリス」


 というわけで3店で1つずつ買うと、そこにもまた人々が集まった。

 しかし焼きそばは、食べ歩きには向かない物だ。

 袋を僕が持って歩き、次にアリスがわたあめ、たこ焼き等を買うと、2人はとりあえず人気のない場所に備え付けられているベンチに腰を下ろす事にした。

 手前には柵があり、そこからは遠く離れた場所で沈む日の光で明るく輝く〈天照王城〉を見ることができる。

 僕とアリスはベンチに座ると、先ずは6個入りのたこ焼きを僕が熱さに苦戦しながらも半分食べてから、アリスに差し出す。

 すると彼女は受け取らずに、何やら恥ずかしそうな顔をして此方を見ていた。

 うん……?

 意図が分からなくて首を傾げる僕。

 そんな蒼に彼女は、流石に恥ずかしいのか顔を赤くして恐る恐るお願いした。


「あ、蒼様に食べさせてほしいのじゃ……」


 なるほどね。

 ようやく理解した蒼は了承して「熱いから気をつけてね」と言って爪楊枝つまようじで1個刺してから彼女の口まで運んであげる。

 アリスは熱いにもかかわらず一口で食べてしまい、当然のことながら「──っ!?」と何とも言えない顔をして身悶えた。

 その様子に慌てて僕は、手提げから水の入ったペットボトルを取り出して彼女に渡す。

 礼を言って受け取った彼女は水を飲むと、一息ついた。


「し、死ぬかと思ったのじゃ」

「だから気をつけてねって言ったのに……」


 仕方ないので次のたこ焼きは、少しばかりお行儀が悪いが「ふーふー」と息を吹きかけてから食べさせてあげる。

 すると幸せそうに頬張るアリスと、それを眺める僕に何やら背後から羨望の眼差しが向けられた。

 少し振り返ると、そこには誰もいない。

 これは隠れて見ている黒漆か真奈か、それとも白の騎士団の方々か。

 どちらにしても今は、アリスとデート中なのだ。気にしても仕方ないと思いながらアリスに最後の1個を食べさせてあげる。


「幸せなのじゃ〜」

「もう、口の周り汚れてるよ」


 ソースまみれのアリスの口周りを、ハンカチを取り出して拭いてあげる。

 こうしていると、なんだか妹の沙耶さやの世話をしてあげていた時の事を思い出して、少しだけ懐かしくなった。

 アリスは礼を言うと、嬉しそうに笑った。


「蒼様は世話焼き上手なのじゃ」

「まぁ、妹がいるからね」

「なるほど、それで妹様はどんな娘なのかの。やはり蒼様似なのじゃ?」

「沙耶は……そうだね。ちょっと甘えん坊って感じかな」


 聞かれて、思い出す。

 2ヶ月前に自分も兄と家に残ると言っていた妹の姿を。

 彼女は今の自分みたいな容姿をしており、唯一違うのは髪が黒い事くらいだろうか。

 甘えん坊で人見知りで、いつも僕の後ろについてきていた。

 だから3ヶ月前に僕を置いて海外に出張に行くと聞いた時は、それはもう大泣きだった。


「本当に説得するのは大変だったんだ。一緒に寝てあげて、ずっと側で慰めてあげて。ようやく泣き止んでくれたけど、家を出る時に結局あの子は泣いてたな……」


 夜空を見上げて、僕は呟く。

 沙耶は今頃、なにをしているのだろう。

 家に引きこもっているのか、それとも連絡を頻繁にしてこないところを見ると、兄離れをしたのか。

 心配なら父さんと同じように電話をしてあげたら良いのだが、この前聞いてみたら「元気にしているけど、今はしないで欲しい」と言われたのだ。

 ため息を吐き、蒼は苦笑する。

 隣に腰掛けているアリスは、そんな蒼にもたれ掛かるように身体を預けると、小さな声で呟いた。


「妾は一人っ子だからの、妹というのは憧れる存在なのじゃ」


 唐突に、アリスは語りだした。

 一人っ子だったから、両親には随分と甘やかされて育てられたと。

 欲しいものは何でも買ってもらい、やりたい事は全部叶えてもらった。

 しかしある時、急に3ヶ月前に蒼の両親と同じように、アリスの両親は海外に出張と言って帰ってこなくなった。


「一人暮らしは楽しかったのじゃ。好きな時間に寝て起きて、注意される事なく好きなだけゲームができたのじゃ」


 アリスは「でも」と言葉を続けると、ぎゅっと自分の浴衣を掴む手に力を込める。

 そして蒼に、9月1日に自分が体験した恐怖を告白した。


「ソウルワールドが現実化したと思ったあの日、妾は見てしまったのじゃ。モンスターによって殺された人達を」


 今でも鮮明に思い出せる、あの日の悪夢。

 恐ろしくて泣いて1人は嫌だと、両親に帰ってきてほしいと、心の底から懇願した事。

 だがいつもアリスの望みを叶えてくれていた両親は、その時は謝るばかりで帰ってきてはくれなかった。

 それは初めての事だった。

 突き放された感覚に、胸が張り裂けそうになった。

 そんな自分を救ってくれたのは、テレビで学生達に演説をした蒼だとアリスは嬉しそうに語る。


「アリス……」

「だからの、今の生活がすごく楽しいのじゃ。ムカつく真奈がいて愛しい蒼様がいて、本当は自分の家に帰らないといけないのに妾はつい離れ難く……」


 顔を伏せる青髪の少女。

 誰もいない家に帰る事を想像して、その小さな身体を小刻みに震わす。

 そんな彼女の肩に手を置くと、白の少女は頷いた。


「ずっと、うちにいても良いんだよ」

「蒼様、妾は……」


 顔を上げたアリスの両眼には、薄っすらと涙が浮かんでいる。

 それに蒼は、彼女を安心させるように微笑んだ。

 アリスは、普段の彼女からは想像もできない程に、消えそうなくらい小さな声で呟く。


「妾は、あの家にいても良いのじゃ……?」


 その言葉に、力強く僕は頷いた。


「良いよ。良いに決まってるじゃないか」

「蒼様ぁ……」


 普段の気丈に振る舞っている姿が嘘みたいに、青髪の少女は溜め込んでいた感情を爆発させて泣き出す。

 蒼は彼女が泣き止むまで、ずっと抱きしめてあげた。

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