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31話:寝取りの才能だけで勇者になれますか?


「……という事があったのよぉ」


 ダイルナからヒイロに関する話を聞いていた俺達だったが、最後にダイルナが締めに入ったところで――全員の感情が爆発した。


「はぁぁぁぁぁっ!? 何それぇっ!? むっかつくぅっ!」


 まずは面識の無いアイが直情的に怒りを顕にし……


「昔からどこか掴みどころの無い人だとは思っていたが。そこまでのクズだったとはな」


 続けて、過去のヒイロを知るガティが吐き捨てるように呟き。


「私の大切なダイルナさんに……よくもっ!」


 ダイルナを慕うシアンが、殺気と共に全身から魔力の渦を迸らせる。


「なるほど。ヒイロも、そっち側だったんだな」


 エクリプスの王城に次期勇者として頻繁に出入りしていた俺だが、王国騎士団の一番隊隊長であったヒイロとは、まともに会話をした事が無かった。

 アイツがもしも本気で、俺の後を受け継いで勇者の道を歩むというのなら、

復讐の対象は聖剣の女神と、奴に付いていった裏切り者達だけだったのだが……


「むぅー! どうしてそんなに冷静なの?」


「冷静? そう見えるか?」


 バリンッと、俺が握っていたガラス製のグラスが砕け散る。

 どうやら、少し力を込めすぎてしまったらしい。


「あっ……ごめん。そうだよね」


 アイは俺の真意を測り損ねた事を反省したのか、ガラスで切って血が滴る俺の右手を掴むと、犬のようにペロペロと舐め始めた。


「れろっ……んちゅ、オレンジジュースの味がすりゅ……ちゅ、ずずっ……」


「そんな事しなくていいって。それよりも、ヒイロの話だ」


 俺の指までしゃぶり始めたアイの口から、右手を離す。

 それが名残惜しかったらしく、アイは口をタコのようにすぼめて抵抗していたが、やがて俺の指はちゅぽんっと引き抜かれる。

 そんな光景を、ガティとシアンが羨ましそうにじっと眺めていた。


「ダイルナ。俺の生い立ちは、もうシアンから聞いているんですよね?」


「……ええ。とても、悲しい宿命を背負っているのねぇ」


「そういう事情で、俺もあの連中には恨みがあるんです。だから、アナタの受けた屈辱は……必ず、俺が何千倍にもして、連中に返してやりますよ」


 俺はそう告げると、椅子から立ち上がる。

 そして、近くに控えている俺の最愛の3人へと声を掛けた。


「正直に言う。今の俺達で、勇者一行を倒すのは無理だ」


「「「!」」」


「俺はアイツらの強さをよく知っている。性根はクソな連中でも、その実力の高さは勇者の仲間として申し分の無いレベルだ」


「……ああ、そうだろうな。そして、ヒイロ自身も……」


「元々の強さに加えて、聖剣の加護も受けているからな。俺達が束になっても、傷一つ付けられるかどうか……」


 素の実力がガティと同等かそれ以上。そして聖剣によるパワーアップ。

 そこに3人の高レベルの仲間が合わさるとなると、勇者パーティの強さにはまるで隙が無いと言えよう。


「じゃあ、どうやって聖剣を奪うの?」


「勇者たるもの、そうそう聖剣を手放すとも思えませんし……」


「ああ。正攻法で剣に触れるのは、ほとんど不可能に近い。だから……お前らに、1つお願いがあるんだ」


「「「お願い?」」」


「前にも言ったかもしれないが、俺は……アイツらに復讐する為なら、どんな汚い手段でも使う。そしてこれから俺は、連中を卑劣な罠に嵌めるつもりだ」


 それはきっと、普通の人間が聞けば、俺を嫌悪し、否定し、忌み嫌うようなやり方かもしれない。とてもじゃないが、胸を張って正当化出来るような行動じゃない。


「それでも、俺の為に手を汚す覚悟はあるか? 俺の為に……誇りや誉を捨てて、修羅に堕ちる覚悟はあるか?」


「「「……」」」


 アイも、ガティも、シアンも。俺の言葉を聞いて、何も答えない。

 ただ静かに、俺の前に膝を付き……頭を垂れる。

 それだけで十分だった。


「ありがとう。やっぱりお前達は、最高の女だ」


 俺は目の前の頭を順番に撫でてから、高らかに宣言する。


「それじゃあ、あのクソッタレ共に一泡吹かせに行くぞ!」


「りょーかーいっ! やっるぞー!」


「万事、任せておけっ!」


「ふふっ、ご褒美セックスを楽しみにしていますからね?」


 今一度、絆を確かめ合った俺達は……それぞれ手を取り合う。

 大丈夫。みんな一緒なら、誰が相手だろうと負けはしない。

 

「いいわねぇ……」


 その一方、俺達を遠巻きに眺めているだけのダイルナ。


「私も、あの人と……こんな関係になれたら……」


 消え入るように囁き、彼女は首を左右に振る。

 そんな彼女の姿を見て俺は、彼女を想い人から寝取る事に――ほんの少しだけ、後ろめたさを覚えるのだった。


【サンルーナから離れた宿場町】


 フロンティア本部での決起から一日が経ち。

 俺達は今、サンルーナを出て、ヒイロ達の足取りを追っている。

 意外にも連中のペースは遅く、未だにサンルーナからそれほど離れていない街に滞在しているという情報を掴んだ。


「……連中がいるのは、この街か」


「ふむ、大きな街だ。見つけ出すのは、少々骨が折れるかもしれないぞ」


 街外れの崖の上から、俺とガティは街全体を見下ろしている。

 

「先行しているアイ達なら、上手く情報を掴んできてくれるさ」


 俺(子供時代も含め)とガティの顔は、ヒイロ達に知られている。

 だから街への偵察は、アイとシアンに任せて……俺達はここで待機というわけだ。


「ネトレ……1つ、いいか」


「ん? どうしたんです?」


「お前に、謝らなければならない事がある」


 唐突にそう切り出して、ガティは俺と視線を合わせる。

 以前は同じくらいの身長だったが、今は呪いのせいで俺が見上げる形になっているが。


「私はお前が好きだ。愛している。自分を……この世の全てを犠牲にしてでも、お前を幸せにしたいと、心の底から願っている」


「……ガティ?」


「しかし、それと同時に、私は未だに……勇者として、世界を救うお前を諦めきれないでいるんだ」


「!」


「何を今さら、と思うかもしれないな。だが、幼い頃からずっと……勇者になる為に努力してきたお前を見続けてきたんだ」


 確かに俺は、勇者になる事が夢だった。勇者になって、世界を救いたいと願い続けた。

 だが、そんな俺を裏切ったのは……


「お前の憎しみや怒りは分かる。でも、どうしても……お前がその幼い姿の頃から、笑顔で語り続けた夢を――私は!」


 涙を溢しながら、その場に崩れ落ちるガティ。

 俺への愛が深すぎる故に、ガティはこれまで苦しみ続けていたのかもしれない。

 どんどん歪んでいく俺を。かつて夢見た勇者とはかけ離れていく、俺の姿を。


「頼む、ネトレ……! こんな事、虫のいい話だとは分かっている! それでもいい。私を嫌ってくれても構わない! だから、だからもしも……お前の復讐が終わったら!」


「……」


「あっ」


 俺は何も言わず、ただ……ガティを優しく抱きしめる。

 それだけで、俺の気持ちは十分に伝わったのだろう。


「ふっ、ふぇっ……ネトレぇ……わだじ、ぎらわれるがど、おもっでぇ……」


「バカですね。俺がアナタを嫌う事なんて、絶対に無いですよ」


「ねどれぇ……!」


「こんな事で悩むくらいなら、もっと早く打ち明けてくれれば良かったのに」


 俺はガティの涙を手で拭い去ると、彼女の瞳をまっすぐに見据えながら……宣言する。


「アナタが俺の理想であろうとしてくれるように、俺も……アナタの理想の男になりたいって、思っているんですよ?」


「ネトレ……」


「勿論、そこで覗き見している二人にも……同じようにね」


「「どっきぃーん!!」」


 俺がそう言うと、後ろの物陰からアイとシアンが驚いた様子で飛び出してくる。

 さっきからアイの大きな胸と、シアンの杖がはみ出て見えていたんだよなぁ。


「お前達!?」


「あははは、ごめんねガティ。なんか気まずくて」


「それだけ、良い雰囲気だった……という事です」


 汗を流しながら、こちらにやってくる二人。

 ガティは赤面して恥ずかしそうにしていたが、俺としてはちょうどいい機会だと思う。


「みんな。聞いてくれ。俺は……決めたよ」


 今まではただ漠然と、憎しみと怒りに支配されて生きてきた。

 でも、こうして愛する存在が出来て……そのままじゃいけないと、俺は悟った。

 だから俺は――決意したんだ。


「俺は復讐を終えたら……勇者になる。一度剥奪された勇者という称号を奪い取る」


「「「!」」


「それもなんか、面白そうだしな。間男と浮気女の息子を勇者だと信じて、崇める民衆どもに……いつか、真実をぶちまけてやるんだ」


 血統なんて重要じゃない。

 聖剣に選ばれる必要なんかない。

 その証明こそが俺にとって、勇者という存在の何よりの否定になるから。


「寝取りの才能だけで、勇者になってやろうじゃないか」


 俺は進み続ける。愛する女達と共に。

 これからも、この先もずっと――この世界の全てを寝取るまで。


メインタイトルを回収する話って激アツですよね。

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