53話:先帝の無念を晴らす!
【サンルーナ王城 謁見の間】
「……ふぅ、ようやく。ようやく私が、この玉座に座る日が来たのだ」
邪魔者の排除に成功し、空となった玉座に腰掛けるのは――先程、皇帝に兵を差し向けた張本人であるザーク・ビスト・クラウディウスだ。
「しかし、まだ終わりではない。私が完璧な皇帝となる為には……障害が多すぎる。そこで、貴殿達の力を借りたい」
そう、ザークが呼びかけた先にいるのは――少し前、サンルーナへと入国したばかりの4人の男女。
エクリプス王国騎士団に所属する、隊長と副隊長達であった。
「……おいおい、俺達はお尋ね者の始末に来ただけだぜ? アンタのクーデターになんか、興味ねぇよ」
「だが、私が皇帝になれば……あのゾフマの時とは違い、エクリプスと友好関係を築く事が可能となる。そちらにもメリットのある話ではないか?」
面倒そうに答える細身の男に、諭すように語りかけるザーク。
「それに、私が殺めて欲しい者達は……貴殿らの狙いであるニセ勇者と、裏切り者の騎士と行動を共にしておる。2人殺すのも、4人殺すのも同じであろう?」
「そういう事であれば、お受けしても良いでしょう。しかし、我々に殺して欲しい人物とは一体……誰の事なのですか?」
「1人目は、あのゾフマの息が掛かっていた大手ギルド……フロンティアのギルドマスターであるダイルナという女だ」
「へぇ、女か。美人だったら、俺が切り刻んでやらねぇとなぁ」
「お前は黙っていろ。ザーク殿、もう一人は?」
「それは、我が娘……いいや、もはや我が娘ではない。サンルーナ前皇帝の姪である、サノア・ネクス・クラウディウス。この女を、処分して貰いたい」
「「「「!!」」」」
【フロンティア本部】
「シアンスカさん! 大変ですっ!」
「どうしたのですか?」
ネトレとダイルナが黄泉の国へと向かう儀式を行っている最中。
2人の警護に付いているアイとシアンスカの元に、フロンティアのメンバーである冒険家の1人が飛び込んできた。
「じ、実は……王城で、クーデターが起きたみたいで!」
「「クーデター!?」」
「はい、貴族のザークが……私兵や、複数のギルドの冒険者を使って、城を包囲したらしくて……それで、それでぇ……」
「……まさか?」
「ゾフマ陛下が……殺害されたという、知らせも……!」
「あの……陛下が? 死んだ?」
ゾフマの訃報を聞き、シアンはその場に崩れ落ちる。
それを慌ててアイが抱きとめるが、シアンの顔には生気が無く……まるで死人のように青ざめていた。
「……あの変態。私に何も言わずに死ぬなんて、本当に……馬鹿ですね」
シアンスカがゾフマと初めて会ったのは3年前。
ダイルナが自分の義理の娘だと紹介した際に、ゾフマは目をハートにしながら、シアンスカに求婚してきた。
サキュバスの力など関係なく、この幼い容姿に惹かれたという男に。
シアンスカは拒否こそすれど、不思議な嬉しさを覚えたものだ。
そしてそれから懲りずに毎回、会う度にゾフマはシアンスカに求婚してきた。
それを受ける事は勿論、彼に対して恋心を抱く筈など無かったが……だとしても。
シアンスカはゾフマの事が嫌いではなかった。
口では暴言を吐きつつも、第二の父親のようだと……彼の事を慕っていた。
「私とネトレさんの娘に、求婚するとかほざいていたくせに……」
「先生……」
「笑えないですよ、本当に」
シアンスカの周りに、空間を歪める程の膨大な魔力が立ち込める。
怒り。殺意。様々な負の感情が彼女の中で渦巻き、それが魔力という形で吐き出され続けているのだ。
「……ダメだよ。私達の役目は、ネトレさんを守る事だから」
「分かっていますよ、アイさん。私は……このフロンティアで、ネトレさんとダイルナさんを守り抜きます。ですが……」
「……うん。そうだね」
「もしも連中が、この場所へ来るようなら――」
「大暴れ、しちゃおっか」
この日、ザークの配下の中で……フロンティア襲撃を命じられた者達は幸運だろう。
なぜならば、こんなにも美しい少女達の手によって――
苦しむ暇すら与えられず、あの世へと送られる事になるのだから。
【黄泉の国へと続く道】
黄泉の国を目指し、迫りくる亡者の群れを蹴散らして進む俺とダイルナ
「はぁっ、はぁっ……! キリがないな!」
「まさか、これほどの数だなんてぇ……!」
しかしどれだけ倒しても、亡者の数が減る事はない。
このままだといずれは追いつかれ、亡者の群れに飲み込まれてしまうだろう。
「……しょうがないわぁ。ネトレ君、ここは私が囮に……」
「ダメです! そんなの、絶対に認めません!」
「でもぉ、そうでもしないとぉ……!」
片方を囮にすれば、もう片方は生き延びられる。
それは理解しているが、だからと言ってそんな方法は選びたくない。
「俺は諦めない、最後まで……!」
「ネトレ君……」
「俺を待ってくれている女達の為にも、こんな場所でくたばっていられるかよ!」
俺は剣を振るい続ける。
たとえ、勝算が0に近いとしても……関係ない。
やるか、やらないか。俺にとってはただの2択でしかないんだ。
「うぉぉぉぉぉぉっ!」
亡者を切る。コイツらは大した戦闘力は持たない。
体力さえ、気力さえ続けば倒して進んでいける。
だから、心を折るな。命を燃やしてでも、戦うんだ!
「ハハハハハッ! それでこそ、余が認めし勇者よな!」
「……え?」
亡者を数体、倒したところで……他の亡者達の動きが止まる。
よく見れば、亡者達は俺やダイルナではなく、全く別の方向を見ているようだ。
その方向を見ると、白く輝く――淡い光の球が浮かんでいた。
「ネトレよ。ここは余に任せて、先へ進むがいい。貴様がこんな場所で死んでは……余の可愛い姪や、シアンたんが悲しむからな」
光の球が形を変えていき、やがて人となる。
その声、その言葉、そして、その姿は……まさしく。
「どうして、貴方が……こんな場所に?」
「ネトレ君っ! 急いでっ! 早くっ! 今の内よっ!」
動揺する俺の手を無理矢理引いて、ダイルナが駆け出す。
彼女の顔を見ると、その両頬には大粒の涙が伝っていた。
ああ、そうか。
やっぱり、そうなんだな。
「……ありがとうございます、陛下」
俺は一度だけ頭を下げて、そのまま駆け出していく。
何がどうなって、こんな状況になったのかは分からない。
それでも、俺のやる事は変わらない。
黄泉の国の烙印を手に入れ、現実世界へと戻り……封魔剣の封印を解く。
「俺……必ず、やり遂げますから」
そして、それが終われば――真っ先に陛下の仇を取ってやる。
誰が相手であろうと、絶対にな。




