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44話:ようやく出ました。悪役令嬢と占い師

「姪と……結婚?」


 唐突過ぎる陛下の提案に、俺は困惑するしかない。

 そもそも、陛下の姪が誰なのか。

なぜ、その子と結婚しなければならないのか。

 分からない事が多すぎる。


「まさか……陛下。サノア様とネトレ君を……?」


「いくらなんでも、冗談がキツすぎる」


「冗談ではない。それが1番、丸く収まるというものだ」


 サンルーナ国民として、心当たりがあるらしいダイルナとシアンの顔色は悪い。

 それほどまでに、そのサノアという人物に問題があるのだろうか。


「あの、サノア様って……?」


「サノア・ネクス・クラウディウス。代々、サンルーナ皇帝を支える名門貴族の跡取り娘で……余の姉の遺した子でもある」


 つまり、陛下の姉が名門貴族の家に嫁いで……産んだ子供というわけか。

 それならしっかりと、皇族の血が流れているという事になるな。


「先に話したように、余には子供がおらぬ。従って、余の後を継がせるのならば……サノアか、その夫となる者だと思っておった」


「……なるほど。ですが、封魔剣を手にする事と……サノア様との結婚に何の関係が?」


 別に剣を貰うだけなら、結婚する必要も、皇帝になる必要も無い筈だ。


「サノアと結婚してもらう理由。それは……サノアにしか、封魔剣の封印を解けないからだ」


「え?」


「封魔剣の封印は特殊でな。サンルーナ皇族の血を引く女にしか、解除できん」


「……そうだったんですねぇ。だからぁ、あのような依頼を私めに……」


 何か心当たりがあるのか、納得したように頷くダイルナ。

 

「サノアの奴から、依頼を受けていたのだろう? あやつが認めるだけの、最強の剣士を連れてくるようにと」


「ええ。ですがぁ、誰一人として認めてくださいませんでしたわぁ。私はてっきりぃ、結婚相手を探しているのものかとぉ」


「それは間違いではない。サノアは封魔剣を使いこなす資格を持つ男を、自分の伴侶にしようと考えているのだ」


「つまり、サノア様が封魔剣の封印を解いて渡すとすれば……自分の結婚相手」


「そういう事だよ、シアンたんっ! えらいねー! 褒めてつかわすゾ!」


「……死ね」


 最後の茶番はともかく、話を簡単にまとめてみよう。

 つまり、封魔剣を扱うには封印を解く必要がある。

 その封印を解けるのは、現状だと皇帝の姪のサノアだけ。

 そしてサノア様は、封魔剣を扱える資格を持った者と結婚するつもりである。

 だから、サノア様と結婚さえすれば……俺は封魔剣を手に出来るというわけだ。


「誰に似たのか知らんが、サノアは選り好みが激しくてな。もうじき16歳のババアになるというのに……未だに恋すら知らぬようなのだ」


「16歳が……ババア? ババア……ババア!? 16歳がババアッ!?」


 陛下の心無い発言に、ダイルナがえらくショックを受けているようだ。

 ロリコンの言葉なんだから、真に受けちゃいけないと思うが。


「そういうわけだ。ネトレよ、お前さえ良ければ……我が姪を娶ってはくれぬか?」


「それは……会ってみないと、なんとも」


「うむ、そうだな。その辺りの事は余よりも、サノアから依頼を受けているダイルナの方が段取りしやすいだろう」


「ええ、そうですねぇ。早速、ネトレ君を紹介しようと思いますぅ」


「余が何度、口説いても堕とせなかったシアンたんを攻略した男だ。きっと、我が姪も同じように堕としてくれるであろう」


 そう言って、陛下はケラケラと笑う。

 しかし、果たしてそう簡単にいくのだろうか。


「サノア様は、一癖も二癖もある御方ですので。ネトレさん、お気をつけて」


「あ、ああ。頑張るよ」


 シアンからも、ちょっぴり不安の残る言葉を投げかけられつつ……

 俺達は新たな目標を果たすべく、サノアが暮らしているというクラウディウス家の屋敷へと向かうのであった。


【クラウディウス邸】


「君はなんて酷い女なんだ!」


「……あら、どうしてそう思いまして?」


 ネトレ一行が皇帝と謁見している頃。

 その王城のすぐ近くにある貴族、クラウディウス家の屋敷にて、尋常ではない怒声が響き渡っていた。


「ふざけるなっ! 君が、この可憐なイーナス嬢を侮辱し、辱めたんじゃないか!」


「うぇぇぇんっ……!」


 泣きじゃくる女性の肩を抱きながら、怒りに満ちた表情で、目の前の少女……サノアを責め立てる若き男性。

 状況としては、か弱い女性を守る男と、糾弾される悪女といった構図である。


「侮辱? ワタクシはただ、事実を口にしただけでしてよ。その女は大の男好きで、人前では清楚ぶっているだけのビッチなんですの」


「そんなぁ……酷い……! 全部でまかせですぅ」


「ああ、可哀想なイーナス嬢。大丈夫、私は君の事を信じているよ」


「ああっ、ガゼラ卿……! なんてお優しい方なのぉ!」


 ひしっと、抱きしめ合う二人。

 そんな光景を目の前で見せつけられて、サノアは鬱陶しそうに眉間に皺を寄せる。


「はいはい、お幸せにですわ。後で後悔する事になっても、遅いですけれど」


「ほざけ! 後悔するのは貴様の方だ! この悪役令嬢が!」


「……1つ、お節介をしてあげますわ」


「……なに?」


「庭師のダブラ。彼の事をよく調べなさい」


「っ!?」


 その発言で、今までか弱い乙女の仮面を被っていたイーナスの表情が変わる。

 明らかに動揺し、うろたえた様子で視線を泳がせるも……


「はっ? ダブラが……?」


「い、行きましょうガゼラ卿! もうこんな人と話していたくありませんわっ!」


「ああ、そうだね。ふんっ、貴様のような女と婚約していた事など、我が一生の汚点だよ!」


 捨て台詞を残して、逃げるように去っていくガゼラとイーナス。

 それを見送ったサノアは、呆れたように大きな溜息を漏らす。


「はぁ……なんて愚かな人間なのかしら」


「全くっすよねぇ。まさか、あのイーナス嬢が庭師のダブラとヤりまくりだなんて、夢にも思ってないんでしょうけど」


 そんなサノアの後ろから現れたのは、隠れて成り行きを見守っていた少女。

 クラウディウス家に代々仕える占い師の家系――ブライトリア家の現当主である。


「あら、エイテではありませんの。見ていましたのね」


「こんなおもしろイベント、見逃せないっしょーってな感じで。つうか、あーしの占いによると……来年には、イーナス嬢がダブラの子供を産むっすねぇ」


「まぁ、それでは、ファンタス家の跡継ぎはダブラの子になりますの?」


「ええ。そうとは知らずに、ガゼラは血の繋がらない子供を溺愛するっす。でも、5年後に真実を知って……ぼっかぁーんっすねぇ」


「……」


 頭を抱えるサノア。ファンタス家はクラウディウス家に次ぐ力を持つ貴族。

 そのファンタス家が断絶するような事は、なんとしても避けたかったのだが。


「どうして……貴族というのは、こうもアホで、醜い者ばかりなのかしら」


「お嬢が親切に真実を教えても、みーんな信じずに怒るばかりっすからねぇ。あんな連中、見捨てちゃえば楽なのに」


「……ワタクシは、いずれ叔父様の跡を継いで、この国を背負わなければなりませんわ。ですから、少しでも国を良くする為なら……いくらでも、泥を被りましてよ」


「かぁーっ! 健気っすねぇ、お嬢! あーしが女じゃなければ、もうメロメロのゾッコンって感じなんすけど~!」


「おバカな事を言ってないで、お茶会の準備でもしなさい。少しゆっくりしたいの」


「ういーっす……って、あっ!?」


 サノアの指示に従い、紅茶の準備をしようと歩き出したエイテだったが、その途中で立ち止まると……ビクビクッと体を震わせた。


「ほぁぁぁぁぁぁっ!?」


「エイテ!? ど、どうしましたの!?」


 突然、尋常ではない奇声を発したエイテを案ずるサノア。


「やっべ……! 遂に、来やがったっす……!」


「何が来ましたの?」


「あーしとお嬢の……運命の人っす! 今、ここに向かって来てるっすよー!」


「へっ? う、嘘……!?」


「間違いないっすよ! もう、あーしの占いセンサーがビンビン丸っすから!」


「きゃあーっ! ダメよ、エイテ! ワタクシ、全然心の準備が出来ていませんのに!」


 両手を頬に当てて、サノアはいやんいやんと照れる。

 そこに、さっきまでの優雅なお嬢様の雰囲気は微塵も残っていない。


「お、お風呂に入ってきますわ! それと、お化粧を直しませんと!」


「遂にいよいよっすね、お嬢! 十年前の占いで出た運命の相手と、ようやく会えるんすから!」


「ええ、そうね! 運命の相手なら、きっと【例のテスト】も合格するに違いありませんわ!」


 手を取り合いながら、きゃっきゃと盛り上がる二人。

 そんな彼女達が運命の相手と信じる少年……ネトレと出会うまで。

 残り……一時間の話である。

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