第三十一話 ツンデレmina
minaに
「カズくんなんか、大っ嫌い!!」
と言われたあとも、オレは控室の前でminaを待っていたのだが……
minaは全然出てきてくれなくて。控室には内側から鍵が掛けられているようで。
携帯電話に掛けて、メッセージも送ってみたのだが、返事がこない。
「はぁ……」
オレがもう何回目かのため息をついたその時、
スマホのバイブが震えて、minaからのメッセージが届いた。
『今日は一人で帰ります』
短い文章がminaの極限にまでの怒りを表しているかのようだ。
今日の所は帰ろうか。
オレの体力も、気力も、もう限界だ。
オレは側にいたスタッフにもう一度挨拶をし、「minaは歌詞を書いているから、しばらくしてから帰ると思うのでよろしく」と適当な言い訳をして、その場を去った。
さすがにminaとケンカをした、とは言えない。
まあ、悪いのは全面的にオレだけどな。
スタッフは不思議そうな顔で、しばらくオレを見送っていた。
ラジオ局の外に出ると、雨がぽつりぽつりと降り始めていた。
真夜中だ。ビル街はもはや、人の気配もない。
傘か……もちろん持ってきてない。
minaも、持ってないよな。
大丈夫かな?
オレは一瞬小さな恋人のことを考えたが、すぐにその思考を振り払った。
たぶん、今のオレの言うことなんて、聞く耳を持ってくれないだろう。
スタッフになんとかしてもらおう。
雨に濡れた冷たい体をなんとか動かし、鉛のように重たい手をよろよろと挙げて、ようやく往来のタクシーを捕まえた。
体をタクシーのシートに埋め、オレはようやく一息ついた。
どうしよう……mina……
もちろん、明日も仕事が山積みだ。
さすがにminaが仕事をブッチすることはないと思うが。
どうしたら許してもらえるだろうか?
minaと仕事ができるのも、あと木・金・土曜日の三日間だけだ。
日曜日には岡安さんが出勤して、オレはお役御免だ。
もちろん悪いのはオレだが、
できれば、minaと笑い合って過ごしたい。
そう言えば、雨宮さんが以前酔った時に言っていた、怒らせた女性の機嫌を取る方法。
・女性の機嫌は、贈り物でとれ
・女性の話を、ちゃんと聞いてあげる
こんな感じだったかな?
贈り物……デパートは、さすがにもう開いてない。
食べ物はどうだろう?
minaは食いしん坊だしな。
今日だって、昼間のレコーディングのあと、弁当をオレの分までペロリと平らげていた。スタッフが笑いながら、余っていた弁当をオレに分けてくれたけど。
食べている時のminaの表情、本当に幸せそうだもんな。
えーと、そうだ。
支店の近くに、よく使っている洋菓子店があるな。
あそこのシュークリームは絶品だ。
わざわざ京都から取り寄せた丹波栗を甘く柔らかく煮込んで、
栗の甘煮とマロンクリームがこれでもかってくらい詰まっていて
外のシュームもカリッとしていて、それを引き立てている。
お値段、一つ四〇〇円。でも、それだけ払っても惜しくない、贅沢な一品。
それに一口サイズの栗のパウンドケーキも買っておこう。
取引先にもよく持っていくけど、抜群に受けがいいもんな。
真由ちゃんなんか、毎日でも食べたいと言っている。
うちの銀行はお得意先だから、朝早くでも頼めば、用意してくれると思う。
よし、それでいこう!
女の子って、甘い物好きだしな。
minaも食事のあと、必ずスイーツを頼んでいるし。
そんなことを考えながら、タクシーの中、だんだんと、オレの意識は遠のいていった。
次の日、木曜日の朝。
オレは早くから電車に乗り、一度銀行の支店の近くの洋菓子店に寄って、なんとか目当てのものを手に入れることができた。
「佐伯さんも、色々と大変ですね」
まさか事情を知ってはいないと思うが、気のいい店主はオレに同情してくれた。
睡眠時間がかなり削られてしまったが、これも仕方ないことだろう。
minaの笑顔が見られればいいのだけれど。
minaは時間通り、八時に事務所にやってきた。
よく見ると、少し目元が腫れている?
そうさせてしまったのは、オレだ。
挨拶をしても、そっけない返事だった。
「mina、昨日は、ほんとごめん……」
「別に、もういいし、仕事はちゃんとするから……」
minaはオレの顔から目をそらして、そう言った。
やっぱり、怒っているよな。
小さな会議室に入って、もう何回目かのminaと打ち合わせをする。
その手順も、だいぶ慣れてきたな。
「mina……これで許してくれってわけじゃないんだけど、お菓子……買ってきたから、よかったら、食べて」
「何よ、それ」
minaは相変わらず、ツンツンしていたが、オレが洋菓子店の箱を開けると、表情が変わった。
「わあ! シュークリームだ! パウンドケーキもある! 美味しそう! いただき……」
minaの表情がぱあっと明るくなり、シュークリームに手を伸ばそうとしたが……
すぐに手を止め、ジト目でオレを睨んだ。
「カズくん、食べ物で私を釣るなんて、ズルいんじゃない?」
「そ、そういうつもりじゃ……」
「まあ、でも美味しそうだから、これはもらっといてあげる」
「あ、ありがとう……じゃあ、mina……これからも……」
「でも私、まだ許したわけじゃないから」
いつもの透き通った弾んだ声とは違い、怒りを込めるようなminaの低い声。
minaは保冷バッグごとお菓子の箱をひったくると、大事そうに小さな体の真ん中で抱きしめていた。
これってツンデレ? 違うよな。
あんまり、minaの機嫌が直った気がしない。
あとは、雨宮レクチャーによれば、『女性の話をちゃんと聞いてあげる』だっけ?
今日のminaは仕事の合間も必要なことは喋ってくれるが、表情はそっけない。
打ち合わせや担当者との挨拶の合間にちらっと控室を覗くと、なんとminaが満面の笑みでオレがあげたシュークリームを頬張っていた。
それをきっかけに話しかけようとしたのだが……
「何よ……ジロジロみないでよ」
ジト目に戻って、オレを睨んできた。
ていうか、シュークリーム、オレの分も入れて四つ買ってきたんだけど、もうなくなっている。仕返しに、パウンドケーキをつまみ食いしてやった。
「あっ、それ私の! あとで食べようと思ったのに!」
口の中に甘いケーキのスポンジの食感が広がって、オレはつかの間の幸せを味わった。
もぐもぐしているので、声が出せない。
「もう、カズくんのバカ! キライ!」
minaの叫び声を背中で聞きながら、オレは控室をあとにした。
今日は珍しく、夜八時で上がりか。
「mina、よかったら、このあと食事でも……」
オレは、そう切り出してみたのだが、
「ふんだ。私、今日Aさんと食事にいく約束してるから。知らない!」
minaはそう言って、ツンツンしながら、先に帰ってしまった。
はぁ……
女性の話を聞くどころか、話すらさせてもらえない。
どうしたものか……。
金曜日、minaのマネジャー業もあと二日。
昨日、Aと食事に行って、発散したのだろうか?
minaは少し明るい表情をしていた。
会話もまだぎこちないが、なんとかキャッチボールをしてくれた。
minaと一緒に居れるのも、今日を入れてあと二日。
なんとか最終日には、お互い笑顔で健闘を称え合って、オレもしがない銀行業務に戻るようにしたい。
ほんとなら、今日は午後から、minaの楽しみにしていたデートだったんだよな。
ごめんな、mina……。
午後、雑誌の編集者から指定された、都内のスタジオに入る。
スタジオの中では、爽やかな男性担当者がニコニコ顔でオレ達を迎えてくれた。
「本日は引き受けていただいて、本当にありがとうございます。minaさん、初めまして、よろしくお願いします」
そう言って挨拶を済ませると、さっそく雑誌の内容の打ち合わせに入った。
「今回の企画は、直球勝負で行きたいと思ってます。コンセプトは『こんな彼女が欲しい!』ストリート系のファッションを通じて、minaさんの魅力を、存分に出せたらと」
そう言いながら、担当者は服を何着か出してきて、それを並べたり、過去の雑誌のバックナンバーを広げながら、色々と語り始めた。
minaはさぞかし気の乗らない仕事だろう……そう思ったが、さすがプロなのか、表情を輝かせながら、色々とアイディアを出していた。
「ねえねえ、佐伯さん、さっきのデニムには、こっちのシャツと、こっちの柄のと、どっちがいいと思う?」
ああ、仕事中は佐伯さんね。
「うーん、そう言われても、ファッションなんて専門外だからな……」
「直感でいいのよ。だって男性が読む雑誌なんだから、男性の意見を入れないと」
「うーん、じゃあ……こっちの柄のほう?」
「そうだよね、私もそう思った!」
なんとか、minaの推しの方を引き当てたのか、minaはうれしそうに柄のシャツを手に取って、顔をほころばせていた。
担当者はそんなオレ達のやりとりを楽しそうに見守っていた。
そして、撮影が始まる。
白い背景に、スポットライトに照らされたステージ。そこにminaは一人立って、カメラマンやスタッフの注文に応えて、様々なポーズを決めていた。
スタッフの掛け声に合わせて、カメラのフラッシュが光る。
あみだにかぶったキャップから自慢の黒髪が覗いている。だぼっとした英字プリントのTシャツに、カーキ色のカーゴパンツ。足元にも茶色いブーツを合わせて、いつもと違った、ワイルドなmina?
でも、その様子が、逆にminaの女の子らしさを一層引き立たてているような気がして……自分の彼女の新たな魅力に、オレの胸の鼓動が早くなった。
あどけない笑顔を見せたり、向こうを向いておどけたり、真剣な表情を見せたり、モデル業でもやっていけそうだな。背が小さいのはご愛嬌だ。
そんな風に、何着か服を着替えながら、男性も女性もいつしかスタジオ内全員が、minaの魅力の虜になっていた。
「じゃあ、最後に、カメラの向こうに彼氏がいると思って、最高の笑顔、いただいていいですか!?」
カメラマンがそう叫んで、ストロボが光り、シャッターが切られる。
minaの、飛び切りのスマイルが弾けた!
野性的なファションの中にも、キラリと輝く女性らしい表情。
minaの新しい一面は、間違いなく、オレのハートを捉えていた。
雑誌、出たら絶対買うから! 観賞用と保存用と、田中に自慢する用と、最低三冊買おう!




