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Messenger Ⅱ~空際のホールムスク~  作者: kagonosuke
第六章 残火の散華
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2)競売 後編

「それではみなさま方、大変長らくお待たせいたしました。いよいよ本日最後の商品、究極の逸品のご紹介です」

 室内の照明が一瞬で落ちた後、暗闇の中から浮かび上がるようにこれまで以上の輝きで発光石の光が勢いを増し、舞台を照らし出した。薄暗い空間にぽっかりと穴が開いたかのように白い光が浮かび上がる。

 その瞬間、それまで虫の羽音のように続いていた室内のざわめきがぴたりと止んだ。

「本日の大目玉は……お耳の早い皆さまならばご存知のことでしょうが、おとぎ話にも謳われたあの遥か遠い神秘の国、サリダルムンドのお品です!」

 朗々たる支配人の口上にあちらこちらから感嘆と驚愕のどよめきが上がった。静かな興奮が生き物のようにうねり出し、参加者の席隅々まで根を張ろうとする。

「それではこちらに」


 これまでと同じように黒服の男が品物を運んでくるのかと思いきや舞台袖に現れたのは白っぽいすすけた旅装に身を包んだ男だった。頭からすっぽりと大きな布を目深に(かず)き、余りの部分をぐるぐると首元に巻き付けているため、その顔立ちはよく分からなかった。ただその歩みは非常に重く慎重なもので、まるで老人のようでもあり、負傷し治療中の怪我を庇っているようでもあった。微かに血の匂いがしたのは気のせいなのか。

 ゆっくりと進み出てくる男の手には一抱えほどの小箱があった。遠目にはよく分からないが装飾の施された優美な品のようにも見えた。


「実は、今回のお品はこれまでのものとは一味も二味も違います。門外不出の貴重な品々でございますれば、誠に残念ですが、この場にて皆さまのお目に触れるわけにはまいりません」


 通常、競売は、事前の下見会があれば別だが、その品を目で確かめてから入札が始まる。ここでは商品を明らかには出来ないというこれまた異例ともいえる支配人の言葉に方々からは驚きと不満、抗議の声が上がった。

「なんだと! 肝心の品を見せぬというのか!」

 この最後の品を楽しみにしていた客も少なからずいるようだ。

「品物はなんだ?」

「話が違うだろう!」

「おいおい、冗談じゃないぞ」

「物を見るまでは決められん」

「そうだそうだ」

 ざわざわと不穏な空気が満ちる会場に、だが、支配人は怯むことなく鷹揚に微笑んだ。

「ご静粛に! どうぞご案じ召されまするな。偶にはこのように趣向を凝らすのも一興ではございませんか」

 節を付けて軽やかに観客を引き込もうとする。

「今回のお品は少々訳アリの特殊なお品でございますれば、ご興味ございますお客様にこの場にて入れ札を行っていただき、然るべき金額をご提示いただけたお客さまを別室へご案内いたしまして、その後の交渉を行いたいと思います。これは売主さまのご意向でもあり、どうぞ今回ばかりはご了承いただければと思います」

 支配人の言葉は滑らかに会場の隅々まで浸透した。珍しい事態にひそひそと囁きを交し合う客たちを尻目に舞台中央に進み出た旅装の男が落ち着き払った態度で徐に頭を覆っていた布を首の後ろに落とした。

 男の顔が露わになる。

「あ…れは」

「まさか!」

「ほほう」

「これは…これは」

 光を浴びて露わになった旅人の面差しに周囲の参加者は息を飲み、吐き出す息に感嘆を織り交ぜ、中には唸り声を上げる者もあった。


 旅装の男は癖のない黒髪を首の後ろの辺り、低い位置で一つに束ねていた。その瞳も暗い色を宿している。何よりも男の顔だちがこの辺りではあまり見かけることのない彫の浅いすっきりとしたものだった。やや険のある眼差しながらも男の顔は淡々としていて表情が読めなかった。

「…サリド人か」

 誰かの囁きが水を打ったような静けさの中に響いた。

「では本当に?」

 誰かの憶測はやがて真実を虚飾する。


「かようなる場にて勝手をいたし相すまぬ。なれどもこなたの主の言う手はずにて、まずは入れ札を願いたい」

 けして声高ではないが、旅人の声は部屋の隅々まで良く響いた。しかもその言葉遣いはこの街では耳慣れぬほどに古臭かった。文化伝播の法則から考えれば、ホールムスクからみて僻地であればあるほど使われる共通語が古い時代のまま残っている。男の言葉遣いは、その者が遥か遠い地から遥々やってきたことを裏付けるものとなった。


「こたびの品はそれがしが(くに)より持ち来るもの。(わが)首にかけて嘘偽りなどござらぬ」

 その言葉は観客たちをまことしやかに安堵させた。

(くだん)の品はこのうちにあり」

 そう言って男は腕に抱えた装飾の付いた小箱を客たちに見えるように高らかに掲げた。はめ込まれた貴石が眩い光を反射させる。異国趣味(エキゾチック)満載の美しい箱に参加者は釘付けになっていた。

「差し障り多かりけるものなれば、まずはこれにて許されよ」

「中身はなんなんだ? それくらいは教えてくれてもいいだろう」

「ああ、でなきゃ欲しいかどうかすら分からない」

 奥の方から放たれた言葉に旅人はもっともだとばかりに重々しく頷いた。

「げに、品が分からんでは話にならぬだろうて」

 そう言ってから男は淡々と今回の品は香炉と短剣だと付け足した。

「共に我が国では由緒ある品なれば」

「青き涙がふんだんに使われていると?」

 【青き涙】とはサリダルムンド特産の高品質なキコウ石のことを差した。キコウ石はスタルゴラドを始めとしエルドシア大陸各地で産出されているが、サリダルムンドのものは最高品質だというのがホールムスクの商人の共通認識でもあった。

「さよう」

 旅人である出品者の頷きに周囲の熱気が一気に高まったのが肌で感じ取れた。


「それでは、入れ札をご希望の方は、挙手を願います」

 間髪入れずに出された支配人の声に、

「もらおう!」

「こちらも」

「私も!」

「ここにも!」

「おい、こっちもだ!」

 周囲から色とりどりの袖が乱立し、交渉権を得ようと方々から声が上がった。



***



「…あン……の……XXX」

 ―アルーロ(裏切り者め)


 ようやくやってきた最後の目玉の登場にリョウはユリムの意向を探るべく顔色を窺った。噂通りサリダルムンドに縁があるという品だ。ユリムが探している盗品とは限らなかったが、このために危ない橋を渡って今日の競売に参加したくらいだ、この目で確かめる必要があった。

「我々も入り札を」

 主を促す従者らしくリョウはそう言いかけて、舞台中央を鋭い形相で睨みつけるユリムに気が付いた。


 ユリムは突然立ち上がった。いきなりのことで椅子がひっくり返ることはなかったが、大きな音を立てて後ろに下がった。

「旦那さま?」

 リョウは驚いて声をかけた。

「いかがなされましたか?」

 ユリムの顔は血の気を失い青ざめていた。険しい表情を浮かべ、あらん限りの激情を無理やり抑え込んでいるかのような体で舞台中央を鋭く睨みつけていた。


 低く唸るように噛みしめた歯の間から漏れた言葉は、恐らくユリムの故郷サリドの言葉でリョウには聞き取れなかった。だが、剣呑な雰囲気から呪詛に近い感情を舌に乗せたのではなかろうか。


 突然立ち上がったユリムは周囲の注意を引いた。国際色豊かなホールムスクでも珍しい装いをした二人の主従に周囲からは不可解な視線が投げかけられ、無作法を窘めるような色合いの囁きが上がっていた。

 ユリムは(テーブル)の上に触れた拳を筋が浮くくらいきつく握りしめていた。

「ユリム? どうしたの?」

 声を低くしてリョウは窺うようにその手に触れた。民族衣装の特徴的なたっぷりとした袖が滑らかな正方形を描き二つ重なり合う。

 何が、いや、誰が気になっているのだろう。ユリムはこの地で騙され人買いに売られたところを命からがら逃げてきてリョウに保護された。まさか、その時に関わりになった男がいたのだろうか。その可能性をこれまで否定していた訳ではないがどこか楽観視していたリョウの背中を不意に冷たいものが流れた。焦燥のままにユリムの視線の先を追った。


 舞台中央に立っていたのは出品者として紹介された男だった。被いていた布が下げられ、遠目にも露わになった男の顔が、一瞬驚きに象られたかと思うとぞっとするような冷笑がその口元に浮かんでいた。

 癖のない黒髪。彫の浅い顔立ち。ユリムによく似ている。あの男もサリダルムンドからやってきたサリドの民なのだろうか。


 ―共に旅をしてきた同胞に裏切られた。


 いつぞや第七師団の宿舎の一室で語られたユリムの身の上話がリョウの脳裏を掠めた。仲間を殺され、自分は人買いに売られたとあの時ユリムは言った。淡々と感情をどこかに置いてきてしまったような能面のような面持ちで。

 まさかあの旅装の男があの時の因縁の相手なのだろうか。


「さぁ、他に入り札が御入用の方はございませんか?」

 落札金額を記入して渡す木札を黒服の男たちが会場を回り希望者に配って回っていた。

「それがしにも」

 一つ向こうの(テーブル)の脇を通った黒服を呼び止めるようにユリムは手を挙げた。黒服は静かに頷き、手にしていた籠の中から真っ新(まっさら)な木札を一枚渡した。

「これはどのように用いるのだ?」

「裏に金額を記入し、印封を施してください。後ほど回収しに参ります」

 ユリムの疑問に男は事務的に答えた。

「印封?」

 青いキコウ石が輝く額の下、ようやく男らしさのでてきた眉がしんなりと寄った。もしかしたらユリムは知らないのかもしれない。

「それはわたくしにお任せください」

 その時、ユリムはやっと助け舟を出したリョウの方に向き直った。

「印封はわたくしが施します」

「相分かった」

 そこでユリムは椅子に座り直した。


 なぜ、あの男がここに……ユリムは一人心の中で独りごちたが、すぐに男の魂胆に気が付いた。薄い唇に自嘲めいた笑みがうっすらと乗る。

 初めからそのつもりであったのだろう。全ては金の為。あの男が言う「宝」が何を指しているかは不明だが、祖国の品はこの地では滅多に出回らない為法外な値が付くと聞く。手持ちのものをそれらしく見せて大金を得ようとしているのかもしれない。

 それにしてもまだこの街にいたとは。あの男と共に国を出たベェサイーンは凶刃に斃れ、自分は売られた。裏切りを見抜けなかった己が至らなさと真正面からぶつけられた憎しみ、嘲り、さげずみ、相手に付け入る隙を与えてしまった口惜しさは昨日のことのようにまざまざと覚えている。思い出しただけで臓腑がちりちりと熱を持って震えた。


 ―よいか、ユリム。お前に課せられた使命は重大なものだ。一日も早く賊に奪われた我らが宝を取り戻して欲しい。そこにいる二人を連れて行け。過酷な旅になるだろうが、共に助け合い必ずや目的を果たし、この地に戻ってきてほしい。吉報を待っている。


 半年以上も前、謁見の間でユリムに告げられた任務は、永久追放とも取れる困難なものだった。(さき)の王亡き後、まだ成年を迎えぬ跡継ぎの後見という形で権力を手にしたあの男は、ユリムを厄介払いする機を窺っていた。そしてとってつけたような好機を逃さなかった。いや、そもそも始めから仕組まれていたのかもしれない。

 このようなお膳立てをしなくともさっさと殺してしまえばよいものを。そうしなかったのは、あの男の中途半端な甘さか。半分といえども同じ血を分けた者を自国内で殺めるという穢れを嫌ったのか。今となっては分からない。


 胡散臭い微笑みに象られたかつての従者の造形は、今ははっきりと憎悪の炎をその瞳に燃やしてユリムを睨みつけていた。そこには怒りと憎しみしかない。


 ―俺はお前たちの望むようにはならない。一度畜生同然に堕ちたこの身。己が足に絡みつく(しがらみ)という名の無色透明な枷を粉々に砕いてやろうではないか。自由を手に入れる為にユリムは亡霊のようにまとわりつく己が過去と決別する思いをこの時強めたのだった。



***



 この会場に集まる客は殆どが常連だ。時を同じくして会場の端と中央を点と点で結ぶとある直線上で起きた些細な変化に注目した男たちがいた。


 遥か遠い地にある秘境、サリダルムンド。その口上に釣られた者がどれほどいるだろうか。ホールムスク市中は先だって発生した港での貿易船爆破焼失事件で落ち着かぬ日々が続いていた。警邏巡回に当たる自警団や王都から派遣されている騎士団の兵士たち、武装した男たちの物々しい姿が街の至る所で見られるようになった。これまで以上にミール内でに取引は厳重になり、そこかしこで警戒の糸が張り巡らされている。抜け荷や積荷の偽装を防ぐために港を出入りする船舶や荷物の検査は厳しくなった。


 だが、ここの盛況ぶりは相変わらずでギラついた金と欲望が渦巻いていた。表の不穏はここまで届きはしない。同じ混沌に飲み込まれるだけ。例の事件はここでも噂になっていたが、実害を被った商人が中にはいたとしてもそれを大っぴらに公言するものはいなかった。特に脛に傷のある者は。


 その一人がここの支配人であるミシュコルツだ。あの男も取引先に送るはずの見本品をティーゼンハーロム号に積んでいた。事件により積荷は行方不明、商談は中断し、先送りされた。あの後、取引先のリリス商会から苦情が舞い込んだという話だ。


 あの事件の後、この品評会も開催が危ぶまれるかと心配したが、杞憂に終わったようだ。少なからずもこの日を楽しみにしていた酒造組合員のオフリートは、参加してみたはよいものの目ぼしい品が見つからず半ば手持無沙汰になっていたのだが、舞台中央に歩み出た男と会場の端の方で突然立ち上がった男らの姿を目にするとこれまでつまらなさそうにしていた表情を一変させた。眼光が鋭さを増し、蛇のように乾いた舌を舐めた。


 ―ペテン師どもめ。


 オフリートは先日舞台中央にいた男と取引をし、厄介払いをしたいという年若い男を買った。始末しても良かったのだが、どうせ金になるなら売り飛ばしてしまえということらしい。この辺りでは珍しい異国風の姿形を持つ正真正銘のサリド人は好事家の間でも人気は高く、買い手もすぐに見つかりいい金になるはずだった。その商品は厳重に特殊な枷をつけて保管していたのに引き渡し前に逃走したのだ。いつになく良い商いができたことを嬉しく思った矢先のことだった。見張りの男はその日のうちに役立たずとして処分された。あれから方々を探し回ったが、逃した獲物は捕まえられなかった。


 室内後方に立つまだ若い一人の男。あの顔をそう簡単に忘れるわけはない。暗い影を背負う闇色の男。枷と鎖が良く似合っていた。身分ある良家の子息のように身綺麗になった男は、オフリート手の内から逃げおおせたあの男に違いなかった。それがどうだ。今は何食わぬ顔をしてこのミール会員制の品評会に参加しているではないか。一体どんなコネを使ったのやら。

 オフリートの中にふつふつと怒りが芽生えた。


 ―やはりグルであったか。


 あの舞台で小さな木箱を後生大事に持つ旅人の登場に後で話を聞こうと決めていたが、思わぬおまけが付いてきた。失せ物はすぐ近くに泳いでいたのだ。

 ただでは返すまい。精々この間の礼をたっぷりとしなくては。

 交渉権を獲得するための入れ札が行われている間、オフリートは壁際に立つ黒服を呼び、支配人であるミシュコルツに至急話があると伝えた。


「それでは金額のご記入が終わりましたら、こちらの箱にお入れください」

 支配人の合図に従業員が小さな箱を抱えて客席の間を回る。


「入れ札に参加されたお客様はこれより別室にご案内いたします」

 それが本日の公式競売が終わる散会の合図だった。

「落札された方はお手続きのご案内をいたしますのでこちらへどうぞ」


 幸運にも狙った品を競り落とした客が上機嫌で黒服の誘導に従い支払いのため別室へと促されてゆく。知り合い同士は今日の戦果を自慢しあいながら口々に世間話と言う名の情報交換を行い、今後の商いに繋げようとする。


「なお引き続き別の会場で恒例の余興がございますれば、ご興味のある方はどうぞ覗いていってください」

 そつのない笑みに客たちも意味深に口元を緩める。表向きは酒を扱う商人であるオフリートもその一人であった。

「運がいい。とんだ余興になりそうだ」

 その笑みが次第に残忍なものに変わった。指にはめられたいくつもの宝石のついた指輪の中で血塗られたような赤黒い色をした石が男の口元で鈍い光を放っていた。


 この邸宅内の別の場所では、商人たちが独自に入手した品の売買交渉をする部屋が用意されていた。競売にかけるには至らない特殊な品や買い手が多く見込めない品、買い手がほぼ固定されているような商品の売買が個別に行われていた。公的には禁止されているはずの奴隷の売り買いももっぱらそこで行われた。


 酒造販売組合に属するオフリートは人買いという裏の顔を持ち、ここに商売用の一室を構えていた。顧客の多くは同じ仲介屋や道楽の金持ちだ。しかも顧客は国内だけとは限らない。ここホールムスクには諸外国の商会の支部が置かれ日夜取引は活発に行われていたからだ。条件が合えばどのような商品も用意する努力を重ねてきた。

「目にものをみせてくれよう」

 オフリートは一人ほくそ笑むとこの会場に顔を見せていた知り合いの影を見つけた。そして迷わずその男の側に近寄ると肩を叩き耳元に口を寄せた。

「例のものが見つかりましたよ」

 オフリートの囁きに男の目が細められた。二人は二言三言言葉を交わすとしかるべき部屋へ向かった。



***



 渡された木札に用意された特殊な筆で金額を書いた。この日、リョウとユリムが用意したのは貨幣ではなく同等の、いや、場合によってはそれ以上の付加価値を持つキコウ石だった。いずれも鉱石処理を施したばかりの原石だ。ミールの鉱石組合の紹介で先だって原石やクズ石を扱う石屋を巡り、リョウが二束三文で買い求めたものを自分で精錬処理を施してどうにかキコウ石にしたものだった。久しぶりの作業にかなり神経をすり減らしたが、こうしてどうにか格好がつくくらいの元手を作ることに成功した。


 【キコウ石、カローリ相当、十分の一プード】そう記入し、リョウはユリムの名で印封を施した。そして黒服を着た従業員が抱えた小箱に入れた。ここの相場がどのくらいかは分からない。それでも交渉の(テーブル)に着くためにはある程度のはったりも必要だった。


「旦那さま、控え室の方に。参りましょう」

 先ほどから硬い表情でどこかぼんやりとしたユリムをリョウは促した。

「あ、ああ」

 二人の主従が他の入札参加者と同じように用意された控え室に行こうとしたところ、二人を呼び止める者があった。

「お客様はこちらへ」

 見覚えのある黒服―確か先だってこの競売の存在を教えてくれた男だ―が、二人を別室へと導いた。

「お話をしたいという方が」

 その声にユリムの顔に緊張が走ったのだが、リョウは気が付かなかった。


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