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37話:よう、久しぶりだな

【とある寂れた村】


「おお、お待ちしておりましたっ! 勇者様っ!」


 これまで連続で、街や村から追い出されてきたヒイロ一行であったが、新たに訪れたこの村では……その真逆。村に入るなり、一人の老人が歓喜の表情で出迎えてきた。


「もしやお戻りになられないのかと、心配しておりましたぞ」


「え? どういうこと?」


「知らねぇよ」


 老人の言葉の意味が分からず、グアラとゾーアが顔を見合わせる。

 そんな二人に代わり、ヘダが老人に訊ねる。


「あの、なんの話でしょうか?」


「はい? まさか、お忘れとは言いますまい」


「いえ、それは……」


「先日、勇者様達はこの村を訪れになって、我々からの依頼をお受けになられたではないですか! すでに報酬もお支払いしたというのに!」


 憤慨した様子で老人が叫ぶ。

 しかし勿論、ヒイロ一向の身に覚えのない話だ。


「ヒイロ殿、これはどういう事です?」


「ふむ。どうやら、私達の偽物がいるようだね」


「「「偽物!?」」」


「そう考えれば、これまでの騒動も納得が行くだろう? 私達のフリをして、好き勝手やった偽物のせいで……我々が被害を受けた」


 ほぼ正解に近い答えを導き出すヒイロ。


「では、噂になっている勇者の悪名は?」


「そいつらじゃないかい? 私達ではないという保証もできないけどね」


 淡々と答えて、ヒイロは老人の方へと視線を向ける。


「ちなみに、そちらが出した依頼というのは?」


「村の子供が一人、数日前から苦しみ出しまして。村にいる僧侶様に診てもらったのですが、厄介な呪術に掛かっているようで……治せずにいるのです」


「子供が呪術に……? それは大変だ。どうにか助けてあげたいが」


 白々しく、老人の言葉に乗っかるガティ。

 彼女はまず、後ろのヘダへと話しかける。


「ヘダ。君ならば、どうにか出来るんじゃないか?」


「は、はい。やるだけやってみます。でも……他の僧侶の方でも治せない呪術だというのなら、少し自信が……」


 そう言ってヘダは、チラリとわざとらしくヒイロを見る。

 それを受けて、今度はガティが何かに気付いたように声を上げる。


「ああ、そうだ。ヒイロ殿、聖剣の力を使われてはいかがでしょうか?」


「……どうしてだい?」


「たしか聖剣には、いかなる呪術をも跳ね除ける力があるとか。それを使えば、子供に掛けられた呪いも、たちまち解けるでしょう」


「おお、そうなのですか!? では、勇者様! お願い致します!」


 ガティの説明を聞いて、老人が希望に満ちた顔でヒイロの元へ駆け寄る。

 それを鬱陶しそうにはねのけようとしたヒイロだったが……


「そ、そうね! 勇者様! 助けてあげましょうよ!」


 ここで真っ先に賛成の意思を示したのはグアラ。

 それはなぜか。とても簡単な理由であった。


「(冗談じゃないわよ! ここで断ったら、またこの村も追い出されかねないわ! それに、私達を疑っている騎士の前で、村人を無下にはできない!)」


 そう。2日に渡って野宿を繰り返し、我慢の限界を迎えているということ。

そして、勇者一行の素行を確認している騎士がいるということ。

この2つの要因によって、グアラはヒイロに聖剣を使う事を願い出たのだ。


「まぁ……聖剣をちょこっと使うくらい、いいんじゃねぇのか?」


 それほど頭の回るわけではないゾーアも、おおよその事態は飲み込めている。

 ちょっと働くだけで、諸々の面倒事が片付くのであれば……反対する理由は無い。


「ヒイロ殿、さぁ……勇者としての責務を」


 ニコニコと笑顔で、ヒイロに手を差し伸べるガティ。

 そんな彼女の手を見つめながら……ヒイロはおもむろに、自分の顔を左手で覆い隠す。


「く、くふふっ……くっ、くくくっ……ふふふふっ……!」


「ヒイロ殿?」


「ふははははっ! なるほどね、そう来るか!」


 彼は笑う。パチパチと両手を鳴らしながら、感心したとでも言いたげに。

 

「いやいや、実に上手い作戦だよ。パーティの全員が私に聖剣を使えという状況。そして、ガティの存在もまた……私に行動を強制させるからね」


「「え?」」


 どういう事か分からない、という表情のグアラとゾーア。

 それに反して、しまったと動揺するのはヘダとガティである。


「くっ!?」


 もはや隠し立ては無駄だと悟ったのか、背中の鞘から剣を引き抜いて構えるガティ。

 それを見てヒイロは、歪みきった笑みを浮かべる。


「惜しかったね、ガティ。君が助けたかったのは……彼なんだろうけど」


 スラリと聖剣を引き抜き、その切っ先をガティへと向けるヒイロ。


「残念だが、この剣には誰も触れさせない。私と彼女の間には――」


「こっちこそ、こんなクソみてぇな剣に触りたく無かったぜ」


「……は?」


 ヒイロの言葉の途中、何者かの手がペタリと……聖剣の刀身に触れる。


「な、なぜ……!?」


 ヒイロは聖剣に触れる手が伸びる先へと視線を流していく。

 今、この場に置いて……誰一人として動く気配は無かった。

 では、誰がどうやってこの聖剣に触れたのか……


「やぁん、ネトレのえっちぃ。おっぱいから手を出すなんて♪」


 くねくねと、悶えるように体を動かす老人。

 そのちょうど胸の辺りから、一本の腕が伸びている。


「「「はぁぁぁぁぁぁっ!?」」」


 怒涛の展開に付いていけないグアラとゾーアが目を丸くして叫ぶ。

 しかし、ヒイロだけはこの状況に理解が追い付いていた。

 

「まさか――!?」


「――ああ、これでようやく元に戻れるな」


 聖剣に触れている腕が眩い光に包まれた直後。

老人の体の中から一人の少年が、蛹が殻を破るように……ずりゅりと飛び出てくる。

 彼はかつて、この場にいる全員が勇者だと信じていた少年。


「あ、あぁ……っ! 君は……! 君こそは……!」


「よう、久しぶりだな。本物の勇者様」


「ネトレ・チャラオ!」


 勇者になる筈だった男と、勇者になった男が真正面から向かい合う。

 それはまさに、因縁の再会であった。

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