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50話:ハッピーエンドはすぐそこに

【サンルーナ 展望台】


「うっ、うぅっ……ぐすっ、ひっく……」


 サンルーナの城下町全体を見渡せる展望台。

 今夜は晴天という事もあり、夜空に浮かぶ綺麗な星々と、眼下に広がる街の灯りのコントラストが……実に美しい。

 そんな綺麗な景色が目の前にして、美少女が泣いている姿というのは――なんとも、アンバランスなものだと思う。


「……見つけたぞ、アイ」


「っ!?」


 展望台の柵に寄り掛かるようにして泣いていたアイを見つけ、俺は背後から声を掛ける。

 するとアイは驚いたように、泣き腫らした瞳でこちらを見た。


「ネト、レ……? なんで、ここが……」


「ここに続く道の途中……若い男が何人も、呻きながら転がっていたからな」


 地面に倒れている男達は、何者かに殴られたようにダメージを負っていた。

 やったのは間違いなく、アイだろう。


「スライム状態を見られて、襲われたのか?」


「ううん、違うよ。すぐにこの姿に戻ったから」


「じゃあ、どうして……?」


「……だって、俺が慰めて上げるよ、とか言って近付いてきたから」


「ナンパかよ」


「うん。ネトレ以外に、触られたくなかったから……ぶっ飛ばした」


「俺だって、お前を他の男に触らせたくないさ」


 そう答えながら、俺はアイの隣に並ぶ。

 アイは一瞬、ビクッと反応したが……すぐに、俺から視線を逸らした。


「……ごめんね、ネトレ」


「アイ?」


「私……ネトレを困らせたくなんか、無い……のに。でもね、どうしても……胸の奥がチクチクして、頭の中が爆発しそうになっちゃうの」


 苦しそうに話すアイの髪と瞳の色が、青から赤へと変わっていく。

 いや、完全な赤に染まりきっていないところを見るに……怒りともまた違う感情で、戸惑っているのかもしれない。


「ネトレの1番になりたい。ネトレに1番愛される女の子でいたい。だから、私以外の誰かがネトレのお嫁さんになるって聞いて……それで……」


「じゃあ、やめるか」


「……ふぇ?」


「サノアとの婚約は、無かった事にするよ」


 俺はアイの肩に手を回して、自分の方へと引き寄せる。

 だが、アイは俺の言葉を信じられないという風に……首をブンブンと左右に振る。


「嘘っ……! だって、ネトレは……強くなりたいんでしょ?」


「そうだな」


「だから、サノアと結婚して封魔剣を手に入れたいんでしょ!?」


「ああ。喉から手が出るほど、封魔剣とやらが欲しいよ」


「だったら……!」


「でもな。お前の方が大切だ」


 俺はアイの頬に手を添えて、無理矢理に俺と視線を合わさせる。

 そうして見つめ合う事で……俺達の気持ちはきっと通じ会える。

 俺が嘘偽りの無い本心で話していると、伝わると思うから。


「ずっと前に約束したろ? お前を1番に愛するって」


「うぇっ!? だ、だけど……それは、私を味方にする為の……」


「嘘だった」


「っ!」


「否定はしないよ。俺は、生まれたてで純粋無垢なお前を言葉巧みに騙して、処女を奪い、利用したんだ」


 あの時の俺は、アイの事を好きでもなんでも無かった。

 ただ、都合の良い手駒として。

 寝取りの能力で虜にし、復讐を果たす為の道具にしようとしていたんだ。


「ううぅっ……」


「だけどな、アイ。お前はすげーよ」


「……私が、すごい?」


「だって、今じゃこうして……俺はお前の事を、本気で愛しているんだからさ」


 最初は愛情など無かった。

 でも、感情が希薄で、機械のようであったアイが……俺と触れ合う内に、どんどん人間臭くなって。感情を激しく起伏させるようになっていって。

 いっぱい笑い合って、エッチもして、助けて貰って。

 ずっと一緒にいる内に――俺にとって、無くてはならない存在になっていた。


「あうっ……!? ネトレが、私を……?」


「大好きなお前が悲しむのなら、そんな方法なんか選ばない。もっと別のやり方で、俺は今よりも強くなってやるさ」


「ネトレ……ネトレっ、ネトレネトレネトレぇっ!」


 ポロポロと涙を溢しながら、アイは俺にしがみついてくる。

 そして、すっかり青に戻った瞳で俺の顔を見上げ……溜め込んでいた感情の波を吐き出していく。


「私ね、ずっと不安だったの。ネトレの周りに女の子が増える度に、いつか私の事を……捨てちゃうんじゃないかって!」


「……そんなこと、あるわけないだろ」


「私は馬鹿だから、ネトレの事を信じられなかった。だから、誰よりも先にネトレと結婚して……1番である証が欲しかったの。私、ネトレの1番になりたかったの!」


 ああ、そうか。それであんな風に駄々をこねていたというわけか。

 そんな風にアイを不安がらせていたばかりか、彼女の心の叫びを俺は……ただのワガママなんじゃないかと思ってしまった。

 責められるべきはアイじゃない。どう考えても、俺の方だ。


「……ゴメンな、アイ。不安にさせて」


「ううん、もういいの。ネトレが私の事を大切にしてくれているって、ちゃんと分かったから。もう、ワガママ言ったりしないよ?」


 アイは俺の胸に顔を押し当て、幸せそうに瞳を閉じる。


「ネトレ、好き……大好き。何番目でもいいから、ずっと傍にいさせて」


「……お前な」


「いたぁっ!?」


 俺はこの期に及んで、ふざけた言葉を吐くアイのおでこにチョップをお見舞いする。

 そして、彼女の手を強引に引っ張ると……もと来た道を引き返す。


「ネトレ? ちょっ、そんなに引っ張ると痛いよ……!」


「いいから黙って付いてこい」


 アイの手を引いたまま、まだ転がっているナンパ男共の脇を通り抜け。

 最終的に……フロンティアの前までたどり着く。


「フロンティア……?」


「アイ。一度しか言わねぇから、よーく聞いておけよ」


「う、うん」


「お前は俺の初めてを奪った女だ」


「……うん?」


「そんでもって、俺の予定では……俺の最後の相手も、お前のつもりだ」


「えっ……? それって……」


「どれだけ多くの女を愛して、抱こうとも……それだけは絶対に曲げない。俺が最後に愛する女はアイ、お前しかいねぇ」


「あっ、あぁ……」


「そういうわけだからさ」


 俺はフロンティア本部の扉に手を掛け、ゆっくりと開いていく。

 その先に広がる光景を見て、アイは……感嘆の声を漏らした。


「ふわぁ……」


 室内中を彩る花々やロウソクの装飾。

 そして、まっすぐに敷かれた赤いカーペットを挟むようにして、二列に並んで道を作っている……参列者達。


「これって……結婚式場?」


「俺とお前の為の、な」


 そう。俺がフロンティアを出る前、ガティ達に頼んだのは……この準備。

 ギルドの広間を、結婚式場のように装飾しておいてくれというものだった。

 幸いにも、近くに教会があるとのことで、準備にはさほど時間は掛からなかっただろう。


「指輪もタキシードも、ウェディングドレスすらも準備出来てない。そんなお粗末な結婚式だけど……この気持ちは本物だ」


 俺はアイの左手を握り、一歩前へと踏み出す。


「アイ……俺と、結婚してくれるか?」


「~~~~っ!」


 俺のプロポーズを聞いたアイの両の瞳から、再び大粒の涙が零れ落ちる。

 しかし、アイはすぐにゴシゴシと涙を拭い去ると……俺が今まで見てきた、どんな表情よりも可愛らしい笑顔で、小さく頷いてみせた。


「はい。喜んで」


「そうか。じゃあ……行こう」


「あっ、待ってネトレ」


 バージンロードを進もうとした俺を引き止め、アイがうーんと唸りだす。

 何をしているのかと疑問に思った俺だが、その謎はすぐに解消される事になった。


「むむむ……っ! えーいっ!」


 アイの体が一瞬、ぐにゃっと形を変えたかと思うと……瞬きをする間に、その格好は綺麗な純白のウェディングドレス姿へと変わっていた。


「えへへへっ……似合ってる、かなぁ?」


「ああ、世界最高に可愛いよ」


 世界一の花嫁の手を引き、今度こそバージンロードを進む。

 目指すは、その奥で待ち構える……神父役のヘダの目の前だ。


「くっ……! 悔しいが、お似合いだな」


「アイさーん! ブーケトスは私の方にお願いしますよ?」


「あらぁ、シアンちゃん。そういうのは早いもの勝ちよぉ?」


「しくしくしく。何が悲しくて、恋敵の結婚で神父役を……」


 参列者に混じるガティ達や、神父代行のヘダも俺達を祝ってくれている。

 そんな彼女達に、アイはペコリと頭を下げながら前へ進む。

 この結婚という舞台を整えてくれた彼女達への、アイなりの感謝なのだろう。


「ねぇ、ネトレ」


「うん? どうした?」


「私、すっごく幸せ……!」


「!」


「きっと、世界中の誰よりも……ううん、過去、現在、未来全ての誰よりも……幸せに決まってる!」


「ははっ、そうか! そいつは良かった!」


「うんっ! だからね、ネトレにも幸せのおすそ分け!」


 俺の愛しい花嫁は、くいっと俺の首に手を回す。


「私達、ずっと! もっと! いーっぱい! 幸せになろうね! んちゅーっ!」


「お、おいっ! それはまだ早い……むぐっ!?」


 そして、まだ神父代行が指示もしていないというのに――


「ちゅぅーっ! ちゅっちゅっ、ちゅぅーっ!」


「「「「あああああああああああああああああっ!」」」」


 完全にフライングな誓いのキスを行い、

 参列者達に悲痛な叫び声を上げさせるのであった。

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