52話:死を前にして
【サンルーナ フロンティア本部】
「ここで、呪術を行うんですか?」
「ええ、そうよぉ。正直に言うと、場所はどこでもいいんだけどねぇ」
封魔剣の封印を解く為に必要なモノを揃えるべく、黄泉の国へと向かう事になった俺とダイルナは……現在、フロンティア本部の一室で、ベッドに並んで横たわっている。
「ただ、疑似転生の呪術を行っている最中は無防備になるから……自分達の身をしっかり守れる場所に籠もるのが1番よ」
「フロンティアなら、ギルドのメンバー達がいるし……そこにアイとシアンが加われば、大抵の問題はどうにかなりますからね」
「そういう事。だから安心してぇ、ネトレ君を黄泉の国へと案内出来るわぁ」
ダイルナはそう話しながら、俺の手を握ってくる。
どうやらいよいよ、疑似転生の呪術とやらを行うらしい。
「黄泉の国には、様々なルールがあるのよぉ。絶対に、私の言う事に従ってちょうだい」
「はい、分かりました」
「ふふっ、いい返事ね。それじゃあ……瞼を閉じて」
俺はダイルナに言われるがままに、瞳を閉じる。
そうして真っ暗になった視界の中で――どれほどの時間が経っただろうか。
「……ダイルナ?」
何も起きない。本当に呪術なんて行っているのか?
俺が疑問を懐き、ダイルナへと声を掛けた瞬間――
「もう、目を開けてもいいわよぉ?」
「えっ……? なっ!?」
ダイルナの指示で目を開いた俺の視界に広がっているのは、見た事も無いような断崖絶壁の淵であった。
しかも、さっきまで確かにベッドで横になっていた筈なのに、今はダイルナと手をつなぎながら立っている。
「……本当にここが、黄泉の国なのか?」
空は暗く淀んでおり、陽の光も一切差し込んでいない。
しかしそれでも周囲をこうして見渡せるのは、地面の至るところから、火の柱が吹き出しているからだ。
あの世、というよりは……単純に、地獄というイメージに近い風景だと思った。
「いいえ、ここはまだ黄泉の国ではないのぉ。その入口前ってところねぇ」
「そうなんですか?」
「ええ。だからぁ、この道を進んでぇ……冥府の門を抜けなきゃいけないのぉ」
「じゃあ、急ぎましょう」
「でもぉ、気を付けないとダメよぉ。この辺りには死してなお、黄泉の国へと入れなかった哀れな亡者達が徘徊しているからぁ……あっ!」
そんなダイルナの説明に呼応するかのように、周囲から一斉に呻き声が響いてくる。
どうやら、その亡者とやらの大群が……こちらに迫っているらしい。
「どうやら、簡単に黄泉の国へは行けないようですね」
「はぁ、嫌になるわねぇ。ゾンビの相手なんてぇ、気が滅入っちゃう」
俺とダイルナは背中を合わせ、亡者達の襲来に備える。
さーて、ここからがいよいよ本番だな。
【フロンティア本部】
「うわっ、ネトレったら本当に死んじゃってるー」
「勝手に触ったらダメですよ、アイさん」
ネトレとダイルナが黄泉の国へと向かっている中。
フロンティアにて留守番を任されているアイとシアンは、仮死状態となっているネトレ達の様子を見に来ていた。
「よよよ……新婚早々、未亡人になるなんてぇ」
「なりません……」
「えっ?」
「なりませんっ!」
「先生の顔、こわっ!?」
普段の物静かなシアンらしからぬ、尋常ではない迫力の叫び。
その勢いに気圧されたアイは冷や汗を流しながら、後ずさりをしている。
「あ、いえ。ネトレさん達が死ぬわけないじゃないですか。あははは」
「ごめんね、ふざけちゃって。でも、そうでもしていないと……不安で押しつぶされちゃいそうになるから」
アイはそう答えながら、まだ温もりの残るネトレの手を握る。
それを見て、シアンも同じように残る片方の手を握りしめた。
「ネトレさん……頑張ってください。アナタが戻ってくるまで、私達が必ずや守り抜いてみせますから」
「うん。でも……先生。ちょっと、いいかな?」
「はい。なんでしょうか?」
「どっちかは……ダイルナの手を握ってあげた方が良くない?」
美少女2人に挟まれるネトレに対し、いつのまにかベッドの端に追いやられ、今にもベッドからずれ落ちそうになっている仮死状態のダイルナ。
誰がどう見ても、可哀想な状況に陥っている。
「……アイさんがどうぞ」
「えぇ!? 私、ダイルナと大して話した事も無いのにぃっ!」
「アイさんは昨日結婚したんだから、いいじゃないですか! ここは譲ってください!」
「やぁーだぁー! やぁーだぁーっ!」
「私だって嫌ですー!」
愛しい人の仮死体の両腕を引っ張り合いながら、喧嘩する2人。
その衝撃でダイルナがベッドから落ちて、ごっつんと床に頭をぶつけている事に気付くのは、まだまだ先の話であった。
【精霊の森 入り口】
「まさか、この森の奥にエルフの里があったとはな」
アイとシアンがネトレを巡って争っている頃。
別働隊として、エルフの里を目指しているガティ達は……ようやく、精霊の森へと到着していた。
「前に修行していた時には、少しも気付きませんでしたね」
「エルフ達は人の目を避けて暮らしていますから、そう簡単にはたどり着けないようになっていますのよ」
「あんだけ綺麗な種族なんですし、もうちょっと表に出てくればいいんすけどねぇ」
前を進むガティ、ヘダの後ろに続いて森を進むサノアとエイテ。
エルフとの交渉役である処女3人と護衛役1人のパーティだ。
「そんな種族が、我々に力を貸してくれるのか? 門前払いを受けそうなものだが」
「心配は御無用ですわ、女騎士さん。エルフ族とサンルーナ皇族は懇意にしていますの。ワタクシが直接出向けば、必ずや話し合いに応じてくれますわ」
「あーしの占いでも、大丈夫って出ているっすよ。ただ……」
エイテは水晶玉を懐から取り出し、その中を覗き込みながら……眉間に皺を寄せる。
「なんだか、嫌な影がこっちへ近付いて来ているっす。2つの大きな影……その内の1つは、なんかドロドロとしていて……恨みたっぷりって感じ?」
「ず、随分と怖い……占い内容ですね」
「2つの影か。恐らくそれが、サノア殿が危惧されている……お父上の妨害だろう」
「急がないといけませんわね。一刻も早くネトレを皇帝にして、お父様が馬鹿な事を考えないように……」
歪んだ父の思想をいくら否定していても、血の繋がった実の父である。
だからこそ、父が取り返しの付かない事をしでかす前に……止めてあげたい。
その想いが、サノアにはあった。
「ああ、そうだな。だが、安心してくれ。誰が妨害に来ようと……必ずや私の剣で守ってみせよう」
みんなを安心させる為か、得意げに笑ってみせるガティ。
だが、そんな彼女の頼もしい笑顔は……もうすぐ、曇る事となってしまう。
なぜならば、彼女達の元へ迫っている2つの影。
それらの正体は――ガティにとって、忌まわしい過去の置き土産なのだから。
【サンルーナ王城 謁見の間】
「ザーク、余に何の用だ?」
「……陛下。お久しぶりでございますな」
サンルーナの王城。その謁見の間にて、2人の男が向かい合っている。
片方はこの国の皇帝であるゾフマ・セジャーウ・サンルーナ。
そしてもう1人は、皇帝の姉を妻とした大貴族……ザーク・ビスト・クラウディウスだ。
「陛下はいつも、仰っていましたね。この国を変えたいと」
「……それがどうした?」
「いえ、その考えに私も賛同しましてね。お力になりたいと思うのですよ」
「何を白々しい事を。余が変えようとする、この国の抱える負の構図。その象徴とも呼ぶべき貴様が……」
ザークの言葉に、不快感を隠そうともしないゾフマ。
しかしそんな皇帝の表情を見ても、ザークの顔色は変わらない。
ニヤニヤと気色の悪い笑みを浮かべ、ゾフマを見つめ続けている。
「嘘ではございませんよ。この国は間違っている。ですから、私がこの手で……サンルーナを新しく作り変えなければならない」
「貴様、何を……?」
「こういう事ですよ」
パチンと、ザークが指を鳴らした途端。
謁見の前に大勢の兵士達が流れ込んでくる。
その全員が武器を構えながら、ゾフマの周囲を一気に取り囲んでいく。
「クーデターか。いつやるかと愉しみにしていたのだが、まさか今日とはな」
「陛下が悪いのですよ。大人しく皇位を譲ればいいものを。妙な男をサノアにけしかけ、時期皇帝に据えようとするとは」
「ネトレか。あやつは実に骨のある男のようだな。我が愛しのシアンたんを籠絡したばかりか、我が姪も虜にしたらしい」
「ふざけるな。我が娘を、あんなみすばらしい男などに――」
「戯言を申すな、ザーク」
「!?」
ザークが発した怒りの籠もった呟きを遮るゾフマ。
サンルーナの皇帝は、この絶体絶命の状況の中でも……その雄大で荘厳な態度を崩す事無く、自信に満ち溢れている
「サノアは貴様のような蛆虫の娘ではない。我が姉の娘にして、余の姪であるぞ。履き違えるなよ、下郎が」
「き、きっ、貴様ぁっ! 状況が分かっておらんようだなぁ!」
ゾフマの言葉に、怒りが頂点に達するザーク。
彼は目を血走らせ、醜く唾液の飛沫を撒き散らしながら……兵士達へ命じる。
「殺せっ! この男を、サンルーナの皇帝を殺した者を貴族にしてやる!」
「……やれやれ、しょうがない奴だ」
目の前にぶら下がる、成り上がりの餌を前にして――兵士達の目の色が変わる。
もう間もなく、彼らは我先にとゾフマを殺す為に襲いかかるだろう。
「さっさと引退して、幼稚園の先生でもやりたかったのだが……無理そうだな」
「「「「「「「「「「かかれぇーっ!!」」」」」」」」」」
「ネトレ、サノアよ。この国の未来は任せたぞ」
兵士達が一斉に剣を振り上げ、ゾフマへと斬りかかる。
そして、謁見の間に大量の鮮血が舞い散り――やがて、王城は静寂に包まれた。




