第24話 男子会後編
「愛理沙、俺の告白を受け入れてくれるかなぁ……」
唐突に弱気なことを言い始める由弦。
そんな由弦に対し、宗一郎と聖は適当な励ましの言葉を掛ける。
「雪城さんはどう見ても、お前のことが好きだろ」
「俺の目から見てもベタ惚れに見えるが」
「だよな……いや、それは分かっているんだけど」
アーリオ・オーリオをフォークで巻きながら由弦はため息をつく。
「それって、つまり俺と本当の意味で婚約する……将来的には結婚をするってことじゃないか」
つまり高瀬川家に嫁入りするということだ。
そして高瀬川家は少なくとも普通の一般家庭ではない。
「面倒くさそうだなって、思わないかな」
「まあ、気苦労は多そうだが……」
「その代わり、金があるじゃねぇか。大喜びで嫁ぐだろ」
由弦の懸念に同意したのは宗一郎で、それを否定したのが聖だ。
愛理沙にとってはいわゆる「玉の輿」になるため、断る理由はないように見える。
「というか、結婚は前提なのか? 結婚は置いておいて、恋人同士でも構わないと思うが」
宗一郎の言葉に由弦ははっきりと答える。
「俺は愛理沙と結婚したい……いや、絶対する」
「なら、良いじゃないか」
「何に悩んでいるんだ?」
「いや……別に何も悩んではいないけど」
どんな手段を使ってでも、由弦は愛理沙と結婚したいと思っていた。
もし愛理沙が「ちょっと、高瀬川姓になるのは嫌です……」と言うようなら、高瀬川の良いところをアピールして、何が何でも“高瀬川愛理沙”になって貰うつもりでいる。
そういうわけなので悩みはない。
ただ、不安があるだけだ。
「そんなに結婚したいなら……最悪、宗一郎みたいにお前が出ていけばいいじゃないか」
「ん……」
聖の提案に由弦は言葉を詰まらせる。
今の由弦にとっては高瀬川家の家督と、愛理沙との結婚なら……後者の方が大切だ。
とはいえ……
「俺は……後継者として生まれて、育てられたからな」
別に高瀬川家の遺産がどうしても欲しいわけではない。
だが由弦は高瀬川家を継ぐために生まれたし、両親もそのために由弦を産んだのだ。
それが高瀬川由弦に与えられた使命であり、人生である以上、その道を外れるわけにはいかない。
そういうわけで自由でいられるのは高校生、大学生のうちなのでその間に可能な限りいろいろなことをしてみたいと由弦は思っていた。
だからこそ今の段階での婚約は嫌だった。
好きな人が出来た時に困るからだ。
「というか、まあ……高瀬川家の後継者だから、愛理沙と結婚できるんだけどな!」
「そう言えばお前ら、“婚約者”だったな」
「外堀も内堀も埋まってるじゃねぇか」
つまりあとは本丸を攻め落とすだけだ。
愛理沙が「うん」と頷いてくれさえすれば良い。
「いやはや、高瀬川家の長男に生まれて良かった……そうじゃなかったら、愛理沙は高嶺の花だったからな」
もっとも、仮に自分が普通の高校生だとしても。
意地でも愛理沙を口説き落とすし、彼女に“婚約者”でもいるようならば略奪して見せる所存だが。
「愛理沙はな……可愛いんだよ」
「聞いた」
「愛理沙におだてられたら何でもする自信がある」
「それで木に登って落ちたもんな」
「黙れ。殺すぞ」
黒歴史を掘り返されて怒る由弦。
ゲラゲラと思い出し笑いをする宗一郎と聖。
「まあ、大丈夫だろ。お前、顔はそこそこ良いし、性格もどこぞの誰かと違って屑というほどでもないし、金はあるしな」
女から見たら優良物件じゃないか。
と、頷く聖。
そしてそれに同意するように宗一郎も頷く。
「どこぞの誰かと言うのが誰のことを指しているのか気になるが……由弦は良い男だろう。俺が女だったら結婚したいくらいだ」
「気持ち悪……」
「酷くないか!?」
と、まあそれはお互いに冗談ではあるのだが。
「そう言えば……ぶっちゃけ、お前は将来、継ぐのか?」
宗一郎は聖にそう尋ねた。
つまり良善寺の家業を聖は継ぐのか、彼は次期後継者なのか? という問いだ。
「ん……別に継ぐことは嫌というわけではないのだが」
「ないのだが?」
「俺は従兄を推している」
良善寺聖は一応、良善寺家の跡取り……ということになっている。
しかしそれは正式な決定ではない。
彼以外にも跡取り“候補”は存在するのだ。
「そうか。まあ……高瀬川としては、割れるのだけは勘弁してくれと、伝えておこう」
「それは良かった。俺たちも割れるのだけは嫌だからな」
大抵、家が衰退するのは内部不和が要因である場合が殆どだ。
後継者争いや宗家・分家争いは勿論のこと。
先代当主と今代当主、次期当主の間でも紛争は起こる。
(……そういう意味では親父は俺の機嫌は損ねられないわけだ)
高瀬川家今代当主、高瀬川和弥にとって。
最大の敵は分家でも橘家でも政敵でもない。
高瀬川由弦だ。
唯一、由弦だけが彼の地位を追い落とす可能性がある。
そしてまた由弦にとっても父は厄介な相手だ。
次期当主という肩書がある以上は父に逆らうことはできないからだ。
(愛理沙に関しては……一切譲る気はないけれどね。まあ、分かっているだろうけれど)
由弦と愛理沙の恋を邪魔できる実力を持つ存在はこの世で二人だけ。
高瀬川和弥と高瀬川宗玄だ。
もっとも……由弦は父に対して反旗を翻すつもりなどは毛頭ない。
同様に和弥も息子に対しては一定の信頼を置いている。
そもそもただの親子喧嘩ならばともかくとして、血みどろの戦いは絶対にしたくないというのが二人の本音だ。
今代当主・次期当主という面倒な肩書を除けば、普通の仲良し親子なのだから。
「仮にお前の従兄が継いだとして、お前はどうするんだ?」
「知らん。まあ……系列の企業に就職するのが王道ではあるが……」
「曖昧だな」
由弦は家を継ぐ。
宗一郎は継がずに橘に婿入りをする。
二人とも進路は決めているのに対し、聖はやや曖昧に見えた。
「お言葉だが……曖昧なのが普通だぞ」
聖はそう言って手羽先を齧る。
そしてどうにも、世間一般からズレている友人二名に常識を淡々と諭す。
「十五、六で職業から結婚相手、さらにその先まで決めているのはお前らくらいだろう」
「まあ、確かに」
「反論はできないな」
由弦と宗一郎は聖の指摘を素直に認める。
十五歳の時点では将来が決まっていない者の方が比較的多いだろう。
決まっていたとしても、それは精々、“夢”程度の話だ。
将来に加えて、結婚相手まで定まっている、定めようとしている由弦と宗一郎は聖からすると生き急ぎ過ぎて見えるかもしれない。
「まあ、うちはお前らとは違ってそう、歴史が長いわけではないからな。俺である必要は薄い。……俺が継ぐのが、丸く収まるのも事実ではあるが」
聖はそう言ってから……ふと、話題を唐突に変えた。
「明日の月曜日……バレンタインデーだな」
「あぁ、そうだな」
「バレンタイン、か」
昨年まで、由弦にチョコレートをくれる人物は限られていた。
母親と妹、そして同じ中学に通っていた亜夜香だ。
勿論、すべて義理だろう。
今年は母親や妹からはおそらく貰えない(まさか届けてくれることはないだろう)。
そして亜夜香は例年通りくれるだろうし、ついでに千春も一応義理チョコをくれるかもしれない。
天香は分からないが……ハロウィンのお菓子を忘れない彼女ならば、市販のチョコくらいは由弦に寄越すかもしれない。
だがそんなことよりも……
(愛理沙はどんなチョコレートをくれるだろうか……)
ほんの少し。
料理上手な婚約者のチョコレートを由弦は期待するのだった。
一章十三話で言及された「高瀬川の次期当主として間近で見てきた、海原よりももっと怖い人」というのは自分と父親と祖父だったりします。ちなみに祖父>父親。
少しエディプスコンプレックス気味ですね。いや、まあ由弦君はマザコンではないのですが。
書籍版、まだの方は是非よろしくお願いします。
バレンタインが楽しみ過ぎて夜しか眠れないという方は
ブックマーク登録、評価(目次下の☆☆☆☆☆を★★★★★に)をしてついでに一巻を買っていただけたら
チョコレートみたいな話だと思ってもらえるように頑張ります。




