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32話:ざまぁの序曲

「ここに戻って来たという事は、ヒイロ達は見つかったのか?」


 改めて、これからの方針を固めたところで。

 俺はアイとシアンに、情報収集の成果を訊ねる。


「うん。やっぱり勇者なだけあって、目立っているみたい」


「今は街で1番大きなホテルに宿泊していますよ。一人一泊……5000ガルドの」


「5000!?」


 俺達が泊まっていたサンルーナの宿だって、一人一泊200ガルドだぞ?

 5000なんて、貴族や王族クラスが泊まるような場所だろうに。


「勇者証を使えば、無料で宿泊出来ますからね。好き勝手しているみたいですよ」


「……魔王討伐に向かわず、フラフラと勇者の特権を使って豪遊とはな。やはり、連中は勇者には相応しくない」


「命を掛けて魔王に挑むんだ。多少の贅沢くらいなら、許されるべきだと俺は思うが」


 それにしたって限度がある。

 まだアイツらは勇者として、何も成し遂げていないんだからな。


「高いホテルだけあって、セキュリティも厄介だね。でも、私の能力を使えば簡単に忍び込めるよ?」


「いや……万が一、ヒイロ達に気付かれると厄介だ。特に、魔物であるアイは聖剣との相性が悪い。お前の安全を考えれば、強引な手は使いたくない」


「ネトレ君……ちっちゃいのに、カッコいい……!」


「でも、どうするんですか? ホテルごとぶっ飛ばしていいのなら、極大魔法の準備をしますけど?」


「一般人に被害が出るから却下。それに、魔法一発で仕留められるような相手じゃない」


「むぅー……」


「それなら、寝込みを襲撃するか? 勝てはしなくとも、聖剣を奪って逃げるくらいなら……」


「そいつも悪くないが……それじゃあ、俺達の気が収まらない。それに、バカにされたダイルナの分も仕返ししてやらないといけないし」


 3人がそれぞれ出してくれたアイデアにダメ出ししつつ、俺は考える。

 どうすればアイツらに、屈辱を与える事が出来るか。

 答えは……簡単だ。


「アイ。お前、さっきの偵察でヒイロ達の姿を見てきたよな?」


「うん。バッチリと見てきたよー!」


「オーケー。シアン、連中が次に向かいそうな場所は分かるか?」


「はい。彼らの移動ペースからして、次は間違いなく……この先の街かと」


「いいぞ。それじゃあ……俺に良い考えがある。よーく聞いて、覚えてくれ」


 俺は思いついた作戦を、ヒソヒソとみんなに耳打ちする。

 すると真っ先に、アイが堪えきれずに吹き出す。


「ぷっ! あはははっ! それ、楽しそう!」


「くっ……くくっ……! ネトレ、お前という奴は……」


「ふふっ、流石ですね、ネトレさん。私は大賛成ですよ」


 3人とも笑いながら、俺のアイデアを受け入れてくれた。

 よし、そうと決まれば……行動あるのみだ。


「よーし、それじゃあ行くぞ」


 勇者様御一行よ、これから存分に楽しませてやるよ。

 そして――然るべき報いを受けるといい。


【翌日 とある街】


「……あー、やっと着いたわね」


「んだよ、だらしねぇなぁ。ちょっと歩いたくらいじぇねぇか」


 一晩5000ガルドの高級ホテルの豪遊から一晩を明かし、旅を再開したヒイロ一行。

 彼らは半日ほど掛けて、新たな街へとたどり着いていた。


「ヒイロ様。本日は……いかがなさいますか?」


「この街に泊まろう。宿の手配は君達に任せるよ」


 そう言って、ヒイロは自分の背負っていた荷物を乱雑にヘダへと投げ付ける。

 ヘダはそれを辛くも受け止め、冷や汗を流しながら……再度訊ねる。


「あの、聖剣は……よろしいですか?」


「いつも言っているだろう? ルラン様と私は常に一緒だ。食事、入浴、就寝の時でさえも……私と聖剣は離れる事はない」


「そ、そうでしたね。すみません」


 ギロリと睨まれ、ヘダは申し訳無さそうに頭を下げる。

 それを見て、グアラはケラケラと笑いながらヘダの頭を叩く。


「ばっかねー。アンタもいい加減、ヒイロ様の事を覚えなさいよ」


「すみません……」


「ねぇねぇ、勇者様! 今日も好きな宿に泊まっていいのよね?」


「ああ。勝手にするといい」


「やーりぃー! チンケな街だけど、1番高い場所に泊まりましょ!」


「オレぁ、うめぇ飯が出るところならどこでもいいぜ」


 ヒイロの言質を貰い、グアラとゾーアが高級な宿屋を探して歩き回ろうとする。

 すると突然、彼女達の前に……数人の街人達が現れた。


「なんだぁ、てめぇら? オレ達に何か用かよ?」


「それはこっちのセリフだ。お前さん達……何をしに来た?」


 ゾーアが訊ねると、街人の中の一人が怒り心頭の様子で一歩前に出てくる。

 その理由が分からない彼女達は、唖然とするしかなかった。


「何って、アタシ達は旅の途中で……ほら、見なさいよ!」


 いつものように、ヒイロの持つ勇者証を指差すグアラ。

 これを見れば、どんな人間でも大抵は言う事を聞いてくれる。

 その恩恵を何度も味わってきた彼女にとって、この方法が1番手っ取り早いものだと思っていたが……


「ふざけるなっ! なんだそんなものっ!」


「えっ?」


「勇者だからといって、こっちが大人しくしていれば付け上がりやがって!」


「そうだそうだ! 勇者なんて言われているけど、お前らは最低な連中じゃねぇか!」


「迷惑なんだよ、てめぇら! さっさと街から出ていけ!」


 思ってもいなかった罵詈雑言の嵐に、グアラは目を丸くしてよろよろと後ずさる。

 

「お、お待ち下さい! なぜ、そのように我々を拒むのですか?」


「あ? しらばっくれるんじゃねぇよ! このクソビッチが!」


「び、びっち……? 私が……?」


 聖職者として、今まで一度も言われた事のない暴言を受けて……ヘダはその場でヘナヘナと崩れ落ちる。


「いい加減にしろよ、てめぇら! ぶっ殺されてぇのか!?」


 謂れのない非難を受けて、まずは沸点の低いゾーアがキレた。

 背中の巨大な斧をブンブンと振り回し、目の前の石畳へと叩きつける。

 その一撃で発生した衝撃波で、何人かの街人が吹っ飛び、地面に強く体を打ち付けてしまった。


「うわぁぁぁぁぁぁっ!? ついにやりやがったぞ!」


「勇者のくせに、民間人を攻撃しやがるなんて!」


「やっぱり噂は本当だったんだ!? コイツらは偽物の勇者なんだ!」


「警鐘を鳴らせ! 急げっ!」


「「「「!?」」」」


 ゾーアの威嚇を受けた街人達は散り散りに逃げながら、街の警鐘を鳴らす。

 それと同時に周囲の建物から、飛び出してきた街人達が……ヒイロ達に恐怖と侮蔑の籠もった視線を向けながら、懸命に逃げていく。


「領主様の私兵を呼べ! 誰か、誰かぁーっ!」


「こ、これはマズイんじゃない?」


「なんだってんだよ! ちきしょうっ!」


「勇者様、どうしましょうか……?」


「これは……まさか。そうなのか? いや、しかし……」


「勇者様?」


 慌てふためくゾーアとグアラ。困惑するヘダ。

 そしてヒイロはというと、何か考え込むようにブツブツと呟いていたが、やがて……


「仕方ない。この街を離れよう」


「ええ、その方がよさそうね」


「でもよぉ、この近くにはもう街はねぇぞ?」


「日も暮れてしまいそうですし……」


「……今日は野宿するしかないな」


「「野宿ぅっ!?」」


 ゾーアとグアラが真っ先に嫌悪を示したが、他に何かアイデアがあるわけでも、ヒイロの言葉に逆らえるわけもなく。

 渋々と言った様子で、街を離れるヒイロの後を追いかける。


「この筋肉バカ! アンタが攻撃なんてするから!」


「しょうがねぇだろうが! アイツらがムカついたんだからよ!」


「ああもう最悪っ! 今日はお風呂に入れないじゃないっ!」


「こっちだって! 美味い飯を食いそびれちまったじゃねぇかよ!」


「あ、あの喧嘩は……やめませんか?」


「「うるさいっ!!」」


「ひぃぅっ!?」


「……」


 醜い言い争いが続く女性達と、ただ静かに歩き続けるヒイロ。

 そんな彼らの背中を、遥か上空――魔法杖にまたがりながら飛行する少女、シアンスカが見下ろしていた。


「フフフッ……上手くいきましたね。では、みんなの元へと報告に戻りましょう」


 ビュンッと、杖を駆使して空の彼方へ飛び去っていくシアンスカ。

 そう。この街で起きた一連の騒動は全て、ネトレ達による仕込みである。

 ではなぜ、街の人達はヒイロ達を拒絶したのか。

 それは、つい一日前に遡る。

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