33話:勇者の名声を地に落とせ!
【一日前 とある街の前】
「じゃーんっ! どう? 似てる?」
「ああ。可愛いアイが……こんなにもムカつく面になるなんてな」
ヒイロ達の行動パターンを予想した俺達は、次に連中が向かうであろう街へと先回りをした。そこで、何をしようかと言うと……その答えは単純。
今俺の目の前で、ヒイロに擬態したアイの力を存分に利用するのだ。
「聖剣もあるよー! 私の体を変形させたレプリカだけど!」
「再現はバッチリだな。それじゃあ、俺達はこのフード付きのマントを被っていこう」
擬態が可能なアイと違って、俺達は姿を隠すしかできないからな。
大事なのは顔を見られないようにする事だ。
「しかし、本当にやるのか? 良い作戦だとは思うが……」
「一般人に迷惑を掛けるのが嫌か?」
「……ああ。しかし、お前が望むのならば、私は従うだけだ」
俺の立てた作戦の実行に、ガティは多少の抵抗があるようだった。
無理をさせるのは忍びないが、他に方法も無いからな。
「アイ。勇者証は俺が持っているのを使え」
「りょーかいっ! へへーん、これで完璧に勇者だもんねー!」
「オーケー。後は俺とシアンの身長が問題だな」
「その辺は問題無いでしょう。大事なのは、勇者一行が四人組で宿泊した……という事実ですので」
「それもそうだな。じゃあ、行くとするか」
こうして、ヒイロに擬態したアイ以外の3人はフードで顔を隠しながら、街へと入る。
そこからの手順は全て、段取りで決まっている。
「いらっしゃいませ。当ホテルはこの街で1番の――」
「4人で一晩泊まりたい。代金は……これで、分かるな?」
まずは最も大きなホテルへと向かい、アイが勇者証を見せつける。
「ゆ、勇者証!? まさか、勇者様御一行で?」
「ああ、そうだ。もし断れば……」
「め、滅相もございません! さぁさぁ、スイートへとご案内します!」
民間人はよほどの理由が無い限り、勇者証による特権を拒否できない。
この関門は間違いなく突破出来るだろう。
「ふぃー、緊張したぁ」
案内された部屋に到着するなり、安堵の溜息を漏らすアイ。
俺はこれまで顔を隠していたフードを取りながら、アイに次の指示を出す。
「次はグアラに化けて、ホテルの従業員に横柄な態度を取ってきてくれ」
「はいはーい。次なる変身たーいむっ!」
掛け声とともに、アイの体がぐにょぐにょと蠢き……よく見知った外見。
魔法使いのグアラのものへと変わる。
「じゃあ、好き勝手やってくるよーっ! んへへっ、みんなの為に美味しいご馳走とか、たっぷり略奪しちゃうぞー!」
やけに張り切った様子で、グアラと化したアイが部屋を出ていく。
辺にやりすぎて、ボロを出さなければいいが……
「私はどうしますか? いつでも出られますけど」
「そうだな。今の内からゆっくり休んでおいてくれ。明日は朝から、ヒイロ達の同行をずっと監視してもらわなければならないからな」
「んっ……了解です。あの、もし良ければ……なんですが」
「うん?」
「寝付くまで、一緒に……ベッドに入ってもらえますか?」
「エッチは無しだぞ?」
「はい。腕枕してくださるだけでいいので」
「それならいいぞ」
可愛いおねだりだと微笑ましく思いながら、俺はシアンと共にベッドへ向かう。
その途中、フードの奥からジトッとした目で見ているガティと視線がぶつかる。
「ガティは……その、無理をしなくてもいいぞ?」
「いや、私も働く。でなければ、そんな風にご褒美を貰えないからな」
「んふふー。そうですよ、ガティさん。どんどんポイントを稼がなきゃ」
俺にしがみつきながら、ご満悦な様子のシアン。
それを見て、ガティは悔しげに歯をギリっと噛み鳴らす。
「では、行ってくる。街中の店という店で、暴れてきてやるからな」
「や、やりすぎるなよ? 軽くイチャもんを付けて……自分が勇者一行だって、名乗るだけでいいんだから」
「……ふふふっ、分かっているさ。八つ当たりなど、この私がすると思うか?」
やけに怪しげな笑みを残しながら、ガティは白い仮面を被って部屋を出ていった。
あくまでも、ヒイロ達の評判を落とす事が目標なのを忘れないでほしいが。
「ガティさんが、戦士の役なんですか?」
「ああ。色んな場所で喧嘩をしてもらって、気性の荒い男とかを数人ぶっ飛ばしてもらう。そうすりゃ、勇者一行が一般人に暴力を振るった事になる」
「そしてその後に……」
「俺が街中に、勇者が魔族と繋がっているという噂を流す。そうすりゃ、街の人間は全員……勇者の事を信じられなくなる」
その噂を裏付けるように、ヒイロ達に擬態したアイが好き勝手やるからな。
「後でアイにはヘダにも擬態して貰って、街中の男を誘惑してもらう」
「誘惑?」
「付いてきたらヤらせてあげるとか言って、街中の男をおびき寄せるんだ。だけど実際には相手はせず、馬鹿にするような言葉だけを告げて逃げ去る」
「うわぁ……」
「怒った相手がこのホテルまで追ってきても、次はヒイロに擬態して追い返す。コケにされたと思った男達の怒りは相当なもんだろう」
「本当に、エグい事を考えますね」
「嫌いになったか?」
「いえ。そんな事、この世界が滅んだとしても……ありえません」
そう呟いて、シアンは俺の腕の中で目を瞑る。
そして僅かな時間で、静かな寝息を立て始めた。
「……おやすみ」
俺はゆっくりと、シアンの頭の下から腕を引き抜いてから……部屋を出る。
さて、この作戦は果たして成功するのかどうか。
今から結果が楽しみで仕方ない。
【現在 とある小さな村】
「大成功でしたよ、ネトレさん。連中は街を追い出されていました」
ヒイロ達を陥れる為の作戦として、また新たな村にで勇者の評判を落としている俺達の元に……シアンが戻ってきた。
「報告ありがとう、シアン。一度休んでから、もう一度連中の様子を見に行ってくれ」
「いえ、大丈夫です。見失わないよう、すぐに戻りますから」
シアンは嬉しそうにヒイロ達の現状を語り、そのまままっすぐ引き返そうとする。
ギルドの副リーダーを務めているだけあって、職務にストイックだな。
「そんな事言わず、一杯くらい付き合ってくれないか? お前の好きなアイスミルクのダブル……用意しておいたぞ」
「……しょ、しょうがないですねぇ」
撒き餌が聞いたのか、ピタッと足を止めたシアンはこちらを振り返り、トテテテと俺の隣へと近寄ってきた。
「ごくごくごくっ……」
「本当に好きなんだな、牛乳」
「はい。とっても美味しいですっ!」
にぱーっと、朗らかな笑顔を見せるシアン。
俺はそんな彼女の頭をよしよしと撫でてから、自分もオレンジジュースに口を付けた。
「……ぐっ!?」
「ネトレさん!?」
だが、ジュースを少し飲んだところで……胸に激しい痛みを感じ、俺はその場で蹲る。
そんな俺を心配そうに、シアンが抱き支えてくれたが……
「はぁっ、はぁっ……!」
「やはり、無理をしていたんですね」
「なんの、事だ……?」
「いくら抵抗力があると言っても、ダイルナさんの呪術を受けて平気なわけがありません。徐々にその体は、呪いによって蝕まれている筈です」
そう。シアンの予想は的中している。
最初はなんとも無かった俺の体だが、時間を追うごとに……体の節々から痛みを感じるようになってきていた。
今では、少し気を緩めただけで意識を失いかねない程の激痛に襲われるんだ。
「……しくじったな。こんな事なら、お前を引き止めなきゃ良かった」
「格好つけている場合ですか? どうして教えてくれなかったんです?」
「言えば、お前はともかく……アイやガティがヒイロ達に特攻するだろ」
俺が苦しむ姿を見て、あの二人が冷静でいられるわけがない。
危険を承知で、聖剣を奪いに行った事だろう。
「はぁ……何を言っているんですか」
「ははっ、流石に考えすぎか?」
「私も一緒に、連中をぶっ飛ばしに行ってましたよ」
「……お前を少し、みくびっていたかもな」
「とにかく、今は休んでいてください。私達にとって、1番大切なのはネトレさんなんですから」
「ああ。でも、絶対に勝手な真似はするなよ? いいな?」
「はい。勿論ですよ」
「そうか……ありがとう」
俺はシアンに支えられて、ベッドに横たわると……そのまま苦痛から逃れるように、意識を手放していった。




