43話:皇帝陛下の華麗なる性癖
サンルーナ最大規模の大手ギルド・フロンティアを手中に収める事に成功した俺達。
次なる目標を、サンルーナに伝わるという国宝【封魔剣パンドラ】へと定め、その為の行動を練ろうと……思っていたのだが。
「ふむ。お主が……噂のニセ勇者、ネトレ・チャラオだな?」
「……はい」
「面を上げよ。そう畏まられては、まともに話も出来まい」
言われるがまま、俺は顔を上げて前を見る。
そこにいるのは、絢爛な玉座に腰掛け……俺を見下ろしている、若くて、ハンサムな顔立ちの男性。彼こそが、このサンルーナを治める皇帝。
「余は第77代サンルーナ皇帝、ゾフマ・セジャーウ・サンルーナ。サンルーナ史上、最も偉大で……気高く、聡明な皇帝であるぞ」
そう自信満々に告げるゾフマ皇帝。
どう反応していいか分からずに隣を見ると、シアンスカは今までに見た事が無い程の不機嫌な表情。そしてその奥では、ダイルナが苦笑いしている。
そう。今回の皇帝への謁見は俺とシアン、そしてダイルナの3人で行っているのだ。
皇帝と繋がりのある彼女達のコネを用いて、こうして皇帝と対面する機会を得たのはいいのだが……
「アホで、下品で、思慮の浅い皇帝の間違いでは?」
「なっ!?」
「気持ち悪いので、今すぐ死んでください。そして皇帝の座をネトレさんに渡してくれませんせんか?」
皇帝を相手に、いきなり毒舌モードフルスロットルのシアン。
いくらなんでも、そんな態度を取ってしまうと問題では……?
と、俺が肝を冷やしたのも束の間。
「おっふ……! 今日もシアンたんに罵って貰えるとは……! 余はなんて幸せ者な
のだぁ……!」
「はい?」
さっきまでの凛々しく、底知れない雰囲気はどこへやら。
シアンの罵倒に対し、気色悪い笑みを浮かべて……ゾフマ陛下は悶えている。
「貴方は幸せでも、私は不快です。この世の何よりも醜い汚物のくせに、調子に乗らないでください」
「ああっ……! あのちっちゃくてカワゆい唇から、こんな毒舌が飛び出すなんて! もうっ、シアンたんはイケない子だなぁ! 余が自ら、罰しちゃうゾ!」
「……あの?」
ますますヒートアップするゾフマ陛下にドン引きしつつも、俺は声を掛ける。
すると陛下は、ハッとしたように俺の方を見ると……再び、キリッとした表情に戻った。
「そうだ。見ての通り、余は変態である」
「ええ……?」
「特に、幼子が好きなのだ。この性癖のせいで、余には妃がおらんのだ。かれこれ、三年間はシアンたんに片思いをしておったくらいだ」
そして、この国の民が聞いたら泣き出しそうな事を告白してくる。
ああ……なんか、頭が痛くなってきた。
「ネトレさん。この変態をまともに相手するだけ無駄ですよ」
「かもしれないな」
「相変わらずねぇ、陛下。性癖さえまともならぁ、とっても素晴らしいお方なのにぃ」
「戯けた事を申すな、ダイルナ。幼子を愛でない余など、余ではないわ!」
そこは自信満々に言うところじゃないと思うんだけど。
つうか、そこまでシアンの事が好きなら……もしかして。
「……そう。ようやく気付いたか、ネトレよ」
俺がハッとしたのを敏感に察知し、ゾフマ陛下が怒りに満ちた表情で俺を見る。
「貴様の話は聞いている。いずれ、余の妃となる筈であったシアンたんを……」
「なるわけねぇだろ、ボケ。死ね、変態クソ皇帝」※シアンのセリフです
「はぁんっ……! シアンたん、キッツ……♪」
「シアン、言葉遣いが汚い。それと、気持ちは分かるが……話の腰を折らないでくれ」
「……はい。分かりました」
不服そうに唇を尖らせるシアンの頭を、俺はよしよしと撫でる。
すると、それを見たゾフマ陛下はさらにヒートアップしてしまう。
「そうだ! 貴様は余のシアンたんに手を出しおったな!」
「はい。手を出しました」
「キスはしたのか!?」
「はい。舌も入れました」
「では、セックスもか!?」
「はい。挿入しました」
「あのちっぱいで、スリスリしてもらったというのかぁっ!?」
「スリスリもペロペロも、クリクリもしましたけど」
「なっ、なんという……! おぉんっ……!」
俺への質疑を終えて、陛下はブルブルと震える。
しかし、途中で一瞬……ビクンッと大きく体を跳ねさせると……打って変わったように、爽やかな表情へと変わっていく。
「……よい。全てを許すぞ、ネトレよ」
「はぁ?」
「シアンたんと存分に契るがよい。そして、産まれてきた母親似の可愛い子供を……いつか、余の正妻として迎え入れようぞ」
「ぐがっ、っぐぐぐぐぐぐっ! ぐぎぎぎぎぎぎぃっ……!」
「ああっ、シアンちゃん! 落ち着いてぇっ! 気を鎮めてぇっ!」
なんかもう、色々と限界が来ている気がするが……
とりあえず、話の方向を元に戻そう。
「陛下、お戯れはそこまでにしてくださいませんか?」
「……ふむ。もう少し、ふざけていたかったが……」
「俺達がここへ来た理由は、既にシアンやダイルナから聞いておられますよね?」
「我が城に眠る【封魔剣パンドラ】を欲しているのだろう? あの勇者ヒイロと……同じように」
「はい。俺はもっと、強くならなければならないんです」
「お主の事情も聞いておる。何の非も無いというのに、ニセ勇者の烙印を押されて処刑されかけたとか。ふっ、いかにもエクリプスのクソ共がやりそうな事よ」
エクリプスとサンルーナは本来、敵対している国同士。
陛下もエクリプスの事はかなり嫌っているようだ。
「個人的には、お主の復讐には協力したいと思っておる。あの気に食わない勇者ヒイロを倒す事も、憎きエクリプス王国をぶっ潰す事もな」
「では……?」
「しかし、それとこれでは話が違う。おいそれと、我が国の宝を渡すわけにはいかぬ」
やはり、そう簡単に話は付かないか。
だが、この感触からして……絶対に無理というわけでもなさそうだ。
「陛下ぁ、どうにかお力添え頂けませんかぁ? 私達に出来る事なら、なんでもぉ……」
「そうか。では、シアンたんを一晩、余の好きなように……」
それはきっと、陛下からすれば冗談のつもりの言葉だったのだろう。
しかし、その言葉を耳にした瞬間……俺は反射的に、こう答えていた。
「殺すぞ」
「っ!」
「…………あっ」
しまった、と思った時にはもう遅い。
「ネトレ君、なんて事を……!」
「あぁっ……♪ しゅきぃ……ネトレさぁん……♪」
ダイルナは驚愕で目を丸くし、シアンは俺を見ながら目をハートマークにしている。
そして、肝心なゾフマ陛下はというと。
「ぷっ、くくくくっ……! あーっはっはっはっはっはっ!」
「「「!?」」」
「いや、なぁに……久方ぶりに、余は恐怖を覚えたぞ。ネトレよ、今の貴様の殺気……本物であったな」
「えっ、えっと……」
「よい、褒めておるのだ。相手が誰であろうと、愛する者を渡さぬという強い意思。流石は、シアンたんが惚れた男だ」
「陛下……」
「それと、許せネトレよ。軽はずみに言ってよい言葉では無かったな」
「俺は……もういいです。でも、シアンには謝ってください」
陛下の目を見つめたまま、視線を一切逸らさずに言い切る。
俺自身の事はどうでもいいが、やはりシアンに関する事だけは曲げられない。
「ああ……そうだな。許してくれ、シアンスカ。この通りだ」
「ぽぇー……」
「シアンスカ?」
「あー……ダメですわぁ。今、シアンちゃんはネトレ君にゾッコンモードなのでぇ」
「ははははっ! こんなシアンスカを見るのは初めてだ! ネトレよ、余はますますお前を気に入ったぞ!」
俺を見つめたまま放心し、動かなくなったシアン。
それを見た陛下は、ますます気を良くしたのか、ひとしきり大笑いした後に……こう切り出してきた。
「いいだろう、ネトレ。貴様に【封魔剣パンドラ】をくれてやる」
「本当ですか!?」
「ただし、条件がある。なに、そう難しい事ではない」
「なんでしょうか? 自分に出来る事であれば……」
「……うむ。では、心して聞くが良い」
玉座から立ち上がり、陛下は高らかに宣言する。
そして、その内容はというと――
「ネトレ・チャラオよ! お主は余の姪と結婚し、この国の皇帝となるのだ!」
「「「……え?」」」
相変わらず、俺達に一波乱をもたらしそうなモノであった。




