36話:作戦開始!
【とある林道】
「あー……体が痛い。やっぱり、雑魚寝なんてするもんじゃないわねぇ」
不満げに肩をぐるぐると回しながら、またしても愚痴を零すグアラ。
彼女は隣を歩くヘダに目を向けると、ニヤリと笑みを浮かべる。
「ねぇ、ヘダ。アンタの力でアタシを回復してよ。どうせ、普段の戦いじゃ出番なんて無いんだし」
反対側のゾーアは、また始まったかと呆れ顔であくびをする。
だが、その顔はすぐに……驚愕に包まれる事となった。
「お断りします」
「……は?」
「私の力は、そんなくだらない事に使うものではありません」
「な、なんですってぇ!?」
「お?」
澄まし顔で答えるヘダの言葉に、怒り心頭の様子のグアラと、心底驚いた様子で目をパチクリとさせるゾーア。
前を進むヒイロも、少し気になったのか……チラリと視線だけを背後へと向けていた。
「勇者様は戦いで傷一つ付かないし、アタシやゾーアもほとんどダメージを受けない! アンタなんて、このパーティで1番必要無い……」
「だから、なんだというんですか?」
「……へ?」
「私が必要かどうかを決めるのは、勇者様です。アナタではありません」
「うぐっ……!?」
「ハハハハハッ! 言うじゃねぇかヘダ!」
珍しいモノを見られたと大喜びのゾーアに対し、面白くないのはグアラだ。
彼女は苛立ち混じりに指の爪を噛みながら、媚びるようにヒイロへと近付く。
「ねぇ、勇者様ぁ! アイツになんか言ってくださいよぉ!」
「……ヘダ」
ピタリと足を止めて、ヒイロが振り返る。
そして……じぃっとヘダの瞳を見つめながら、その口をゆっくりと開く。
「今日は随分と強気じゃないか」
「はい。お気に触ったでしょうか?」
ひと目見て、ヒイロは気付く。
昨日までの、迷いと自己否定に満ちた沈んだ瞳から……迷いの晴れた力強い瞳へと変わっている。この瞳に、ヒイロは強く見覚えがあった。
「いや、それでいい。ほんの少し、君の事が好きになったよ」
「え?」
ヒイロは一瞬だけ笑みを浮かべると、そのまま前を向いて歩いていく。
「はぁぁぁっ!? 勇者様!? こんな女のどこがいいんですかぁっ!?」
納得の行かないグアラが文句を垂れる。
しかし、ヒイロはまるで取り合ってくれない。
「うるせぇなぁ。ちったぁ静かに出来ねぇのかよ」
「アンタはどっちの味方なのよ!」
「どっちの味方でもねぇよ」
「使えないわね!」
これまで、ストレスを全てヘダへとぶつけてきたグアラだったが、それが叶わないとなればゾーアに矛先を向けるしかない。
しかし、元から大雑把で図太い神経をしているゾーアに、グアラの得意な口撃が通じるわけもなく。グアラはただ、苛立ちを募らせるばかり。
「(こ、怖かったぁ……)」
対するヘダはというと、心の中では今にも泣き出してしまいそうな程に震えていた。
というのも、先ほどの強気な発言はグアラを苛立たせる為だけの演技だったからだ。
「(私がしっかりしなきゃ)」
今にも嗚咽が漏れてしまいそうになるのを必死に抑え込み、平然と振る舞うヘダ。
そんな彼女に助け舟を出すかのように――道のりを進むヒイロ一行の前に、一人の人物が近付いてくる。
「ん? 君は……」
「お久しぶりですね、ヒイロ隊長……おっと、今は勇者殿とお呼びすべきでしょうか?」
「いや。ヒイロで構わないよ、ガティ」
かつてヒイロがエクリプスの王国騎士団に所属していた時の同僚、ガティ。
その懐かしい顔との再会に、珍しくヒイロの表情が変わる。
「ガティって……? 確か、二番隊の副隊長だっけか?」
「ほら、アレよ。アイツに剣を教えていた……」
「……お久しぶりです、ガティ様」
「ああ。久しいな、ヘダ。それと……後ろの二人も変わりないようだな」
ヒイロの後ろの3人にも挨拶をしつつ、ガティはヒイロへと向き直る。
それを受けて、ヒイロは率直な疑問を口にした。
「珍しいね。君がこんな場所まで出てくるなんて」
「ええ。実は陛下より命を受けまして、アナタ達を探していたんです」
勿論、これは真っ赤な嘘である。しかし、ガティが既に王国騎士団を抜けている事を、ヒイロ一行は知らない。
これはすでに、ヘダを通じて確認済みである。
「陛下より? へぇ……何かな?」
疑う素振りもなく、不思議そうに首を傾げるヒイロ。
それを受けて、ガティは気まずそうに話し始める。
「大変お伝えしにくいのですが……勇者一行が勇者証を悪用し、さらには至る街や村で暴虐の限りを尽くしているという噂が立っておりまして」
「はぁっ!? 誰が言ってんのよ、そんな事!」
「ダメですよ、グアラさん! 陛下の命で動いているガティさんに無礼は……!」
ガティの言葉に真っ先に噛み付いたのはグアラ。
しかしそれを、ヘダが懸命に宥める。
「そういった理由で、若輩ながら……この私が派遣されてきたのです」
「君が? ああ、二番隊の隊長は……あの子だったね」
「ええ、困ったものです。一応、イヴィルの名も上がったのですが……彼はこういった現地に向かうタイプではないので」
既に自分が消し炭にした男の名を、あっけらかんと口にするガティ。
ここに来て彼女も、随分と演技のレベルが上がってきたようだ。
「……で? 私達はどうすればいいのかな?」
「本来であれば、一度エクリプスまでお戻り頂きたいのですが……そういうわけにもいかないでしょう。詳しく話を聞かせて頂きたいので、まずは近くの村まで」
「ああ、いいとも」
こうして、勇者一行のパーティに一時的に同行する事になったガティ。
「よろしく頼む」
「……ふんっ。悪いけど、馴れ合うつもりはないわよ」
「おめぇ、副隊長って事はよえーのか? だったら興味ねぇぞ」
「えっと……私、その……」
「……」
ヘダはともかく、グアラとゾーアは絶対に好きになれないと内心でイラつくガティ。しかし、そんな態度は表情には一切出さない。
「では、行きましょうか」
愛するネトレを救うため、ヘダも、ガティも。
一世一代の大芝居に、全神経を集中させていた。




