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左団扇奇譚  作者: 音叉茶
第三章『隠れ鬼』
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妖退治屋たちの憂鬱

 今夜、『左団扇』の夕食が天麩羅になったことには理由がある。


 今晩の食卓は五人で食べることになるからと、帰宅途中の蘭丸の元へ亜緒から式神が飛ばされてきたのだ。


「蘭丸君、亜緒君のために海老天をいっぱい作って待っててね」


 雀に似た鳥は最後に蘭丸の機嫌を逆撫でるような一言を残した後、一切れの和紙になって風の中へと消えた。


 否応無く嫌な気分にさせられながらも、蘭丸は急遽材料を買いに走ったのだ。




「それで、どういうわけなのか説明してくれるのだろうな?」


 蘭丸の不機嫌な低音が、賑やかな食卓を転がる軽い声々の端に突き刺さる。


 一人で五人分のご飯と汁物を作り、天麩羅を揚げるのは決して楽では無かった。


 テーブルも一つでは足りないので、サイズの一回り小さいものを二階から運んできたりと準備も大変だったのだ。


 そして何よりも、学院に棲むという鬼については詳しく知る必要がある。


 団欒の浮ついた空気は蘭丸にとって邪魔だった。


「ふぉふぃたいじゅさよ!」


 海老天を頬張りながら喋る亜緒は、何を言っているのか分からない。


「話は食事が済んでからでいい……」


 蘭丸のため息は諦観のカタチを持って、茶碗の中へと転がり落ちてゆくのだった。


 蘭丸、亜緒、鵺はもちろんのこと、今夜はノコギリと月彦まで居る。


 こんな賑やかな夕食は『左団扇』始まって以来のことだ。


「私は本来、食事と云うものは静かに頂くべきだと思うのですけれど」


 などと言いながらも、ノコギリは楽しげに箸を伸ばしている。


 雨下石家ではいつも広い座敷に座って、用意された膳に一人で向かう。


 それはそれで不満があるわけではなかったが、ご飯は皆で食べるほうがそれだけ楽しくて美味しい。


「同感です」


 蘭丸は眉を顰めながらの同意で、こちらは本心のようだ。


 そもそも、笑ったり騒いだりが好きな性分ではない。


「すいませんねぇ。ボクまで御相伴に与っちゃって」


 月彦の笑顔は相も変わらずだ。


 天麩羅にしたのは正解だったと蘭丸は思った。


 これなら菜食の月彦でもサツマイモや茄子、蓮根など食べられるものが結構ある。


 鵺は初めて味わう天麩羅に夢中だ。


「鵺、学校では私のほうが貴女よりエライんですのよ? クラス委員なのですから」


「美味しい料理が作れるようになったら褒めてやっても良い」


「御二人とも英語の宿題は忘れないでくださいよ」


「教師なんて何が面白いのかサッパリ分からんなぁ」


「それより、どうして俺だけ必殺掃除人なんだ……」


 独り言のような、会話のような、意味があるような、無いような、他愛無い言葉の戯れが食卓を彩ってゆく。


「ところで蘭丸と月彦はイザとなれば人を斬ることが出来るか?」


 突然、亜緒が二人に物騒な質問をした。


「俺は人は斬らん!」


「ボクも殺生はちょっと……」


 蘭丸は頑固な口調で簡潔に。月彦は苦笑しながら否定した。


「大した妖刀持ちだねぇ……」


 呆れるように言ってから、亜緒は大根おろしを掛けたイカの天麩羅に口を付けた。


 充分に味わい終えると、続けて質問を投げる。


「では、蘭丸は鬼を斬ったことはあるか?」


「当然だ!」


 やはり簡潔な返事が返ってきた。


「なら話が早い。鬼は人にツノが生えたような姿だったろう? あとは口が裂けて牙があったり……」


「まぁ、そんなものだったが、それがどうかしたか?」


「いや、どうってことないんだけどね。鬼って元は人だからさ」


「なんだって?」


 蘭丸の箸が止まる。


 今まで斬る対象の素性を気にしたことなど無かった。問答無用で斬り捨ててきたのだ。


 彼が容赦無き刃だからこそ、今も生きて此処に居るとも云える。


「コレ、美味いねぇ。海苔が巻いてあるヤツ」


「そんなことはどうでもいい。鬼が人とはどういうことだ?」


 蘭丸は今までに三回鬼を斬った経験がある。が、どれも人とは思えなかったし、また手強かったのを覚えている。


おぬって知っているかい? 鬼の母体となった言葉なんだけど」


「隠?」


 初めて聞く言葉に蘭丸は凛々しく形の良い眉を顰めた。


「形の無いものという意味だそうですよ。隠にカタチを与えるために鬼という言葉が作られたとか何とか」


 月彦が補足する。


 今朝覚えたばかりの知識をひけらかしてみせるが、最後のほうは有耶無耶うやむやになってしまった。


 ノコギリは当然知っている。


 鵺はひょっとしたら、遠い昔に隠と対峙した経験さえあるかもしれない。


「鬼の元みたいなもの……かな。隠が人に憑いて形態変化したものを鬼と呼ぶわけ」


 最後の海老天を箸で取り上げると、亜緒はソレを愛しい眼差しで見つめた。


 人は皆、命を犠牲にして生きている。植物にだって命はある。綺麗ごとは通じない。


「だから鬼というのは憑き物なんだ。鬼のような形相なんて言葉があるだろ?」


 そんな表現が成立するくらい、人と鬼とは表裏一体なのだという。


「つまり、君は『鬼に変わった人間』なら遠慮なく斬るわけだ」


 亜緒が意地悪い表情を浮かべた。皮肉である。


「元が何であれ、結局鬼は人に害を為すのだろう?」


 蘭丸は綺麗な顔で徹底した物言いをする。決してブレない。


「まぁ、そうだね。ノン子はハッキリと殺気を感じたと言っているし、学院周辺では行方不明者が少なからず出ているだろうしね」

 

 亜緒にしても、鬼を人に戻すことは出来ない。蘭丸をどうこう言える立場では無いのだ。


「それは人を喰っている。ということですか?」


 亜緒が海老天を咀嚼しながら黙って頷くと、今度は月彦の箸が止まった。


「隠なんて古い言葉だし、今時使っている同業者なんてごく一部だけどさ」


「亜緒くん、何も食事中にそんな話をしなくても……」


 どうやら月彦はデリケートな気質らしく、もう箸を置いてしまった。


 しかし、亜緒としては食事の後の本題の前に皆に知っておいて欲しい前提だったのだ。


     

「大変美味しゅうございました」亜緒が両手を合わせる。


 食事が終わり五つの湯飲みに茶が注がれると、皆が一息つく。


「さて、何から話したものかな……」


 この場に居る全員に、事の真相を知った上で協力してもらう必要がある。


 そのくらい今回の事件は厄介であると亜緒は思っていた。


 考えあぐねた末に、結局結論から言ってしまうことにする。


子芥子こけし女学院には鬼が出る……らしい」


 蘭丸の表情に険しさが宿る。逆に月彦の笑顔はより笑顔らしく変わった。


「今日の放課後にノン子が鬼に襲われたので間違いない……と思う」


 亜緒の言葉にノコギリは自身を恥じた。


 本来なら、その場で捕らえるなり滅するなりしなければならない。


 それが雨下石家に生まれた者の役目なのだから。


 逃げられるなど、失態なのだ。


「大きな口とツノは確認しましたけれど、存在自体がハッキリとしない不確かなモノでしたわ」


 亜緒の表現が曖昧になるのは、その存在の不確かさからだった。


 亜緒本人も実際に鬼を見たわけではない。


 ただ、教室の中に妙な気配らしきものは感じた。


 それが本当に鬼なのかハッキリしない。


 掴みどころの無いボンヤリとした存在が気に掛かっている。


「らしいとか、思うとか、オマエらしくない言い方だな」


 蘭丸が亜緒の態度を突く。


 妖避けの結界というものがある。


 学校や病院などの公共施設はもちろん、民間の家々に至るまで建物には大抵その結界が施されているのだ。


 結界を張る者の技量によって強弱の差は出てくるが、簡単に妖が侵入できるものではない。


「学院の結界はかなり強固なものだったが」


 必殺掃除人をしながら、蘭丸は学院の敷地内に施された結界を自ら調べて確かめたのだ。


 無論、闇子は例外である。


「結界って、内側から崩されると案外脆いものなのさ」


 亜緒は一口茶を啜ると、バツ悪そうに言葉を続けた。


「イジメがあって、自殺者が出た」


 亜緒は俯きながら言葉を紡いでいく。


「生徒たちは知る由もないのだろうけど、イジメってのは鬼を呼び込む儀式に酷似していてね」


 鵺以外の全員が亜緒の話に聞き入っていた。口を挟む者は誰もいない。


「節分も鬼役の人に豆をぶつけて鬼は外とやるだろう? あれは鬼払いの儀式だからいいんだけど、イジメはその逆だね。鬼は内となる。人が人を勝手に鬼に仕立てて一方的に虐めるなんて、隠を人の中に降ろして鬼を生み出すようなものだよ」


 鬼を呼び込む儀式。そして儀式と呪いは表裏一体。まるで人と鬼のように。


 生徒が自殺したことにより儀式は完成した。


 結果、何か良くないモノが結界をすり抜けて校内、ひいては生徒の中に隠れ棲んでいる。


「先程、亜緒くんは隠に憑かれた人間は鬼になると言いましたよね? でも鬼の姿に変わった人は誰もいませんよ?」


 月彦が疑問を呈す。


 隠が人に憑けば形態変化が起こり鬼になると言ったのは亜緒だ。


「私に恐れをなして逃げた妖も、鬼というよりは隠にイメージが近いような」


 ノコギリも腑に落ちないといったふうであるが、さり気に失態を否定してみせるところがチャッカリしている。


「そうなんだよね。隠は人に憑いて鬼となり実体を得る。隠そのもので行動するなんて聞いたことが無い」


 亜緒はその点に引っ掛かりを感じている。


 行われたのは鬼を呼び込むための儀式。


 鬼以外のモノがやって来る可能性はありえないはずだった。


「確か『隠は外』も、隠を人に憑かせて追い出す儀式のようなものでしたね」


 月彦が思い出す節分の原点である厄払いの風習も、「カタチ」が必要だった。


 だからこそ「おぬ」は「おに」へと言葉変わりしたのだ。


 人と関わっていなければ、「災厄」も「僥倖ぎょうこう」もただの自然現象にすぎない。


 「厄」は人に憑いてこそ「厄」と成りえる。


 隠も人に憑いて鬼というカタチを成さなければ、ただの現象に過ぎないのだ。


「もしかしたら、今回の鬼は退治出来るような安易な存在ではないのかもしれない」


 珍しく真面目な顔で亜緒は指を顎に置いた。釈然としない。


「追い払うだけがせいぜいの、文字通りの厄介なモノなのかも……」


 なんといっても、雨下石の慧眼からも実体を隠しおおせることが出来るほどのヤツである。


「隠れ鬼とでも名付けようか……」


 亜緒は少しだけ困ったように笑った。

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