51話:迫りくる刺客
アイとの結婚式を終えて、翌日。
俺は今回、アイとダイルナと共にクラウディウス邸を訪れていた。
「……という事情があって、俺は昨日アイと結婚したんだ」
「んふふぅー! 新妻スライムのアイだよーっ!」
昨日の経緯をサノアに説明する俺の腕にしがみつきながら、幸せ満点オーラで自己紹介するアイ。
サノアは話の途中、何度も唖然とした顔を見せていたが……俺の話が終わると、真っ先にこう切り出してきた。
「それで……ワタクシとの婚姻を解消しますの?」
「俺はそのつもりだったんだが……」
「もういいよ。ネトレが【1番】愛しているのは、私だって分かったしぃ……どれだけ結婚しても気にしないから」
くねくねくねと、身をよじりながら惚気倒すアイ。
そんな様子だから、昨晩の新婚初夜がガティ達の乱入でなぁなぁになってしまったというのに……まるで反省していない。
「ただ、アイが許しても……サノアが許してくれなければ意味が無い。だから俺は……」
「あら、それなら何も問題ありませんわ。何番目だろうと、ワタクシがアナタと結婚できるのであれば」
婚姻を辞退しようとした俺の言葉を遮り、そう言ってのけるサノア。
「……いいのか?」
「昨日も言いましたけれど、誰と寝ようが、愛し合おうが構いませんわ。最後にこのワタクシの隣にいてくれればいいんですの」
まっすぐに俺の顔を見つめながら、サノアはきっぱりと答える。
うっ、いかん! その強い意志を秘めた瞳に、俺はクラっと来ちまうんだよ。
「ぷっ、ぷぷーっ! ネトレが最後の相手に選ぶのは……うぇへへへ……♪ あんな情熱的なプロポーズを受けちゃった私ってば……し・あ・わ・せ♪ きゃーっ!」
「……すまない。後でコイツにはお説教しておくから」
「ええ。そうして頂けると、私の溜飲も下がりますわ」
俺の隣ではしゃぐアイの姿を見て、流石にちょっとこめかみに皺を寄せるサノア。
本当に、申し訳ない事をしたと思う。
「ダメでしょぉ、アイちゃん。二人のお話の邪魔をしちゃ、めっ!」
「だってだってだって! 嬉しいんだもん! 嬉しすぎるんだもーん!」
「……説明しやすいと思って連れてきたのが失敗だったか」
「いいえ。当面の敵の顔を覚えられて、ワタクシ……嬉しいですわ。うふふふ……」
にっこりと微笑んで見せるサノアだが、その瞳はまるで笑っていない。
金色の筈の瞳が、真っ黒に濁って見えるほどに。
「では、婚約に問題は無いという事で。今後の話を始めてもよろしくて?」
「あ、ああ」
「早速ですけれど、【封魔剣】の封印を解こうと思っていますの。その儀式の準備について、ご説明致しますわ」
「儀式?」
「膨大な力を持った国宝ですもの。封印を解くには、それなりの準備が必要ですのよ」
なるほどな。強い力を手にする為には、多少の労力は覚悟しないといけないか。
「儀式に必要なモノは全部で3つ。1つ目は皇族の血を引く乙女。2つ目は精霊の森に祀られている聖女の衣。そして最後の3つ目が……黄泉の国の烙印」
「精霊の森……黄泉の国?」
唐突に出てきた幻想的なワードに、俺は動揺を隠せない。
なんというか、手に入れるのがとても困難な代物に思えるのだが……
「精霊の森は、サンルーナの南に広がるエルフ達の森ねぇ。友好的な種族だしぃ、儀式の為だと言えば聖女の衣を貸してくれる筈よぉ」
「そうなのか。じゃあ、そっちは問題なさそうだな」
「でもぉ、精霊の森にあるエルフ達の村に入れるのは清らかな乙女だけぇ。要するに、処女じゃないといけないのよぉ」
「……処女?」
という事はつまり……
「はいはいはーい! 新婚ホヤホヤ新妻の私が……」
「お前は絶対に無理だろ。ヘダなら、なんとかなるかもしれないが」
ケツ穴での経験アリを非処女とみなすのかどうかが問題だけど。
「私も無理だわぁ……」
「そっちはワタクシとエイテで向かいますわ。他に、腕の立つ方がいてくれると心強いのですけれど……」
「なら、元勇者パーティだったヘダを連れて行ってくれ。きっと力になるはずだ」
「了解しましたわ。それで、問題となるのは……黄泉の国ですわね。これは魔封剣の担い手となるネトレ本人が向かう必要があるのですけれど」
黄泉の国、というと……死後の世界の事だよな?
そんな場所に、どうやって足を踏み入れるというのか……
「黄泉の国への行き方は、ワタクシよりも……ダイルナの方が詳しいかしら?」
「そうねぇ、なんとかなると思うわぁ。疑似転生の呪術を使えば、一度仮死状態にしてぇ……それから蘇生させられるものぉ」
やはり黄泉の国へは、一度死なないと行けないらしい。
となれば、ダイルナの呪術を頼るのが現実的か。
「えー!? ネトレが一回、死んじゃうって……コト!?」
「そうなりますわね。危険な賭けではありますけれど、儀式のためには避けられませんわ」
サノアもその点は危惧しているのか、少々心配そうな顔をしている。
かくいう俺も、一度死んだ事など無いから……ちょっぴり怖い。
「黄泉の世界へは私が同行するわぁ。その方が、しっかり蘇生までナビゲート出来るものぉ」
「でも、そうなると……ダイルナも仮死状態になるって事ですよね。アナタまで、そんな危険を侵す必要は――」
「構わないわぁ。私も早く、アナタに相応しい女になりたいんだものぉ」
パチンとウィンクをして、微笑むダイルナ。
本当に俺の周りには、良い女ばかりで参っちまうな。
「では、まずは旅立ちの準備ですわね。それが整い次第、さっさと出発しますわよ」
「おいおい、何もそんなに急がなくても……」
「いいえ。急ぐ必要がありますのよ」
「どういう事だ?」
入念な準備を済ませてからでも、と思ったが……何やら、理由があるらしい。
「お恥ずかしい話ですけれど、ワタクシのお父様が……裏で何やら、動いているみたいですの」
「サノア様のお父様というと……ザーク様の事ですよねぇ?」
「そうよダイルナ。アナタもすでに知っているでしょうけど、お父様はワタクシを利用し、皇帝の座を狙おうと企んでいますの」
「わーおー。そりゃまた、ひっどいお父さんだねー……あいたたたっ!」
「アイ、茶化すんじゃない。それよりもサノア、裏で動くって……?」
俺はアイのほっぺたをぐいっと引っ張って注意しつつ、サノアに訊ねる。
「詳しくは分かりませんけれど、エイテの仕入れた情報によれば、フロンティア以外のギルドを支配下に置いたり……エクリプスの騎士と密会したりしているとか」
「そんな……! ザーク様ともあろう方が……!」
「ダイルナ、お父様は昔からそういう方よ。あの人には、お母様もワタクシも……政治の道具にしか見えていませんでしたの」
なんと、物悲しい言葉だろうか。
こんなにも辛い境遇を、なんでもない事のように話しているサノアの内心を思うと……胸が締め付けられるように苦しくなる。
「……ふふっ、お優しいんですのね、ネトレ」
「え?」
「顔に出ていましてよ。ワタクシなら大丈夫ですわ」
俺の同情を見透かしたのか、サノアは気丈に笑顔を見せる。
ああ、この子は本当に――いい子だな。
「分かった。じゃあ、すぐに準備を終わらせよう」
彼女の厚意を無駄にしない為にも、俺は必ずや封魔剣を覚醒させる。
そして、サノアと結婚し――この国の皇帝となってやろうじゃないか。
【サンルーナ 城下町 入場門】
サンルーナ国内へと入る為に、必ず通る必要がある入場門。
そこに、4人の男女がやってきていた。
「へぇ、これがサンルーナか。ウチよりも儲かってそうだなぁ」
4人組の中の1人、長身細身の男が門を見上げながらそんな声を漏らす。
「金払いがいいなら、こっちに鞍替えしようかねぇ」
「馬鹿言え。ここへ来たのは任務だという事を忘れるな」
そんな細身の男の軽口を諌めるのは、隣に立つ筋骨隆々の大男だ。
彼は身の丈を超える程の巨大な大剣を背負っているというのに、まるでその重みを感じさせないように軽々と歩いている。
「へーへー、4番隊の隊長様は真面目だねぇ」
「全く、どうして陛下はお前などに5番隊を任せておられるのか……そこにいる彼女の方が、まだ隊長に相応しいだろう」
大男が振り返り、後ろを付いてきている女性へと目を向ける。
「そろそろ、イヴィルの後任が必要だ。お前が隊長になればいいだろうに」
「……アタシは副隊長です。3番隊の隊長はイヴィル様しかありえません」
光を失った暗い瞳で、無表情のまま答える少女。
それを見て大男の隣の細身の男が、ゲラゲラと笑う。
「いいねぇ、いいねぇ。死んだ男の事をいつまでも、引きずるその地雷な感じ!」
「よさんか、馬鹿者めが」
「……」
細身の男の挑発に、眉1つ動かさず無反応の少女。
その一方、少女の隣を歩く最後の1人……白髪の女は気だるそうに、あくびを噛み殺していた。
「ねみぃ」
「お願いしますから、少しはやる気を出して頂けませんか?」
「むりぃ」
「おいおい、今回俺らが始末する奴の1人はアンタの元部下なんだぜ? もうちょい、気合を入れてもバチは当たらねぇぜ?」
「きょうみねぇ」
大男と細身の男の言葉を受けても、眠たそうにまぶたを擦るだけの白髪の女。
そんな彼女を、隣の少女は恨めしそうな顔で睨みつけている。
「……まぁいい。本来なら、手が出せない場所へと逃げ込んだ罪人達だが……幸運にも、手引してくれる者が現れたのだ」
大男は懐から、2枚の紙を取り出す。
それは――片方にはネトレの顔、もう片方にはガティの顔が描かれている手配書だ。
「ニセ勇者ネトレ。裏切りの騎士ガティ。この両名を……必ずや断罪するぞ」
封魔剣パンドラの封印開放を目指し、動き出したネトレ達の元へ迫りつつある刺客。
それはかつて、彼らが捨てた故国――エクリプスの誇る王国騎士団の隊長達であった。




