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34話:裏切りへの誘い

【とある小さな村の外れ】


「ああああああああっ! もうっ! この村も追い出されるなんてぇっ!」


 野宿を終えて、次なる村へと旅立ったヒイロ一行であったが……その先でも、前の街と同じような理由でも追い出されてしまったのだ。

 よって、2日連続で野宿をするという……普通の冒険者ならば日常のような光景、彼女達にとっては屈辱極まりない時間を過ごす事になってしまった。


「ムッカつく……! あの村、私の魔法で焼き払ってやろうかしら!」


「全くだぜ。どうせあの村に立ち入れないなら、全員ぶっ殺した方がスッキリすんだろ」


「い、いけませんよ! 正義の使者である私達が、そのような……!」


「ケッ、良い子ちゃんがよ。おめーみたいな女が1番、嫌われるんだぜ?」


「そうよねぇ。いつもちゃっかり、私達と一緒に豪勢にやってるくせに」


「それは……うぅっ」


 なかなか宿泊出来ない苛立ちからか、ギスギスとした空気が漂い始めるパーティ。

 しかし当の勇者本人はというと、顔色1つ変えず……焚き火の前で両目を閉じ、ただ静かに眠り込んでいる。

 その腕には大事そうに、聖剣を抱え込みながら。


「はぁ……ほんっと、勇者様って人間やめてるわよね」


 そんなヒイロの様子を見て、ため息交じりに愚痴を零すグアラ。


「あん? 確かにヒイロは人間やめてるくれぇにつえーぞ?」


「そうじゃなくて。仮にもこんな美少女が3人もいるんだから……分かるでしょ?」


 自分の小ぶりな胸を掴みながら、グアラは言葉を続ける。


「こうも毎晩、手を出されないとなると……女としての自信が無くなっちゃうわ」


「なんだよ、おめぇ。ヒイロに抱かれてぇのかよ」


「当たり前でしょ。勇者様が魔王を討伐すれば、晴れて王女様と結婚して……次期国王でしょ? 今の冒険の内に愛人にでもなれれば、人生安泰じゃない」


「な、なんと不埒な……!」


 打算的なグアラの言葉に、耳まで顔を赤くするヘダ。

 しかし、そんな彼女の態度はグアラの神経を逆撫でするばかりだ。


「よく言うわよ。前のニセモノの時は、アンタが誰よりも媚を売っていたじゃない」


「っ!?」


「あ、でも……当のアイツは、剣の師匠や王女様ばかり見ていて、アンタの事なんか眼中に無かったんだっけ? きゃははははっ!」


「へぇ? あんなに弱い男のどこが良かったんだ?」


「もういいです。私、少し……水浴びをしてきます」


 ヘダはそう告げると、逃げるようにその場から離れていく。

 それを見て、グアラはケラケラと笑うばかりだ。


「ばっかねぇ、男の価値なんて自分を幸せにしてくれるかどうかでしょ」


「強さだろ?」


「……ほんっと。昔っから、アイツは……自分の夢しか見ていなかった。隣にいる幼馴染なんて、都合の良い仲間程度にしか思ってなかったんでしょうね」


「は?」


「なんでもないわよ。あーあ、明日はベッドで眠れるといいのに」


 そう言って、グアラはその場でゴロンと寝転がる。

 ゾーアは意味が分からず首を傾げるばかりだったが、やがて考えても無駄だと思ったのか……そのまま瞳を閉じ、眠り始めたようだった。


【ヒイロ一行の焚き火近く 湖のほとり】


「……はぁ」


 どうして、こんな事になってしまったのか。

 ヘダは修道服を脱ぎ、産まれたままの姿になりながら……考える。


「私は……」


(前のニセモノの時は、アンタが誰よりも媚を売っていたじゃない)


「違う」


 ヘダの頭の中に、グアラの言葉が繰り返される。

 

「私はただ、勇者としての使命を果たそうとするあの人を……尊敬して……」


「(当のアイツは、剣の師匠や王女様ばかり見ていて、アンタの事なんか眼中に無かったんだっけ? きゃははははっ!)」


「違いますっ!」


 バシャンッと、水面を強く叩きつける。

 しかしそんな事をしても、頭の中に響くグアラの笑い声は消えない。


「だって、だって私は……」


 ずっと、ずっと。産まれた頃から、清く正しくあれと教えられてきた。

 そしていつか、気高い血筋である勇者様を支えるのが役目だと……世界を救うお手伝いをするのが自分の使命なのだと信じて生きてきた。

 だから、仕方のない事なのだ。

 信じていた勇者様が、自分が仄かな恋心を抱く相手が……不貞によって産まれた穢れた血だというのなら、見限るしかない。

 自分の心を押し殺し、聖剣の女神様に従い……本物の勇者様に仕えるべきだ。


「おお、神よ……どうして、私にこのような試練をお与えになるのですか?」


 今頃、あの人は処刑されてしまったのだろうか。

 そう考えると頭がおかしくなりそうになるため、グアラ達と共に豪遊をし、楽しいひと時を過ごそうとした。

 しかし、それでも彼女の心が晴れる事は無かった。

 今でもなお、脳裏に浮かぶのは……初めて出会った時の、彼の笑顔。

 一緒に世界を救おうと、力強く自分の手を握ってくれた……


「ネトレ様……私は……」


「ネトレさんを……救いたいですか?」


「誰っ!?」


 不意に上空から声を掛けられ、ヘダは素早く空へと視線を向ける。

 するとそこには、月明かりに照らされながら……箒にまたがり、こちらを見下ろしている少女の姿があった。


「アナタは……?」


「私は今……ネトレさんと行動を共にしています」


「えっ?」


 唐突にそんな事を言われても、ヘダの理解は追いつかない。

 だって彼はニセ勇者として、エクリプスの地下牢にいるはず。


「彼は脱走したんですよ。まぁ、その辺の説明は省きますが」


「そんな事を、あの方が……?」


「信じるかどうかはアナタ次第。ですが、アナタを……私と同じ、ネトレさんを愛する者と見込んで、お願いします」


「な、何を……?」


「ネトレさんは今、とある呪いで死にかけています」


「!?」


「彼を救うには……聖剣に触れさせる必要があるんです」


「あっ……」


「その事を理解して貰った上で、お尋ねします。いえ、もう一度だけ、チャンスをあげると言った方が正しいでしょう」


 空に浮かぶ少女は、水面まで降りてきて……ヘダと視線を合わせる。

 その白銀の瞳はまっすぐに、ヘダの瞳を捉えて離さない。

 そして彼女は再度――問いかけてくる。


「ネトレさんを救う為に、アナタは……仲間を、勇者を裏切れますか?」


【二日前 とある街(32話での回想)】


「いいぞ。それじゃあ……俺に良い考えがある。よーく聞いて、覚えてくれ」


 俺は思いついた作戦をヒソヒソとみんなに耳打ちする。

 別にこうして隠れるように話す必要もないんだが、この方がムードが出るからな。


「まず、アイが勇者一行の姿に擬態して、奴らの次の行き先となる街で悪さを働くんだ。豪遊したり、住民に横柄な態度を取ったり、騒ぎを起こしたりな」


「どうしてそんな事を?」


「そうすれば、奴らの印象は最悪になる。俺達が去った後、本物のヒイロ達がやってきたら……どうなると思う?」


「なるほど。宿泊を拒否されたり、街を追い出されたりするでしょうね」


「ああ。そしたら連中は野宿をするしかない。だけど、普段から豪華なホテルに泊まっている連中……特に、グアラとゾーアは耐えられないだろう」


 昔からグアラはキレイ好きだったし、ゾーアは食い意地が張っていた。

 まず間違いなく、機嫌は悪くなる。


「そんな日々を何日か続ければ、間違いなくグアラとゾーアの二人が気弱なヘダにキツく当たるようになる」


「ヘダ……か。確かにあの子なら、そういう扱いを受けるかもしれないな」


「ギスギスして、連中の不和が加速していけば……いずれ、個人行動を取る奴が出てきてもおかしくない。特に、グアラ達に虐められるヘダが」


「でも、ヘダだけを勇者達から引き離して……どうするの?」

 

 確かにアイの言う通り、ヘダ一人をヒイロから離れさせても、大した戦力ダウンにはならない。

 だが、俺が狙っているのは……そんな事じゃない。


「おいおい、忘れたのかよ。俺が持つ才能を」


「「「あっ」」」


「そう。村人達から非難され、仲間達からも虐められ……消耗したヘダの心のスキマに付け入る。要するに……一度奪われた仲間を寝取り返しってわけだ」


「ぷっ! あはははっ! それ、楽しそう!」


「くっ……くくっ……! ネトレ、お前という奴は……」


「ふふっ、流石ですね、ネトレさん。私は大賛成ですよ」


 俺の出したアイデアを気に入ったのか、笑いを零す3人。


「しかし、いいんじゃないか? 私の見立てだとヘダは昔から……お前に少し気があるように見えたぞ?」


「そうなんですか? 俺は今まで、仲間をそういう目で見てこなかったので」


「だけどネトレ、もしもヘダがこっちの味方にならなかったら……どうするの?」


「その時は残念だが、わずかにでもヒイロの戦力を削る為に……」


 ここまで言えば、俺の言いたい事を理解したのだろう。

 さっきまでの笑顔から一転し、引き締まった表情へと変わる3人。


「話はここまでだ。方針は把握したな?」


「「「……」」」


 俺の問いかけに、全員が揃って頷く。

 アイはワクワクした様子で。ガティは少し躊躇う様子で。

 シアンはいつもと変わらない、ポーカーフェイスのままで。


「よーし、それじゃあ行くぞ」


 こうして行動を開始したのだが……俺はまだ決めかねていた。

 仮にヘダを寝取り返せたとして、果たして俺は彼女を許せるのか?


 もし、許せないのなら――その時は、きっと。

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