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第5話 “婚約者”と初めて

昨日、予約投降をミスした結果、三話と四話が同時投稿になってしまいました

先日、ブックマーク登録を利用して『最新話』から飛んで四話を読んだ方は一度三話を読んだかご確認ください

もし三話を読まずに四話を読んだ方がいらっしゃったら、まずはそちらをお読みください

「本当に申し訳ない」


 朝食後。

 由弦は愛理沙に割り当てられた客間で彼女と二人きりになると、膝を折って頭を下げた。


「君に料理を強制するようなことになってしまった」

「そんな、由弦さん。大袈裟ですって。やめてください」


 端正な顔が急に近くに現れる。

 愛理沙が由弦の顔を覗き込んだのだ。


 思わず、由弦は飛びのくように顔を上げた。


「私、全然気にしていませんから」

「いや、しかし……」

「この程度のことで、お返しになるなら私は喜んでお料理を作りますよ」


 愛理沙は微笑んだ。

 その表情から彼女が本当に怒っていないことが分かる。


「……そう言って頂けるとありがたい。君の料理について、軽い気持ちで吹聴したことも合わせて謝るよ」


 一般的に、息子から「嫁の方が料理が上手だ」などと言われたら母親はムっとくるものだ。

 嫁姑問題の火種に油を注ぐような行為だった。

 仮にそれが母親から息子に尋ねたことであっても、軽率に答えるべきではなかっただろう。


 もっとも……そもそも由弦と愛理沙は結婚するつもりはないので、嫁姑問題は起こらない。

 加えて彩由はそういうことで怒らない人間であると、少なくとも由弦は信じていた。

 そういう背景はあるのだが……


 しかしそれを抜きにしても、余計なことは言わない方が良かっただろう。


「そう……ですね。由弦さんが私のお料理について話していたと知った時は、ちょっと恥ずかしいなと思いました」


 愛理沙は肌を僅かに紅潮させ、頬を掻きながら言った。

 それから上目遣いで由弦を見上げ、もじもじとし始める。


「でも、嬉しかったです。本当に……そう思っていてくれたって、分かったので」

「俺は前から君に、美味しいと伝えていたような気がするけどね」

「作ってくれたものに、不味いなんて言う人、あまりいないでしょう?」


 一般的に、相手が作ってくれた料理に対して不味いなどとケチを付けることはマナー違反だ。

 勿論、飲食店で食べた物について、後で批評したりすることは何の問題もないことだが……


 愛理沙は由弦に対し、無償で料理を作ってくれているのだ。

 常識的に考えて、「美味しい」と答えるのは当然の事だろう。


「勿論、由弦さんがお世辞で言っているわけではないことは、分かっていました。たくさん、お代わりしてくれていましたし。だから……つまり、ご家族に自慢したくなるほど、私の料理を美味しいと思ってくれていたと。そう、改めて知れたことが嬉しかったです」


 それから愛理沙は小さく、ため息をついた。


「愚痴を言っても、良いですか?」

「気の済むように吐き出してくれ」


 由弦はそう言って大きく頷いた。

 愛理沙は消え入りそうな声でお礼を言ってから、思いの丈を吐き出す。


「私の家族は……家族と言えるかは分からないですけど、あの人たちは、美味しいなんて、一言も言ってくれないんです」


 どんよりと、愛理沙の瞳が曇る。

 顔を俯かせ、苦しそうな声で告白する。


「私、本当は……お料理を作るの、好きじゃないんです。無理矢理やらされて、いえ、すみません。これは卑怯な言い方ですよね。別に料理をしろと、直接言われたことはありません。でも、家では私が作るのが当然です。だから断れないんです」


 そして自嘲するような笑みを浮かべる。

 小さく肩を震わせながら、笑みを浮かべるその姿は見ていてとても痛々しかった。


「怒られたくなかったからなんです。お料理が得意になったのは。全部、全部そうなんですよ。私自身が自発的にそうしたいとか、そうじゃなくて……ただ怖かったから。誇れるようなものじゃ、ないんです」


 それから愛理沙は深いため息をついた。

 そして潤んだ瞳で由弦を見つめ、笑みを浮かべた。

 その笑みは無理に明るく振舞おうとしているようで、僅かに引き攣っていた。


「だから、由弦さんに褒めて頂いて、とても嬉しかったです。お世辞だとしても。その後、本当に由弦さんが美味しいと思ってくれていると分かって、本当は飛び上がりたくなるくらい、嬉しかったんですよ。……初めてだったんです」


 愛理沙の目尻から、一滴の涙が流れ落ちる。

 それでも笑みを浮かべながら、愛理沙は言った。


「自分からお料理を作りたいと、そう思えたのは。あなたに食べて欲しくて、毎週、通っていました。初めて、お料理が上手で良かったなと、思えました。だから……」


「愛理沙」


 由弦は小さく、彼女の名前を呼んだ。

 そして少し驚いた表情の彼女を抱きしめた。


 彼女の顔を自分の胸に押し当てる。

 愛理沙はされるがままになっていた。


 優しく愛理沙の髪を撫でる。


「頑張ったね」

「……はい」


 しばらくの間、愛理沙は由弦の胸元を濡らした。

 嗚咽が聞こえたのは、時間にして数分ほど。


 すぐに彼女は顔を上げ、目尻に浮かんだ雫を指で拭った。


「ダメですね……由弦さんと一緒にいると、涙が出てしまいます」

「それは、俺が悪いってことかな?」


 由弦が冗談半分に尋ねると、愛理沙はくすりと笑ってから答えた。


「そうですね。由弦さんは悪い人です……甘えたくなってしまいます」


 鬱々としたものを吐き出したからだろうか。

 先ほどよりも愛理沙の表情は晴れやかだった。


「全く、由弦さんのせいで話の腰が折れてしまいました」

「おっと、すまない。……それで、何だっけ?」


 由弦がそう尋ねると……

 愛理沙は口籠り始めた。


「えっと……その、ですから、由弦さんにお料理を作るのは、その、楽しいです。あなたに美味しいと言って貰えるなら、いくらでも、……お作りします」


 そう言ってから、愛理沙は顔を真っ赤にした。

 自分が少々、危うい発言をしたことに気付いたらしい。

 大慌てで手を振りながら、否定する。


「あ、あの、今のはですね! これから毎日あなたに味噌汁を作るとか、そういうのじゃなくて!」

「あ、ああ……うん、それは言わなくても、分かっているよ」


 由弦は自分の顔が熱くなっていくのを感じた。

 別に由弦も愛理沙が自分にプロポーズをしたなどとは思ってはいないのだが、そう露骨に恥ずかしがられると、こちらまで恥ずかしくなってしまう。


「例えるなら、そうです、猫の餌やりです。美味しそうに食べているネコちゃんは可愛いみたいな、分かりますか?」

「それはいくら何でも、酷いぞ」


 俺は野良猫か。

 と由弦は抗議の声を上げる。


 しかし客観的に見てみると、餌付けされてしまった猫のように見えなくもない。

 というより、完全にそれだ。


 案外、その例えは的を射ているなと。

 由弦は自分でそう思いながら、少し情けない気持ちになった。


「と、とにかく、由弦さんに料理を作ることは嫌ではないです。ですから、由弦さんのご家族にお料理を振舞うことも吝かではないです。分かってくれましたか?」


「にゃー」


「ふざけないでください」


 ピシャリと愛理沙に叱られ、由弦は肩を竦めた。

愛理沙は猫派。ゆづるんは犬派。

趣味は実は一致していない。

ちなみにゆづるんはどちらかと言えば猫っぽい人間で、愛理沙はどちらかと言えば犬っぽい人間です。

まあ、ゆづるんも犬になることがあれば、愛理沙も猫になることはありますが。

ただ猫にしても、犬にしても餌付けは大事です。

ちなみに作者にも餌付けは大事です。


面白い、続きが読みたい、お座り! お手! 伏せ! 更新! という方は

ブックマーク登録、評価(目次下の☆☆☆☆☆を★★★★★に)をしていただけると

とても嬉しいです


次回は明日か明後日の予定です。





























真デレ度:0%→5%

少し考えたのですが、一章完結までが「真デレ度:0%」で今回で五%上がった感じにしました。

というわけで数値上は変化がないですが、ちゃんと変化しています。

あと変化が分かるようにしました。

真デレ度が楽しみという方は、ブックマーク登録、評価(目次下の☆☆☆☆☆を★★★★★に)をしていただけると幸いです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 不覚ッ…! お座り、お手、伏せ、更新! につられて思わず★★★★★にしてしまった…ッ! 覚えておいてくださいねッ 必ずッ…! にゃー
[一言] にゃー とりあえず星一つにゃ。あと四つはこれから次第にゃ(焦らしていく
[一言] 溶けるよー
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