第17話 “婚約者”と試験結果
翌日の土曜日。
いつも通り、由弦は愛理沙を出迎えた。
「今日もよろしくお願いします」
「ああ、どうぞ。上がってくれ」
そう言って愛理沙に上がるように促した。
愛理沙は自然な動作で靴を脱ぎ、リビングへと上がる。
そしていつもの通り、ゲームを始めたのだが……
いつもよりも、愛理沙は集中力が欠けているような印象を受けた。
今日は少し勝率が良いなと。
少しだけ由弦が良い気分に浸っていると……愛理沙が唐突に尋ねてきた。
「あの、由弦さん」
「どうした?」
「……昨日の模試の個表、どうでしたか?」
やはり愛理沙は落ち込みやすい性格をしているらしい。
昨日の結果が芳しくなかったことを、引きずっているようだ。
由弦が二位、亜夜香が一位の時点で愛理沙の校内順位が三位以下なのは確定だ。
「結構、良かったかな」
「……見せて貰えませんか?」
「まあ、良いけど」
隠したところで仕方がないので、由弦は鞄から個表を入れたフォルダを愛理沙に渡した。
愛理沙は個表を見て……
驚きと喜びと悲しみが入り混じったような、非常に複雑そうな声を上げた。
「校内順位、二位、ですか」
「まあ、今回はちょっと調子が良かったかな」
「……ちなみに校内順位、一位は誰か、知っていますか?」
「亜夜香ちゃんだな」
「……やはりそうですか」
想定はしていたらしい。
愛理沙は少し沈んだ声で答えた。
それから愛理沙は、持って来ていたらしい、模試の個表を無言で由弦へと手渡した。
その点数と偏差値は……
決して悪くはない。
校内順位は三位だ。
しかし……
三位は決して悪い順位ではなく、むしろ非常に良い順位と言える。
が、しかし校内試験では常に一位を取り続けていた愛理沙にとって、校外模試で普段は自分よりも後ろにいた二人に抜かされるのは相当に悔しい話だろう。
「亜夜香さんには負けるかもしれないと思っていたんですけれど、校内順位で二位は取れると思っていたんですよね……」
若干、恨み節で愛理沙は言った。
早い話、由弦に負けるとは思っていなかったので、悔しい……そういうところだろう。
もっとも、それよりはもう少し、ギトギトした負の感情が見え隠れしていたが。
「いや、愛理沙。所詮は……」
ただの試験に過ぎない。
考えすぎだろう。
そう言おうとしたのだが……
「す、すみません。由弦さんにそんなことを言っても、仕方がないですよね。……性格、悪いですよね。分かってはいるんです。私、元々、こういう校外模試というか……範囲が広くて応用が必要な試験はあまり良い結果が出ないタイプで。……由弦さんには勝てると思っていたとか、そもそもそういう考え方が良くないですよね。すみません。本当に、私は……あぁ、もう、本当にごめんなさい。こんなこと、由弦さんに言っても仕方がないのに」
どうやらよろしくない思考パターンに嵌まっているらしい。
もっとも、元々愛理沙のメンタルが弱いことは薄々分かっていたことなので、それほど驚きはない。
由弦は愛理沙に対し、手を伸ばす。
すると彼女は何を勘違いしたのか、ギュッと両手を握りしめ、目を瞑った。
そんな彼女の頭を、できる限り優しく撫でてあげる。
サラサラと柔らかく、手触りの良い髪は、いつまでも触っていたくなる。
「大丈夫だから、愛理沙」
「……す、すみません。私が、悪いのに……」
「じゃあ、愛理沙に頼みたいことがあるんだけど、良いかな」
いくら慰めても負のループに嵌まったまま動けなさそうなので、由弦は愛理沙に“罪滅ぼし”の機会を与えてあげることにした。
もっとも、愛理沙は何一つ悪いことをしていないのに“罪滅ぼし”も何もないのだが。
内罰的・自罰的な思考回路の愛理沙に対しては、愛理沙自身を許す切っ掛けのようなものを与えてあげた方が、彼女の精神衛生的には良いだろう。
そういう判断だ。
「実は母親から食べ物が届いたんだけど」
「……食べ物、ですか」
「そうなんだ。ただ、俺では到底、料理できないというか、取り扱えないもので。君に見て欲しいんだ」
由弦はそう言うと、冷蔵庫へと赴き、発泡スチロールの箱を取り出した。
それをテーブルへと乗せ、蓋を開ける。
「わぁ……す、凄いですね。これは」
愛理沙は驚きで目を丸くした。
由弦もびっくりしたのだから、愛理沙の驚きは無理もない。
ぎっしりと、立派なサイズの松茸が入っていれば誰だって驚くだろう。
「松茸、ですか。……料理したことはありますけれど、これほどの量は初めてですよ」
そういう愛理沙の声はどことなく、弾んでいた。
こういう高級食材は、料理人の腕の見せ所だからだろう。
しかし彼女はすぐに不安そうな表情を浮かべた。
「というか、私が頂いても、良いんですか?」
「そもそも君に料理して貰えと、書いてあった。まあ、俺の両親が君に料理して貰った上で君に食べさせるなというような、畜生なら話は別だけれど」
「……お母様とお父様には、本当にありがとうございますと、そう伝えてください」
愛理沙は由弦にそう言った。
そしてそのうち、特に大きな松茸を手に取る。
「うーん……そうですね。取り敢えず、松茸ご飯は確定ですよね。あとはホイル焼きとか。炭火焼……は炭がないので無理ですが、コンロで似たようなものはできます。あとはお吸い物とか、そういうのも美味しいですね。土瓶があるなら、土瓶蒸しもちょっと、やってみたいです」
さすがは愛理沙と言うべきか。
すぐに調理方法が浮かぶらしい。
……試験結果については記憶の彼方へと飛び去ったようなので、由弦は少しだけ安堵した。
できれば愛理沙には、笑顔でいて欲しい。
どうしてそういう感情を彼女に抱くのか、そういう疑問については無視しながら、愛理沙に尋ねる。
「土瓶は確か、奥に仕舞ってあったような気がする。それで、どうかな?」
「ちょっと、待ってください。……松茸料理を作るだけなら、どうとでもなるんです。でも、松茸だけだと、辛いでしょう? やっぱり、お肉お魚とかも欲しいと思うんですよね。それに茶色ばかりで緑がないのも良くないですし。今、そういうのを考えています」
愛理沙はそう言ってから、しばらく顎に手を当てて……
考え込み始めた。
それから、由弦に尋ねる。
「お腹、空いてます?」
「ああ、勿論」
「じゃあ……たくさん、食べてくださいね。いっぱい、作っちゃいますから」
愛理沙はそう言ってパチンと可愛らしいウィンクをした。
一瞬だけ、由弦の心臓が大きく跳ねた。
というわけで、次回は愛理沙が松茸料理を作ってくれます。
賢い、可愛い、愛理沙ちゃんと思う方は
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わぁ、立派な松茸ですね! と愛理沙ちゃんに言って貰えます。
それと先日、告知しましたがカクヨムの方もよろしくお願いします。
愛理沙ちゃんが由弦君の松茸にびっくりしちゃうようなシーンを今後書くことがあれば、それはなろうでは書けないので、カクヨムに書くことになるでしょう




