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49話:スライム、逃げ出した後


「ふんふふ~ん♪」


 クラウディウス邸の数多くある部屋の1つ。

 大量の衣類が保管されている場所で、サノアはスキップしながら、ドレス選びに浮かれていた。

 ハンガーに掛かった衣類をずらし、どれにするかと考えていると。

 ズラした衣類の奥から、ひょっこりと1人の少女の顔が飛び出す。


「おや、お嬢。ご機嫌っすね」


「きゃっ!? エイテ!? いつからそこに!?」


「フフフ……」


 ニヤリと笑いながら、クローゼットから出てくるエイテ。

 そんな彼女に驚きつつ、サノアは選んだドレスを自分の体に当ててみる。


「これがいいかしら?」


「お似合いっすよ。あーし的には、もっと首にアクセ巻いた方が……」


「派手なのは好きじゃありませんの。ネトレも、そういう感じっぽいですし」


「もうすっかり、ネトレっちの彼女って雰囲気っすねー。ひゅーっひゅーっ!」


「茶化さないで。これでも本気なんですのよ」


 からかってくるエイテを叱りつつも、次々とドレスを品定めするサノア。

 その姿を後ろから眺めつつ、エイテはますます笑みを浮かべる。


「何も明日に仕切り直しせずとも、今夜泊まってもらえば良かったのに」


 そう。エイテの言うように、ネトレ達は既に帰ってしまった後。

 封魔剣や結婚に関する話は、翌日に持ち越したのである。


「ダ、ダメですわ! まだワタクシ……心の準備が、整っていませんもの」


「だったらぁ、明日には整うんすかぁ?」


「それは……」


「なら、ドレスだけじゃなくて……勝負下着を決めておかないと! ほら、このスケスケパンティなんて、どうっすか?」


「なっ!? そ、そんなの……破廉恥すぎますわっ!」


「えー? じゃあ、こっちで」


「もはや、ただの紐じゃありませんのっ!」


「お嬢ってば、ワガママっすねぇ」


 わちゃわちゃと騒ぎながらも、なんだかんだ仲の良い姉妹のように笑い合う二人。

 エイテの占いによれば、もうすぐサノアはネトレの子供を身ごもる。

 そして同じ頃合いに、エイテも彼女に続く事となる。


「あーしなら、このミニスカドレスで……」


「もーうっ! 邪魔しないでぇーっ!」


 その運命のヒット・デイは、果たしていつになるのやら。


【フロンティア本部】


 一方その頃。サノアとの婚約を果たし、フロンティアへと戻ったネトレ。

 彼は戻って早々に、アイ、ガティ、ヘダの3人に……今日の事を話したのだが。


「やだやだっ! やぁーだーっ! そんなの絶対にやぁーだぁーっ!」


「「「「「……はぁ」」」」」


 駄々をこねる子供の如く、床の上で仰向けとなり、両手両足をバタつかせるアイ。

 さっきから十数分もの間、ずっとこうして泣きわめいているのである。


「アイ、聞いてくれ。結婚と言っても、形式的なもんで……」


「やーなの、やーなのっ、やぁーなのぉーっ! ネトレと結婚するのは私なのっ! お嫁さんは私じゃなきゃ、やぁーだぁーっ!」

 

「落ち着け、アイ。ネトレの為ならば、自分の感情を押し殺す。どんな事でもすると誓い合ったではないか」


「そうですよ。ネトレさんが次期皇帝になるのなら、喜ぶべきです」


 ネトレの説得にも耳を貸さないアイを見かねて、ガティとシアンが助け舟を出す。

 本来であれば彼女達とて、あまり気分の良い話ではない。

 しかし、愛するネトレの目標に近付くのであれば……この程度の嫉妬心は抑えなければならない。その自制心が、二人にはあった。


「あらまぁ。大変だね、ネトレ坊やも」


「青春よねぇ。私からすればぁ、ネトレ君に愛されているだけでも羨ましいのにぃ」


 酒場のカウンターで、マスターと話しながら様子を見守るダイルナ。

 ネトレのハーレムの中に未だ加わっていない身としては、この問題に口を挟めないのだろう。


「堪えましょう、アイ様。ネトレ様の為なんですから……」


「うっ、うぅぅぅぅぅっ……! ひぐっ、ひっく……ぐすっ、うぇぇぇ……ゔぇぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! ネトレのお嫁さんはわたしなのぉぉぉぉぉおっ!」


「ええいっ! 泣くなっ! いい加減にしろっ!」


「アイさん、そんな態度ばかりだと、ネトレさんに嫌われてしまいますよ?」


「ずびぃっ……! ネトレに嫌われる……? そんな、そんなの……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!」


「おいっ! アイ!」


 シアンの言葉がトドメになったのか、アイは人間態から巨大なスライムの姿へと変化すると、そのままズルズルと滑るようにしてギルドを出ていってしまった。


「……シアンスカ」


「すみません、少し言い過ぎました」


 流石に自覚があるのか、しゅんと項垂れるシアン。

 ガティの方も、キツイ態度を取った事を後悔しているようだ。


「悪かった、みんな。俺が言うより、同じ立場のお前達から説得した方がいいかと思ったんだが……それは横着だったな」


「そんな事は無い。失敗したのは私のせいだ」


「いえ、ガティさんは悪くありません。私の言葉が原因ですし」


「そもそも……私は同じ立場ですらないので。アイ様のお気持ちは、分かるつもりだったんですが……」


「悔やんでいても仕方ない。俺はアイを追いかける。だから、みんなにはちょっと……準備しておいて欲しい事があるんだ」


「「「え?」」」


 そう答えて、俺は席を立つ。

 そして――1つ思いついたように、みんなに【お願い】をした。


「――――の準備なんだけど、頼めないかな?」


「……本気か?」


「ああ。お前達にはすまないと思うが……これが、俺なりのけじめだ」


「いいんですよ。でも、アイさんにそれだけの事をするという事は……」


「当然、いつか私達にも同じように……特別扱いをしてくるんだろう?」


「そうでなきゃ、拗ねちゃいますからね?」


「勿論だ。だから、今はちょっとだけ我慢してくれ」


 俺はガティ、シアン、ヘダの3人の頬にキスをしてから、アイを追いかける。

 全く、可愛いけど世話の焼ける奴だよ……お前は。


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