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第十八話 歌姫を巡って

 ハヤトとの決闘当日。

 八月の蒸し暑い夜のこと。


 場所はこちらで指定しろと言われたので、雨宮さんが通う道場をお借りした。


 立て付けの悪い入り口の引き戸を開けると、ほのかに木の香りがする。

 板張りの、空手の試合スペースが一面取れるくらいの、どちらかというと小さめの道場。

 普段は小学生や、夜の部は大人の掛け声で活気に満ちているが、今日は別の意味で活気づいていた。


 ギャラリーはmina、岡安さん、オレの従姉妹の佳奈、東和銀行からは真由ちゃんと田中。

『男気みせろ! 佐伯!』とか『心・技・体 東和銀行柔道部』とか

 どこから持ってきたんだ? その横断幕。

 しかも、『おかげさまで十周年、あなたと共に歩む 東和銀行』

 何それ? もはや何の関係もないだろう!


 minaは真剣な表情でオレに向かって「頑張って」とガッツポーズを贈ってくれた。

オレも小さく、それに返した。


 対する龍野ハヤトは、一人で道場にやってきた。

 セコンドとか要らないのかな。

 度胸が座っている。

 無表情に結んだ端正な顔からは、心情は読み取れない。

 更衣室を借りる、とだけ言って、奥の部屋へと入っていった。


 なにせ向こうは日本中を味方につける演技力を持つ実力俳優。事務所も業界大手で、なにかとコネがある。

 ワナがあるんじゃないかと、この一ヶ月警戒していたが、闇討ちに合うとかminaが誘拐されるとか、そんなことは起きなかった。


 以前、minaに電話したところによると

「ハヤトはちゃんとオレが勝ったら、minaを諦めるのかな?」

「ハヤトは直情バカだから、言い出したら聞かないけど、一度自分で決めたことは基本的にちゃんと守るから、大丈夫だと思うんだけど」

 意外と信頼してるんだな。ハヤトのこと。まあ過去、この二人にはオレの知らないやりとりが色々あったんだろう。


「そうか……だといいんだけど。確かにハヤトは単純っぽい性格の印象があるんだけど、それといきなり熱愛報道の記者会見をする策士っぽい姿がどうも結びつかないんだよな……」

「うん、私も、なんかヘンだと思う。以前のハヤトは、そんなことしなかった」


「まあ成長したのか……minaを思う気持ちが暴走したのか……そんなとこかな」

「わからない……でも、もしカズくんが勝っても負けてもハヤトがごちゃごちゃ言うようなら、私が何発でもひっぱたくから」

 さらりと、怖いこというなあ、minaは。

 まあ、そういう状況にならないことを祈ろう。



 そんな事を考えていると、ハヤトは空手着に着替えて、道場へと入ってきた。

 まあ、空手着を着ても絵になる。

 短い金髪は、格闘家みたいだし。

 筋肉は引き締まっている。 


 オレもこの一ヶ月で慣れ親しんだ空手着だ。

 道着の裏に、minaからもらったお守りを縫い付けていた。


 オレとハヤトは道場の端と端で対峙した。

 雨宮さんも空手着でやってきて、オレとハヤトの間に立った。

 今回の立会人は、彼女。

 ルールはこっちで決めていいって言われたしな。


「今回立会人を務める、雨宮だ」

 雨宮さんがそう告げると、

 ハヤトが無言で小さく頭を下げた。

 一応、礼儀はちゃんとしているのか。


「あたしの流派の名にかけて、公平に裁断をする」


 とか言いながら、際どい判定の場合や、オレがヤバイと思ったら不自然にならない程度には助けてくれるらしいが……かと言って、雨宮さんに頼りっぱなしというわけにもいかない。

 師匠の力強い目線に、オレも目線で返した。


「ルールは、顔面、急所攻撃はなし。あとは殴るなり、蹴るなり、投げるなりご自由に。相手が立てなくなるか、参ったと言ったら勝ち。あたしが危険と判断した場合は途中で止める。双方、依存はないな?」

 これは以前、ハヤトに通告しておいたことだ。

 オレ、ハヤト、共にうなずく。


「それでは、お互いに、礼!」


 オレとハヤトは十メートルほどの距離で、お互いに黙礼をした。


「はじめっ!」

 

 こうして、決闘が始まった。




 戦いが始まってから約十分が経過した。


「ハア……ハア……」

 八月の夜は熱い。

 激しい動きで、汗が道場の床にしたたり落ちる。

 皆、真剣に、オレ達の戦いを見守っている。

 時折、オレとハヤトの掛け声が響く以外は、道場はひっそりと静まり返っていた。


 オレ達の戦いはお互いに決定打が出ないまま、膠着状態を迎えていた。


 オレの事前に考えた作戦は大きく二つ。

 ハヤトは直情的に殴ってくるだろうから、そこに返し技を決めて、関節技に持ち込む。

 そのために、雨宮さんと返し技を中心に練習をしてきた。


 ふたつめは、なるべく、短期決戦に持ち込む。

 向こうの方が若いし、日頃から鍛えている。

 スタミナ勝負になれば、こちらが不利だ。


 ハヤトは健闘していた。

 ストレートにパンチを繰り出してくるが、元々運動神経がいいのか、返し技の芯を外される。

 時々、鋭いキックを繰り出してきて、クリーンヒットではないが喰らってしまった。

 向こうも、特訓してきたということか。


 むしろ、追い詰められているのは、こっちの方だ。

 だんだん、息が上がってきた。


 少し休憩をはさむか? そんなふうに雨宮さんが目線で合図をしてきたが、オレは小さく、首を振った。

 集中力が切れる前に、カタをつける。


「ハア……ハア……イケメン俳優さんも、イキがっているわりに、大したことないな!」

 オレはそう相手を挑発した。

 ノッてこい!


「うるせえ!!」

 ハヤトは思った通り、渾身の右ストレートを繰り出してきた。

 それを体捌きと、右手の動きでなんとかいなし、

 左手の下段突きを相手の懐に叩き込む!

 決まった!


 ハヤトは一瞬よろめいた……

 が……信じられないような速さで体勢を立て直すと

 強烈なキックを繰り出してきた。


「ごふっ!」

 オレのみぞおちにまともに入り……オレはうめき声を上げた。


「カズ兄!!」

「佐伯さん!!」

 佳奈と真由ちゃんの絶叫が道場に響き渡った。


 痛え……

 みぞおちを中心に全身に響くほど、痛い……

 雨宮さんとの特訓で痛みには慣れているつもりだったが

 やはり痛いもんは痛い。


 ましては今は真剣勝負。相手に弱みを見せたら負けだ。

 オレは辛うじてハヤトの追撃を交わし、なんとか間合いをとった。


「別にお前の命までは取るつもりはない。降参しろ……」

 ハヤトは構えを解かずに言った。


「ハア……ハア……降参なんて……するもんか……」


 一瞬、こちらを見るminaと目が合った。

 小さな華奢な体で正座して、

 祈るように手を組み、真剣な表情。

 潤んだ愛らしい瞳を、真っ直ぐオレの方へ向けている。

 minaはオレを信じてくれている。

 負けるわけには……いかない。

 オレが……minaを守らなきゃ……


「これで、終わりだ!」

 ハヤトが再び、襲いかかってきた。

 

 痛みが……オレの冷静さを取り戻した。

 一瞬、ハヤトの動きが……スローモーションのように見えた。

 見える! オレにも 敵の動きが見える!


 何度も何度も練習した、動き。

 ハヤトのストレートを最小限の動きでかわし、

 バランスの崩れたハヤトの肩に全体重をかける。


 ドォーン!!

 ハヤトがうつ伏せに倒れる音が、道場に響く。

 オレはそこに馬乗りになり、彼の肩を支点にして、肩関節を極めた。


 イタタタタターーーー!!

 ハヤトの絶叫がこだました。


「それまで! 勝者! 佐伯!」

 雨宮さんが、堂々と宣言した。

 

「やったー!!」

 ギャラリーが一斉に歓喜の声をあげた。


 オレは、ハヤトから離れると、そのままよろよろと道場の床に腰を落とした。

「ハア……ハア……、やった……勝った!」

 真剣勝負のあとで、まだ興奮が冷めない。

 体中が、熱い。


 ふいに、minaが、こちらの方に向かってゆっくりと歩いてきた。

 オレの方に来てくれる、と思ったのだが、

 minaはようやく体を起こしたハヤトの前で立ち止まった。


「これでわかったでしょ。もう、私とカズくんの邪魔はしないで」


 ハヤトはじっとminaを見つめていた。そして、

「ああ、もうお前らの邪魔はしない。ハア……ハア……。もう一度記者会見を開いて、謝罪する。必ずだ……」


「ハヤト……気持ちに答えられなくてごめん。でも私のことを想っててくれてありがとう。これからも映画の撮影と、芸能界でも頑張っていこうね」


「こちらこそ、すまなかった。mina……幸せになれよ……」


「うん、当たり前じゃん」

 minaは少し照れて、みんなの方へ戻っていった。



 minaとの会話が終わると、ハヤトはオレの方にやってきた。

 お互い、そのまま道場の床に座り込む。


「お前も……すまなかったな」

 ハヤトはそう、声をかけてきた。

「ああ、最初は恨みもしたが、もういいよ。今回のことでオレも成長できた気がするし」


「いい試合だった……なんか、負けたのに晴れ晴れとした気分だ」

「なんだよ、それ」


「佐伯……」

 ハヤトはそう言って、潤んだ瞳に力を込めた。

 なんか男のオレから見ても、カッコいい。


「minaを、頼むぞ!」

「ああ、任せろ」

 案外、いいヤツなのかもな、ハヤトって。

 オレは、そんなことを思った。


「実は……」

 ハヤトはオレに顔を近づけて声を潜めた。


「あの時、写真が週刊誌に出たすぐあと、minaの事務所の社長から電話がかかってきたんだ」

「なんだ、それ?」

「すぐに記者会見を開いて交際宣言をしろ、あとはminaとうまく付き合えるようにしてやる、って」

「なんだって!!」


 オレはふと、minaの方を見た。

 minaは真由ちゃんと抱き合って、お互いに涙を流していた。

 それをうれしそうに見つめる。田中と岡安さんと、佳奈。

 誰もオレ達の会話に気づいている様子はない。


「ハヤト、この事、他に誰か知っているのか?」

「オレのマネージャーだけだ。あとは、たぶん誰も知らないと思う」

「そうか……」


 黒幕は社長だったのか? でもなぜ??

 minaに情報統制を敷いたのも、社長の仕業か。

 自分の会社の歌手が傷つくとわかっていて、なぜそんなことを。

 映画の売名行為?? とか?


 ハヤトが去っていって、代わりに雨宮さんが、しゃがみ込んでいたオレの隣に立った。


「よくやった! 最後の返し技はよかったぞ! 特訓の成果だな」

「ありがとうございます。雨宮さんのお陰です」

 オレはそう言って頭を下げた。


「そんなお前にご褒美だ。二週間後、外房の別荘に連れてってやる。岡安とminaも一緒だ!」

「え?」

 オレは思わず雨宮さんの顔を見上げた。


「そこで、minaと、決めろ!」


 雨宮さんのドヤ顔と、飛び出した発言に、オレは社長の件が頭から抜けてしまった。

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