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54話:なんでもしますから

【黄泉の国 入り口】


「さぁ、到着したわよぉ……」


「ここが……黄泉の国?」


 炎が燃え盛る荒れ地を進み続けた俺達の前に広がるのは、今まで見た事の無いような形状をした建物が立ち並ぶ街であった。

 しかも、妙な衣服を身に纏った人々が普通に行き交っており、その賑わいぶりは現実世界の街となんら変わらないように見える。


「黄泉の国。そこは、遠い東にある島国の文化に近いとされているそうよぉ」


「噂には聞いた事がありますね。確か……サムライとかいう、強い剣士が暮らす国」


 レンガ造りの建物ばかりのサンルーナやエクリプスと比べ、木造の建物が多いのはそういう理由だったのか。


「そして、そこら中にいるのは、黄泉の国の住人達ねぇ。亡者にならなかった死者は、この国で過ごし……働き続けるのよぉ」


「ここで、働くんですか?」


「ええ。そして、黄泉の国の王。冥王様からの許可を貰えると、現実世界に新たな命として転生出来るらしいわぁ」


「冥王……」

 

「私達が求める黄泉の烙印を持っているのも、冥王様なのよぉ。だからぁ、これから私達は冥王様の居城へと向かわないとねぇ」


「ええ。急いで、冥王の元へ……」


 遠くに見える大きな城を目指し、一歩前に足を踏み出す。

 だが、その足が地面を踏む事は無かった。


「その必要は無い」


「「えっ!?」」


 どこかからか、女の人の声が聞こえてくる。

 それと同時に、俺達が立っていた場所にぽっかりと巨大な穴が開き……俺達はその中へと落下していく。


「うぁぁぁぁぁぁっ!?」


「きゃぁぁぁぁぁっ!?」


 浮遊感。真っ暗に染まる視界。

 だが、それもほんの一瞬であり……すぐに俺達は、地面に着地する。


「っとと!?」


「ここは……!?」


 着地の衝撃でバランスを崩しながらも、周囲を見渡す。

そこはとても街の地下とは思えないような……黄金の装飾が施された、豪勢な造りの室内であった。


「どこを見ておる? こっちじゃ、こっち」


「「!?」」


 しばらく辺りをキョロキョロしていた俺とダイルナだったが、背後の方から何者かに声を掛けられ……バッと振り返る。

 そうして、対面した声の主は――1人の若い女性であった。


「よう、来たのぅ。現世からの侵入者どもよ。待ちきれなくて、我の方から招き入れてやったのじゃ」


 玉座のような椅子に腰掛け、こちらを見下ろしている彼女は……人間ではなかった。

 額から伸びる大きな一本角。そして、血のように赤い肌色。

 その目は白目の部分が黒く、瞳のみが怪しく紫色の輝きを放っている。


「まさか……!? 貴方様は、冥王様では!?」


「いかにも、いかにも。我こそが冥王じゃ! フゥハハハハハッ!」


 ダイルナの問いかけに、女性は高笑いしながら答える。

 本当にこんな女の子が冥王様なのか?

 肌や瞳の色、角はともかく。

白い長髪をツインテールにし、トラの毛皮で作られたようなビキニ水着のような服を着ている姿は……ただの可愛い女の子にしか見えない。


「ほう? 流石は精の勇者じゃ。黄泉の国の王を前にして、可愛い女の子呼ばわりとは!」


「え?」


 どういう事だ? 今、俺は口に出していなかったはず。

そうなると、まさか冥王様は、俺の思考を……?


「我を誰だと思っておる? 全ての死者の罪状を見抜く冥王の前に、隠し事など通じはせぬ。心を読む事など、いとも容易い事じゃ」


 冥王様はそう説明しながら、ふふーんとふんぞり返るように不敵な笑みを浮かべる。

 年寄りの口調と、その愛らしい外見のギャップが、これまた随分と魅力的だ。

 って、そんな俺の感想も彼女には筒抜けなわけで……いや、別に読まれて困るような内容でもないか。

 俺が冥王様の事を可愛いと思うのは止められないし、それで不敬だと怒られたら、それはそれというものだ。


「……お前、変わっておるのぅ。普通、そういう時は狼狽えるものじゃが」


「そうでしょうか?」


「まぁよい。我とて、このぷりちーな姿を褒められて、悪い気はせんからのぅ」


「ネトレ君って、大物よねぇ。私なんかぁ、もうおしっこ漏らしちゃいそうよぉ」


 呪術師であるダイルナにとって、冥王という存在は特に大きく感じるのだろう。

 さっきから大量に脂汗を流し、ダイルナはその体を震わせている。


「冥王様、そういうわけなので……急いで用事を済ませたいのですが」


「そうじゃなぁ。ここで漏らされても、困るしのぅ……」


「ありがとうございます。心をお読みになれる冥王様なら、すでに俺達の狙いが分かっていられると思いますが……」


「当然じゃ。お前らが欲しいのは、コレじゃろ?」


 そう言って、冥王様は胸の谷間から1枚の紙切れを取り出す。

 その紙には紅い線で不思議な紋様が刻まれており、キラキラと眩い光を放っている。


「コレこそが黄泉の国の烙印じゃ。封魔剣の封印を解くには、コレをアレして、ああしながら、聖女の衣でにゃんにゃんすれば……」


「にゃんにゃん……?」


「そこはどうでもよい。問題は、我が黄泉の国の烙印を……お前たちに渡すかどうかじゃ」


「このまま渡して頂けないのですか?」


「当たり前じゃろう。だって、我にメリットが無いんじゃもーん」


 そりゃそうだ。俺達はただ、一方的に烙印を取りに来ただけ。

 冥王様からすれば、それに応える義理はない。


「では、どうすれば烙印をお渡しして頂けますか?」


「私達に出来ることならぁ、なんでもいたしますぅ……」


「ん? 今、なんでもと言いおったな……?」


 ダイルナの言葉を受けて、冥王様がニヤリとほくそ笑む。

 まるで、俺達のどちらかが、その言葉を口にするのを待っていたかのように。


「ならば、我の望みはただ1つじゃ。お前達、心して聞くがよい」


「「はいっ!」」


「では、我が見ているこの場で……」


 冥王様は話しながら、右手の人差指と親指で輪っかを作り。

 左手の人差し指だけを伸ばして、それを右手の輪っかへと差し込み――


「ぐっぽぐっぽぬっちょぬっちょと、子作りしてみせい」


「「……へっ?」


 とんでもない無茶振りを要求してきやがった。

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